076 雑談は紅茶の香りの中で
「えっと……二名様ですね。お好きな席へどうぞ」
「奥の席に行きますよ、師匠」
「……おう」
あれから移動して場所は待ち合わせの喫茶店の中。
俺は店員の困惑した視線を浴びながら、元気に小走りで移動するニコの後を歩いて追いかけるのであった。
店内は木の香りがするノスタルジックな雰囲気だ。所々に南アジア辺りの国の物と思われる置物とか壁飾りとかが飾られていて、これもまた独特な雰囲気を感じる。
「その絵とか気になります?」
「まあ……そうだな。なんでインドの地図っぽいものが張られてるんだ?」
「インドは紅茶の名産地ですからねぇ。そこの壺とか小物は輸入品らしいですよ。店長の妻の趣味だそうです」
「……なるほどね」
そんな砕けた会話――俺は内心緊張しているが――を交わしながら、ニコの座った席の対面に座る。
艶のあるウォールナット色をした木製の椅子にテーブル。こちらも落ち着いた雰囲気で統一されていた。
「おや、ニコちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは店長さん。またお邪魔しています」
「今日は連れの人もいるんだね。おやおや、ずいぶんと可愛らしい子じゃないかい」
「えっと……どうも」
話題に出されたので、一礼して小さく返事をする。歳を取った男の店長はそんな俺に微笑みを返すと、メニュー表と思われるラミネートされた紙とお冷を二人分テーブルに置いてくれた。
「ご注文が決まりましたらお声かけください」
「はーい! どれにします? 師匠」
「師匠……?」
立ち去り際、店長さんがニコの俺への呼び方に疑問を抱いていた。
……人前で師匠呼びはなんか目立つし恥ずかしいからやめてくれないかなぁ。
「それで? 取材って一体なんだよ?」
「お話は注文してからします。あ~、スコーンも良いけど、異世界は乾いた食料ばっかりだったし、今は瑞々しいものがいいなぁ……ホットサンドにしちゃおうかな」
「…………」
ほんっっとマイペースだなこの子……!
だけどいい加減にこのペースにも慣れてきたぞ。俺もニコの真似をするようにメニュー表に目を通す。
……なんか呪文みたいな名前の羅列が多い。なんだヌワラエリヤとかオータムナルって。ニルギニとか、かろうじて聞き覚えのある名前はいくつかあるけど他は全然わからん。
「師匠は何頼みますか?」
「……この店のオススメを」
「オススメ……指定なしで頼むと多分ヌワラエリヤが出てきますよ」
一番呪文っぽいやつが出てきた。でもまあそれでいいや。正直紅茶とかよくわかんないし。
「じゃあそれで」
「それだけですか? サンドウィッチとか美味しいですよ」
「いらない。それだけで十分だ」
「あらら、そうですか。んじゃあ、お店の人呼んじゃいますね。すみませーん!」
『…………』
……なんか『食べてみたかった』的な圧を感じたが、今回は無視。悪いけどそういう気分じゃない。俺的にはさっさと本題に入りたいのだ。
ニコは手を挙げながら店員を呼ぶと、少ししてから先ほどの店長がやって来た。ニコみたいにメモ帳とペンで注文を取ろうとしている。
「お待たせニコちゃん。ご注文は?」
「私はホットサンドとセカンドフラッシュダージリンを。それと――」
「ヌワラ……エヤリ? とかいうやつを。以上で」
「ホットサンドとセカンドフラッシュダージリン、ヌワラエリヤ。以上でお間違いないですか?」
「はーい! お願いします!」
注文を受けた店長は店の奥にへと戻って行った。
……さて、そろそろ本題に入っても良い頃だろう。これ以上話題を相手のペースに握らさせないぞ。
「それで? 取材ってどういうことなのさ」
「私はまだまだ異世界初心者ですから、異世界熟練者に色々聞いてみたかったんです! でも普通の語り手はこんな感じに会話なんて到底できないので……またこの前みたいに突然襲われちゃいますから」
えへへ、なんて笑いながら後頭部に手を当てている少女に、俺は何というか……何か“ズレ”みたいなものを感じた。認識とか考え方とか、そういう根底にあるズレを。
『……カタル、この女色々おかしいわよ。バトルロワイアルを遠足か何かと勘違いしてるみたい』
そう。アリスの言う通り、異世界が戦いの場だという認識は持っているというのに本人は戦う気がゼロ。そんでもって命をかけている感じが全くしないのである。
この少女、一体何を目的にしている? どうしてあんな無謀な真似ができるんだ? 気になるな……
「確か、初めて会った時に戦う気は無いとか言ってたよな? なのに異世界に参戦してるのはどういう意図だ? 何を目的にしている?」
「それはですね……えっと、その。コレ、です」
さっきまで我が道を行く雰囲気で立ち振る舞っていたニコだが、突然気恥ずかしそうというか、なにやらモジモジとしながらポーチから何かを取り出した。
その取り出した物は――
「……本?」
ニコが取り出してテーブルの上に置いたものは一冊の本。普通の本より比べて一回りも二回りも小さい印象のそれは、俗にいう“ライトノベル”というものだった。
タイトルは“異界探偵”と、ホップなフォントで書かれている。若い少年少女が白い背景でポーズを取っている姿が描かれていた。
そして、その著作者は――
「……著・niko狼。これ、もしかして君が書いてるのか?」
「はい! えっと……私、異世界物の作品を書くために異世界を冒険してるんです」
「それは……その、勝ち残って願いを叶える的な意味じゃなくてか?」
「そうじゃなくて、私は自分の作品は自分の手で書きたいんです。それで、もっと鮮明に異世界を書きたい。だから異世界を冒険して理解度、解像度を高めているんです……!」




