085 親切な邪念
「……ふぅーっ、スーッとしてカッとキタ! って感じですね! 快進撃ってやつです!」
「そうかな……俺からはむごい虐殺にしか見えなかったなぁ……後半が」
「えぇ? 語り手の戦い方ってみんなこんな感じじゃありませんか?」
撲殺の果てにすっかりボロボロになった弓を粒子に還しながら、ニコが笑顔で俺の元に近づいて来た。
こうして戦わないでいると綺麗な和風美少女なんだけどなぁ……曲芸じみた弓の技術を見せたものの、根底にある彼女の戦闘スタイルがゴリ押しすぎる。
「とにかく! これで証明できましたよね。私はアリスちゃんについていける実力があるってことを!」
「そんな話だったか……?」
「そーですよ! そしてゆくゆくは専属取材をさせていただいたり……!」
「それが本音か! だから危ないって何度も――ハァ、とりあえず魂石を回収してここを離れよう。立ち話はそれからだ」
「はーい! ゴブリンは魂石を落とさないのに、ウルフィンは落とすんですね。……はぁ、ゴブリンより珍しいから? なるほど……」
こんな場所で立ち話をしていたら、他の語り手と鉢合わせてしまうかもしれない。
なので俺はさっさとこの場を撤収するよう指示をして、落ちている魂石をさっさと回収することにした。
「…………」
トテトテと遠くに落ちていた魂石を拾いに行くニコの姿を目で追う。
さて……どうしようか。あの子が十分に戦えるのは分かった。でもバトルロワイアルとして戦う気が無い子供をこれ以上危険な戦場に居させたくないのが俺の本音だ。
「……なあ、アリス。どうすればあの子を戦いから離脱させられると思う?」
『どうして赤の他人をそんなに戦わせたくないのよ。別にどうなろうと良いでしょ』
「あの子はまだ若い。しかも作家として将来性もあるだろ? そんな子が命を落とすかもしれない戦いに居るのは……見たくない」
……いや、こんなのは今用意したそれらしい理由だ。
本当の理由は俺の“根底”の部分にあって、本当はもっと感情的で、身勝手な理由だ。それを自覚してもなお戦ってほしくないと思っている。
自分でも何でこんなに彼女へ固執しているのか分からないのだが。
『アンタってさぁ、他人に対して妙に過保護――いや、ビビってるって感じよね』
「ビビッて、いる……?」
『そ。アンタってまるで他人を割れ物のように扱ってるみたい。いつ割れるのかとハラハラしてる感じ』
「…………」
『私から一言いうなら、気にしすぎ。人間そんなに脆くないわ。むしろあの女は逞しい方だし』
ビビっている、か。
……心当たりは、ある。そこまで遠くない過去の経験だ。
鳴り響くサイレンの音。止まらない血の臭い。手遅れの静寂。
脳裏にフラッシュバックするトラウマ。人の脆さを知ってしまったが故に心が脆くなっている。
「……それでも」
ああ、そうか。俺は恐れているんだ。
彼女に固執しているんじゃなくて、自分の過去に囚われているんだ。
『ふーん。んじゃあ、アンタの相談に真面目に乗るとしたら……アンタがあの女を脱落させてやればいいじゃないの。殺さないようにさ』
「……!? 俺が、ニコを……?」
まさかの提案をアリスは平然と口にした。
そんな、俺がニコを脱落させるだって……? そんな、そんなこと――
『やり方は簡単よ。致命的な大ダメージを与えれば物語と人間は分離する。で、物語にトドメを刺して人間を現実世界に逃がしてやれば、後はアンタの望み通り』
「――――」
思わずニコの姿を盗み見る。
……無防備な背中だ。警戒心なんてカケラも向けられていない。
手元に視線を落とす。
拾った魂石がラメのようにキラキラと光っている。これは武器だ。その気になれば俺は、この場で、彼女の、こと、を――
「……? 師匠ー? どうかしたんですか?」
「――――!?」
ゾワリ、と悪寒が走った。嫌悪感が水を吸ったスポンジのように全身から滲み出てくる。
俺は……俺は今、なんてことを考えたんだ。カケラも抱いてはいけない思想を腹の底に抱えてしまった罪悪感が脳髄を痺れさせる。
「何を考えさえるんだ馬鹿アリス……! 俺にそんな、そんなつもりは微塵も――」
『なっ……何が馬鹿よ! 馬鹿はアンタの方でしょこの馬鹿!』
「????」
「ッ……あとニコ、呼び方が戻ってる!」
「あ、わわ……すみません。な、なんかアリスちゃんが怖い……」
ニコから視線を外して――罪悪感で視線を合わせていられないから――魂石集めに戻る。クソ、厭なことをたくさん考えたせいで吐き気がする。
気分を紛らわすように魂石を集めていると、ふと妙な魂石を見つけた。
……白い。透き通るように真っ白だ。アメジストのような普通の魂石とは違う。
「……? なんだ、この魂石は」
手に触れてみる――瞬間、パチンと電撃が流れるような感覚と閃光が駆け抜けた。
…………まばたきをして視界を取り戻すと、そこに魂石は無く、代わりに一冊の本のようなものが落ちていた。
「……本? なんだこの、真っ白な本は」
「わ……そ、それですー!! それ! それそれそれェ!!」
「……? はッ!? ああ、まさかこれが特典ってやつか!?」
特典がどのような外見なのか説明が無かったので、何が何なのか一瞬分からなかった。これがこのイベントの本命。唯一のアタリ。
真っ白な本。その本の表紙に書かれていたのは――
「……“メカニカル”?」
『やったわね。それが語り手への特典――ジャンルよ』
「ジャンル? ジャンルって、カテゴリー的な意味の?」
『そう。それを使えば一時的に物語にジャンルを付与できる。そうすると強力な能力や技能を得ることができる……まあ、デメリットも多少あるけどね』
「つまりこいつは、“メカニカル”ってジャンルを力にできるってことか」
メカニカル――イメージ的にはロボットとか文字通り機械とか、そういう系。
物語にジャンルを付与すると言われても上手くイメージ化できないのだが、アリス曰く強化に値するらしい。
「やりましたね! アタリを一発でゲットじゃないですか!」
「……ああ。そう、だな」
……ニコの純真な笑顔が少しまぶしい。
彼女がまぶしい分、薄暗いことを考えた自分が際立って感じられて仕方ない。
さっきの自分はどうかしてた。親切心だけであんなに醜悪なことを考えられるだなんて思いもしなかった。
考えれば考えるほど、それが後ろめたく感じられて――
「……ほら、やるよ」
「へっ……? あ、アリスちゃん!?」
「ここを片付けたのは君だ。ならこれを得る権利が君にはある」
無理やり押し付けるように俺は本をニコに渡した。
口にしたのは取ってつけたような理屈で、実際は罪の意識を緩和させるための行動だ。当然、そんなことで罪が軽くなる訳が無いのだが。
『ちょ――何勝手にやってんのよ!? それはバトルロワイアルの勝敗に深く関わっているのよ!? それを他人に易々と渡すのは私が許さないわ!』
「……知るかよ」
『ちょっと何よその態度! ねぇカタル!』
「…………」
アリスと険悪な仲になるつもりは無いのだが、今回はならざるを得ない。
別に彼女が悪いわけではない。勝手に想像した俺が悪い。でも今はこんな態度しかとれなかった。
「別にアリスちゃんのもので良いと思うんですけど……でもまあ、受け取っておきますね、アリスちゃん」
……そうしてて欲しい。理屈通り彼女が手にするべき物だし、そうしてくれれば俺の罪の意識が少し軽くなる気がするのだから。
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