075 再び隣町へ
「うううううううううう……」
……また辱められた、また辱められた、また辱められた――
またしてもとにかく、酷い目に遭った。一体前世で何をやらかせば以下省略。羞恥心とか色々な感情で顔が赤熱するし、止めたくても唸り声が口から漏れ出る。
『何よ、また16回二度見されたの?』
「……21回だ」
『アンタそういうところ妙に記憶力と察知能力が良いわよね……』
うるせぇ、しらねぇ。
家から出発して駅に乗って、隣町へ行くまでの間に視線を何度も感じた。以前は夜間で今回は朝方というのもあって、視線の数は以前よりも多かった気がする。
通勤中のスーツの人々の視線がとてもとても痛かったです。はい。
しかし、なんとか耐え忍んだ結果、隣町の駅まで発狂せずに到着できた。周囲から視線はまだ感じるけれど電車や駅の中よりは少ない。
『それで待ち合わせはどこなのよ。面倒な用事はさっさと済ませましょ』
頭の中でアリスはめんどくさそうに言う。
……だけど、ちょっとここで問題が一つ。それも俺にとっては大きめの問題が。
「それなんだけど……スマホが無い」
『は? スマホ? ああ、えっと、携帯端末のことよね? どうして無いのよ。あとそれがどうしたのよ』
「普段肌身離さず持っている俺がアリスに変身してるから。あと俺地図読めない」
『…………ああ』
素直に納得されるのはそれはそれで癪だが、深刻さは伝わったらしい。
地図が読めない俺が頼れるのはスマホの地図機能なのだが、今現状ではそれに頼ることができない。佐渡カタルの姿で持っていた持ち物は消滅する――元の姿に戻れば取り戻せるのだが――みたいで、姿を切り替えないとどうしようもない。
『え~~~っと、そうねぇ。どっかに地図とか無い?』
「? 駅前に周辺の地図とかあるけど」
『オッケー、それで良いわ。そこに行って』
「あ、ああ。わかった」
大抵の駅前には観光案内のためか、この周辺に関する地図が掲載されている。この駅前も例外ではなく駅周辺の地図が詳細に書き込まれていた。
『ふむふむ、ここが一条通の八丁目でこっちが七、六丁目……こっちは二、三条通り……うんうん、なるほどね』
掲載された地図に近づくと、アリスは実体化して地図に触れながら呟く。しばらくの間呟いたり頷いたりしてから、アリスはこちらを振り向いた。
『だいたいわかったわ。で、目的地は何処だっけ?』
「まさか……地図が読めるのか!? 嘘だろ!?」
『いや嘘だろはこっちのセリフなんですけど。まあ、ちゃんと番号の順序を把握できれば大体わかりそうよ。とにかく、私が道案内するからそれに従いなさい』
「あ……ありがたや、ありがたや……! カーナビアリスさんありがたや……」
『……それ、なんか癪だから二度と呼ばないで』
なんでさ。めっちゃ奉ってるつもりなのに。
■
アリスの道案内こそあれど、滅多に来ない隣町を地図アプリ無しに歩くのは困難を極めた。予定よりも5分以上遅れてしまっている。
……いや、純粋に俺が方向音痴で右へ行くべきところで左とか直進とかしちゃったせいなのだが。全面的に俺が悪いです。
『……ん! カタル、前。あの女がいる』
「あの女……? ああ」
アリスは固有名詞をあんまり使わないから判断に少し戸惑う。
前方にある店の前――勝手に待ち合わせに指定された喫茶店――には、あのニコという少女がスマホを弄りながら立ってた。どうやら待っている様子。
声をかけようか判断に悩んでいるところ、少女はパッとスマホから顔を上げた。
顔を上げたのは偶然だったのだろう。ニコは俺と視線が合っても一瞬ぼーっと俺の顔を眺めるだけだった……が、我に返ったらしい。
「あー! 遅いですよ師匠ー! 遅刻ですよ遅刻!」
……と、そんな呑気な言葉を俺に投げかけながら手招きするのだった。
「慣れてない土地なんだよ、少しぐらい許して欲しい」
『バカ、そういう情報を漏らすんじゃないわよ! 夜道に背後から刺されたい訳!?』
あっちが呑気な分こっちの相方は真逆で、慎重な言葉をぶつけてくる。
……まあ、ありえなくもない話だとは思うけど、少し考えすぎじゃないのか?
「あれ、そうだったんですか? てっきりこの町の人なのかと――ああ、もしかして隣町住みだったりします? 時間的に通勤の電車に乗って来たとか」
『あ"あ"あ"! もう! ほら情報を把握されちゃってるじゃない! 呑気かっこのっ、ヌーブが過ぎるわよ!』
「ぐえええ、ギブ、首絞めは流石にヤメテッ! ぐぬぬぬぬっ……!」
「あ、師匠が物語に首絞められて抵抗してる」
こんなところで殺されてたまるかッ……!
俺は実体化したアリスの首絞めをなんとか振りほどいて少女の方を向き直る。
「ッ……! はーっ、はーっ……とりあえずさあ、ニコだったか?」
「はい! ちゃんと覚えてくれてありがとうございます、師匠!」
「……ツッコミどころは多いけど、とりあえず何で俺をここに呼んだ?」
山のように疑問はあるけど、一先ず聞くことはそれにした。
俺をわざわざ呼び出した理由。それがまだ掴めない。師匠だなんて呼び慕っている様子だが、油断はできない。アリスの注意喚起の影響もあるけれど、彼女が突然敵として襲ってくる可能性も俺は捨てていないのだ。
「ふっふっふ、それはですねぇ――」
「…………」
ゴクリ、と固唾を呑み込む俺。
ピトリ、と無言で俺にくっつくアリス。
不敵な笑みを浮かべる彼女に俺達は揃って緊張を感じながら、彼女の言葉の続きを待つ――
「それは――! たっっっくさん取材したいことがあるからです! どうかご協力よろしくお願いします、師匠!」
「…………は?」
彼女の勢いに思わず身を引きながら、困惑する。
またしてもどこから取り出したのか、少女はペンとメモを取り出しながら俺に向かって深々と礼をするのだった。
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