079 イベント告知
「ありがとうございました! またお越しください」
カランカラン、と戸のベルが鳴る音と店員の挨拶を聞きながら喫茶店を後にする。
ちなみに費用に関してはニコが「取材代として私が払いますよ。それに年下に支払いさせるのは常連のメンツが悪くなりますから、アリスちゃん」と、若干子ども扱いが混ざった提案で彼女持ちになった。
一応俺も自室に置いてあったこの世界の現金があるから払えなくもなかったのだが……まあいい、ここは一つごちそうになったということにしておこう。
「いやぁ、ホックホクですよ~! こんなに充実した取材は久しぶりだぁ~!」
「ずいぶんと楽しそうだな」
「はい! だってこのメモ帳一つでまた新しく作品が作れそうなぐらいの充実さですから! 嬉しくもなりますよ……!」
ニコは宣言通り、心底嬉しそうにメモ帳を抱きしめていた。
俺の経験談を彼女がどう調理して作品にするのかは知らないが、あんな感じに喜ばれるなら悪い気はしない。
「へへへ……よかったら師匠、またよろしくお願いしますね!」
ニコリと彼女は笑みを浮かべて俺にそう声をかけてきた。
……まあ、こうしている間は異世界に顔を出さずにおとなしくしてくれるみたいだし、だったら別に良いのかな……?
「まあ良いけど……あと、呼び名がまた師匠になってる」
「あわわっ、失礼しましたっ」
俺の指摘を受けて慌てている様子のニコを見て、ちょっとだけ微笑ましく思ったり。とりあえずこれで厄介ごとは一つ綺麗に収まったことだろう。
俺は安堵を感じて胸をなでおろす。と――
「……へ? どうしたの?」
途中、ピタリと足を止めてニコは虚空を眺める。何かに話しかけられている様子で、物語に話しかけられているのだと事情はわかる。
『カタル! ちょっと聞いて!』
「……?」
しかし、アリスからも同時に話しかけられるのは予想していなかった。俺も同じく足を止めて彼女の言葉に耳を傾ける。
『今“イベント”の告知が届いたわ! 場所はアーカディア王国周辺――前私たちが行ったあの王国ね。そこで開催されているって!』
「ま、待て待て待て。ちょっと待て。イベントってなんだ……?」
「えっと、イベントって前話してた……あのイベント?」
「オイオイオイ、ニコは事前説明されてるみたいだが俺はまっっったく説明を受けてないんだが!? なあアリス、ちゃんと説明してくれよ!」
『あ、そうだったっけ……えっと、そうね――』
ニコの方は物語から説明を受けていた様子だが、俺は何も話されていない。
イベント……? なんだそれ。何か重要そうな案件だが……
『イベント――一言でまとめるなら、バトルロワイアルを活性化させるためのカンフル剤的なものね』
「カンフル剤……? 戦いのきっかけになるような物ってことか?」
『まあそんな感じ。イベントはある程度の範囲内――今回はアーカディア王国周辺ってな感じに、規模を指定されて私たち物語の人物に開催を告知されるの。で、その範囲内のどこかでモンスターの討伐イベントが発生するってわけ』
「……? それだけなのか?」
『まさか。討伐イベントをクリアした者には今後のバトルロワイアルを有利にするような代物が手に入るって訳。特典のようなものね』
「なるほど……その特典の奪い合いが発生するからカンフル剤ってことか」
ゲームとかのバトルロワイアルでもよくある、“救援物資”とかいうやつだ。外部から食料や医療品、はては強力な武器まで提供される――というイベント。
で、その救援物資を求めて多くの参加者が争奪戦をする“ホットスポット”と化すのが基本的な展開なのだが……どうやらこの異世界を賭けたバトルロワイアルも例外なく、似たようなイベントがあるらしい。
「…………」
特典云々に興味はあんまりない。でも気になっているのがそのイベントの中心地がアーカディア王国――あの人の多い場所だという事だ。
最悪なことを想定するならば、関係のない一般人が語り手同士の争いに巻き込まれるんじゃないか――そんなことを考えると落ち着かない。
「……? もしかしてアリスちゃん、気になってます?」
「まあ……そうだな。これで何の罪もない人が巻き込まれるんじゃないかと考えると、落ち着かない」
「ああ、アリスちゃんってそうでしたよね。自分よりも他人本位で、そういう考えをする……うん、私的には嫌いじゃない考え方です」
「……何が言いたいんだ?」
「? 多分アリスちゃんはこれから戦いに行くんですよね? イベントの特典が~とかじゃなくて、王国を守るために」
「まあ、そうなるかな……あいにく現実じゃ暇してるし、やれることがあるならやっておきたい」
俺は社会的な活動をせず実質ニートみたいな立ち位置の人間なので、時間には余裕がある。だから異世界に顔を自由に出せる人間だ。
行こうと思えば今すぐにでも行ける。なので今すぐにでも出撃して状況の把握と異世界の人を守ろうと思っていたのだが――
「でしたら、私もお手伝いしちゃいます! 一応私、こう見えても戦えるんですよ!」
などと、ニコは突然そんな滅茶苦茶で無謀な提案をしてくるのだった。




