082 王国防衛戦線
「……みなさん、よくお集まりになりました。臆せず力になってくださるその意思、大変ありがたく思います」
何やらギルドの扉から一人の年老いた男が現れて、集まった戦力たちにそう感謝の言葉を告げた。
恐らくだけど、あの人は多分ギルドの偉い人なのだろう。雰囲気と口調だけからの雑な考察だが、多分あっている。
「つい先ほど、“モンスターラッシュ”が発生したとの報告が前線観察隊から届きました。実際発生したモンスターも確認しています。よって、これより王国防衛戦線を始動させます!」
うおおおおお! と続く男たちの大声。
まるで威勢を表現するように、あるいは恐怖に呑まれないために。その場に集まった人たちは雄たけびのような声で答えた。
「……“モンスターラッシュ”ぅ?」
一方、俺達はさも当然のように出てきた知らない単語に困惑するのだった。
盗み聞きしている立ち位置なので、こんな感じに分からない用語が出てくるとそのまま話に置いて行かれてしまう。
「……最近、モンスターの異常発生する現象があってだな、それがモンスターラッシュ――ギルドが常に警戒している事象の一つだ」
「異常発生……どれぐらいですか?」
「“ポイントラッシュ”っていう一点に大規模に発生するのとは違って、ある程度の広範囲で中規模に点々と発生する感じだ。何の前触れもなく大量発生するから危険度はモンスター災害の中で一番ってところか」
「なるほど……防衛するのに人員が割かれちゃうのか」
なるほどなぁ、と俺とニコは頷いて納得する。
……
…………
………………ところで、この解説してくれてる人は誰です?
『カタル! 背後! 背後に!』
「へ――うわっ!? あわわっ!?」
「こんなところで何やってんだガキ二人ィ……今は緊急事態だぞ……!」
アリスからの注意喚起を受けて振り返ると、紳士服の男が青筋立てて背後に立っていた。どうやら気づかぬ間に俺達に近づき、先ほどの会話に混ざり込んでいた様子。
「えっと……あの時――ギルドで会ったあの酒屋の息子さんですよね? あのギザ拗らせてるとかの……」
「だからギザじゃあねぇ! 紳士だ! ジェントルマンだッ! ったく、何か事情でもあるのかと察してこっそり声をかけてやったのに……」
茶色の少し長い癖毛を片手で掻きながら男はハァ、と深くため息をつく。
……そういえばこの人はギルドの関係者だ。だったら俺達を追い払ったり安全な場所へ連れて行ったりするものだと思ったが、彼はそれはしないでくれている。
どういう事情を考えていたのかは分からないが、どうやら規定通りに追い返したりするようなお堅い人ではない様子だ。
「アリスちゃん、この人誰ですか?」
「ギルドで働いてる人。酒屋の息子らしい……それ以外は名前すら知らないけど、悪い人ではない、はず、多分」
「悪い人じゃねぇっての!? あと俺はフェリクスだッ!」
「じゃあフェリクスさん。お願いがあるんですけど……そのモンスターのいる場所、教えてくれませんか?」
「……ハァ!? おま……なんでさ!?」
まあ、そんな反応されるか。案の定紳士服の男はその理由を問い訪ねてくる。
なので俺はニコの脇腹を軽く小突いて指示を促した。こういう時――事情の説明が必要な時は彼女の出番だ。
今のでニコも俺がやって欲しいことを分かってくれたらしく、頷き返してくれた。
「……コホン。実は私たち、常に仕事をしないととてもじゃないけど首が回らない状況でして……普段は王国外の薬草や花を集める仕事をしているのですが、モンスターのいる場所が分かればそれを避けて採取しに行けると思っているんです、はい」
「ああ……クソ、二人とも訳アリだったのか……ってことは、ここの国民じゃないんだろ? 難民だったなんて知らなかった」
……この子、よく即興でそれっぽいこと言えるなぁ。
ニコは今回もあの門番と同じく、良い感じに同情を誘った事情説明(嘘)をフェリクスとかいう男にしてくれた。
「こういうの、ギルドの悪いところだよな……こういう臨時の事態になると、弱者の都合は一切考えていないって部分は。……ちょっとだ、ちょっとだけ待ってろ」
「あ……はい」
フェリクスさんはそう言い残すとギルドの方にへと歩いていく。そのまま年老いた男の元にへとフェリクスさんは向かって行った。
「おお、フェリクスじゃないか。避難告知は十分行き届いていたか?」
「拡声器の不具合は無かった。住民もみんな批難できたと思う」
「助かる。それでお前さんはどうする? ギルドはしばらくバタバタするから、他所に行った方が休まると思うが……」
「ああ、それなんだけど……っと」
どうやらギルドの偉いと思われる人と知り合いらしく、フランクな会話をしながらフェリクスさんは木箱の上に置いてあった紙の束を腕に抱える。何が書かれているかはここからだと見えないが、どうやらチラシの類のようだ。
「フェリクス?」
「集まったツワモノに文句がある訳じゃないけど、数は多ければ多いほど良い。噴水広場に戦力になる人材が埋もれてないか見に行ってくるよ」
「それはありがたいが……大丈夫か? 最近のお前さん、働きすぎてないか?」
「こんぐらい楽勝さ。んじゃ、行ってくるよ」
「おぉ、すまないな……任せたぞ」
年老いた男から感謝の言葉を受けながらフェリクスさんはこちらにへと小走りで帰って来た。
そしてふぅ、と小さく疲れたような息を付きながら腕に抱えたチラシ束の一枚を俺に差し出してくれる。
「待たせたな。はいよ、これが今回の防衛作戦とやらの分布図だ。文字は読めるか?」
「はい。えっと……この真ん中のが王国で、周辺の丸に囲まれている部分が――」
「モンスターの発生が確認された場所らしい。ここを避ければ理論上モンスターを避けて活動できると思うが……俺からは正直オススメしないとだけ言っておく。いくら最新の情報だからとはいえ、今モンスターがどこまで移動しているかは分からないんだからな」
壁に寄りかかって遠くを眺めながらフェリクスさんはそう告げてくる。どうやらこちらの安全を考えての忠告のつもりらしい。
「ありがとうございます、フェリクスさん。助かります」
「おうよ。……あっ、そうだ。コホン、可憐なお嬢さんを危険に晒すようなマネは気が引けるが、お嬢さんからの頼みだ。男に断る理由はない、さ……」
「……今更紳士的な振る舞いするんですね」
「ッ、るせぇ! ぶっちゃけ今の王国はそんな余裕のある状況じゃないんだっつーの!」
……なんか今更ギザな対応をされて、俺は思わず指摘するのだった。
そういえばさっきは俺達のことをガキ呼ばわりしていたし、さっきまでの態度が素の様子。正直、このギザな態度よりもさっきまでの方が親近感が湧くんだけどなぁ。




