070 月下の普遍なシンデレラ
「えっと……聞きそびれてたんですけど、どうして師匠は私のことを助けてくれたんですか? 何か目的があるとか?」
「だから師匠じゃ……いや、別に目的は何も。人が襲われてるのを見たから、助けに入ったら偶然助けた人が語り手だっただけだよ」
「それでも、その後私のことを襲わない理由にならないですよね? バトロワの勝者になるためなら普通、私のことを襲うべきじゃないですか?」
ズイズイと距離を詰めるかのように少女は問い詰めてくる。
なんだ、台詞だけ聞くとまるで今この場で襲われたがっているかのような言い方だが……
「別に俺自身に勝ち残りたい理由は無いからな……相方のために戦ってるだけだ」
『私のために戦ってるのなら、早くその語り手を討ち取って欲しいところだけど。私のことを特定したその女を野放しにする理由が無いじゃない』
「……俺に優先順位を選ぶ決定権ぐらいあっていいだろ。戦う気のない人を優先して襲うつもりは俺にはない」
『チッ、相棒があまちゃん野郎だと苦労するわほんと……』
アリスの言い分は何も間違っていない。どうせ最後には争いあう関係なのだ。普通なら昨日の時点で野放しにして逃がす理由も、今こうして俺の物語についての情報を握らせておくメリットも無い。
だからこれは“好み”の話。俺はそうしたくないって理由で野放しにしている。ゆくゆく戦うことになったとしても、その時はその時だ。
「へぇ……ふ~ん、そんな感じなんですね。師匠って平和主義なんですか? このバトロワを止めたいと考えてるタイプとか?」
「いや……そこまで壮大なことは考えたことなかったな」
手の届く範囲を守ることしか考えていなかったので、そんな物語の主人公のような考えには至らなかった。俺の願いも戦う目的も、もっと自分本位だ。
「俺はバトルロワイアルそのものに関しては否定派じゃない。でも肯定派って程でもない。ただ、語り手の戦いに異世界の人々を巻き込みたくないのと、それと――」
「それと?」
「……相方の願いを叶えさせてやりたい。それだけだ」
内容は違うとはいえ、同じ境遇――失敗したもの同士、彼女の願いに共感したというか。素直に応援してやりたいと思ったというか。
とにかく、それが俺の本心なのは間違いない。それがこの佐渡カタルの願いだ。
『……フッ、何よもう、素直じゃないわねぇ! オラオラっ』
「あ、ちょ……やめろォ! 実体化してぐりぐりすんなッ!」
実体化した――ご機嫌そうな態度の――アリスから肘でぐりぐりと脇腹辺りを突かれて、俺は抵抗するのだった。
くすぐったいからボディタッチで感情表現するのは辞めて欲しい。
「ええいッ……とにかく、戦う意思が無いのならこんな危険な世界から手を引くんだ。また助けられる保証なんてどこにもないんだから」
小突いてくるアリスを押し退けながら、俺は少女に向けて注意喚起のつもりで口調強めに告げる。
過剰表現で脅す気は無く、あくまで事実をそのまま告げたつもりだ……が、それでは不十分だったのだろうか。少女は首を横に振って俺の言葉に対して拒否を示した。
「……いえ! やっぱり私は師匠についていきたいです! 危険なんて百も承知なんですから!」
「オイ……あのなぁ、ふざけてる場合じゃないんだ。その自覚があるか知らないが、君は命の危機に曝されているんだぞ! 現に君は二度も殺されかけたじゃないか!」
「大丈夫です! それに私はもっとこの異世界やバトロワについて色々知りたいから、貴女を師匠と呼んでいるんです! 絶対ついていきますよ!」
「…………」
……目眩を覚える。この少女、危機感というものがまるで無いんじゃないのか?
戦闘力は皆無。俺のトランプのような武装も持っていない。
なのに危険に首を突っ込めるのは勇敢というべきか、無鉄砲と表現するべきか。俺からすれば後者にしか見えない。
……まあ、少し前まで人のことを言えた身ではないのだが。
『……別に放っとけば? そのうち勝手に死にそうな奴よ。助けたのは無駄骨だったってさっさと諦めて放置した方がいいわ』
「そんな簡単に割り切れる性格ならとっくの昔にそうしてる……!」
「……文句ありありって感じですね」
「当然だ。助ける側のことも少しは考えてくれ」
「うーん……あっ! でしたら異世界散策は少しの間お休みで、しばらくは師匠について知ることにします!」
まるで名案でも閃いたかのように、少女は手をパチンと合わせてそんなことを口にした。
「……俺を? 知る?」
「はい! 他の語り手とこうしてお話しするのは初めてですし……良い参考資料になりそうですから!」
「参考資料?」
「この王国からスポーンしたってことは旭山市住みですよね? えーっとえーっと……はいコレ私の業務用電話番号です! そしてこれが明日の集合場所! あと名刺!」
「……ぉぅ」
パッパッパッ、と勢いよく渡される名刺サイズの紙の数々。
電話番号らしい数字が書かれたメモと、集合場所――喫茶店らしい――と言われた場所の住所と店名について書かれた紙。あと本当に名刺を渡された。
……勢いが凄いから相手のペースに呑まれてしまった。色々反論したい点があるのに言葉を呑んでしまう。
「……ライトノベル作家、“niko狼”……?」
ちょっとだけ正気に戻って、受け取った紙――名刺を手に取った。そこに書かれていたのはシンプルな内容。名刺だから簡素なのは当然か。
「んじゃあ、私はこの辺で元の世界に帰還しますね! 師匠! また明日、絶対に会いましょうね! じゃないと勝手に異世界へ乗り込みますよ!」
「あ、おい! ちょっと!」
まだ安全か分からないのに、少女は路地裏から飛び出すように駆け出して行ってしまう――その瞬間、大きな金属音が鳴り響いた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
大きくて鈍い音がゆったりと等間隔で町中に反響する。そんな中、少女はくるりと身を翻すように振り返り、
「私の名前はニコ! 覚えておいてくださいね、師匠!」
……正直に言うと、とてもかわいらしい笑みを浮かべて、少女――ニコはそのまま曲がり角に消えていった。
場に残されたのは俺達一人。鐘の音も止んで静寂の中、またしても置いて行かれるのだった。




