071 困った提案
「……行っちまった」
先ほどの死神を考えて周囲を警戒しながらニコの後を追ってみたが、やはり姿はどこにも無かった。宣言通り元の世界に戻ったのだろう。
「明日の集合場所か……ってか、勝手に決めやがって……」
手に握った紙束に視線を落として、ぽつりと呟く。
場所は初めて見る店の名前だが、スマホで調べれば簡単にわかりそうだ。行こうと思えば行けるだろう……が、
『……それでアンタ、どうする気なの? あの女の話に乗る? それとも無視して放置する?』
「…………スゥ――、う、ぐぬぬ……」
『めっちゃ悩むじゃない』
「だって仕方ないだろ……!? あ"ーもう! どうして厄介ごとってのは人の話を聞かずにまとめて駆け込んで来るんだよ!」
気が付けば話の主導権を完全に相手に持っていかれて……その結果、もう滅茶苦茶である。どうしてこうなっちまったんだ。
話に乗ってあの少女に付き合えば一先ずは安心できる状況になる。無視したらまた危険に足を突っ込む……あれ、もしかしてこれ俺に選択肢など無いのでは……?
『これで戦力になるのなら、一時的な協力関係を結ぶのも悪くは無いと思ったけど……あんなザコアンパン女じゃねぇ』
「ザコアンパン女」
今まで生きてて聞いたことの無い罵倒が脳内に聞こえて来た。それあなたの好物ですよね?
しかし、アリスの言い分も分からないことはない。せめて自衛できる程度に戦闘力があるならこんな気にすることもなかった。だが実際の彼女は例えるなら、何も持たずに地雷原へ飛び出していくような無謀っぷりだ。見てて心臓に悪すぎる。
『……ま、どちらにせよ私たちに利のあるようにしなさいよ。コーカス・レースの分、忘れてないからね』
「……うっす」
そういえばそうだった。使った分なんか価値のあるもん得なさいよと、アリスに言われているんだった。
価値のあるものねぇ……正直、厄介ごとが一つ憑りついてきたぐらいしか無い。
「とりあえず……ニコ、だったか? あの子の話には乗る。アリスからすれば見捨てちゃ利が無いってやつだしな、うん」
『何勝手に私視点を代弁してるのよ。まあその通りなんだけど……別に助けたからって絶対利がある訳でもないじゃない?』
「それはそうだけど。ここまで来て見捨てるのは目覚めが悪いってやつだ。あのまま放置したら本当に死にかねない」
アリスと雑談をしながら手ごろな窓ガラスを探す。
少女が帰還したならば、俺ももうこの場に残る理由がなくなった。まだあの死神が俺達のことを探しているかもしれないから、すぐに撤退して仕切りなおすべきだ。
『へぇ。乗るんだ、あんな一方的で滅茶苦茶な約束に』
「仕方ないからな……嫌か?」
『んや、行動に関しての最終決定はアンタに任せるわ。内容によっては文句とか意見は言うけど――ああ、そうだ。これは意見なんだけど』
手ごろな窓ガラスを見つけて手を伸ばした――その腕を、実体化したアリスに横から掴まれて制止させられた。
なんのつもりなのだろう、まるで何か言いたそうな顔をしているが……
「……なにさ」
『集合予定は明日。だったらアンタの安全を配慮した提案なんだけどさぁ――』
「へ……?」
■
「どうして……」
頭上には月の浮かんだ夜空。
気温は普通って感じだが、ときおり吹き抜ける夜風は少し寒い……特に下半身が。
「どうしてこうなったぁ――!?」
周囲のことなどお構いなしに、俺は空に向かって叫ぶのだった――少女の透き通るように高い声で。
『だから前にも言ったでしょ。その姿は安全のためでもあるんだって』
「だからってこんなッ……こんな、羞恥プレイだ! あんまりだ! ってかスカート寒い!」
地面をドコドコ踏みながら猛威に抗議の声を上げる。周囲のことなど以下省略。
帰ろうとする際にアリスが『その姿のままで帰還しなさい。じゃないと帰さない』なんてことを言ってきたのだ。
で、俺の抵抗空しく結果今に至る……という訳なのだが、詳しい説明を求む。じゃないとこの場でキレて暴れるぞ。
『アンタねぇ、あのニコとかいう女の安全に気を取られて自分自身の安全を全く考えていないのよ。今はアンタの方が危ない状況かもしれないのよ』
「……どういうことだ?」
『じゃあ聞くけど、あんなに無力な語り手がどうやって他の語り手を殺すと思う?』
「そもそも殺せないんじゃないのか?」
『はいハズレ。これでアンタは一度死にました』
なんだとオイ。
でもまあ、適当に言っている様子ではない。アリスには何かちゃんとした考えがあるのだろう。
『人間は人間を殺すことができるじゃない。語り手とはいえど変身を解いている間は無防備よ』
「あの子が直接俺を殺すかもしれないだって!?」
『だから油断しちゃいけないのよ。狂人ってのは何をやるかわからないものだから』
「…………」
アリスの指摘はごもっともだ。あんな非力で友好的でも立場上は敵同士で、殺すチャンスはまさにこの待ち合わせと称したイベントにいくらでも隠れている。
……正直、語り手同士の殺し合いというものを甘く見ていた節がある。言われてみればアリスの言う通りで、俺は恰好の獲物になりかけていたという訳だ。
「……そうだな、アリスの言う通りだ。油断してた」
『分かってくれたならそれで良いわ。こんなところで死なれたらたまったもんじゃないからね』
「うっす……」
アリスの表情は今は分からないが、声の感じからして満足そうなそんな雰囲気を感じる。素直に非を認めて俺が自身の命を守る選択をしたことに納得したのだろうか。
『さて……じゃあ帰るわよ! あの電車って乗り物で!』
「ぎゃあ!」
そ、そうか。この姿で公共機関を使わなきゃいけないのか。思わず変な声が出た。
うう、羞恥プレイはまだまだ続くみたいだ……




