068 迫る亡霊
薄暗い森の中。そして髑髏の面を付けた黒いローブ姿。
不気味な雰囲気にその口上。まるで言うなら、亡霊のようなインパクトだ。
「遂に姿を現したな、語り――」
「きゃあああああああ!?!?」
「――うわ、びっくりした」
予想してなかった背後からの大声に肩が跳ねる。声主は少女の物だと一発でわかったが、こんな声を出すとは思わなかった。いやほんとびっくりしたなもう。
「あ、あわわわわ……こ、腰だって抜けるよこんなの……あわわ」
虚空と会話しながら、少女は腰をストンと落とす。どうやら腰が抜けてしまったらしい。
……確かにおっかない印象は受けるけど、そんなにビビるほどの見た目か?
「こちらもお前たちのことは見てたぞ、語り手……覚悟しろ」
――《ウェポン・スキル「大鎌」》
手にした一枚のカード――タロットカードのように見えた――が、人間よりも大きな大鎌へと変化する。語り手特有の武装による武器の召喚のようだ。
不意打ちが失敗に終わったと判断すると敵はすぐに真っ向勝負に切り替えて来た。
「――――」
……どうするか。俺はいい。多分だけど、初見殺しさえなければ十分に戦えはする。だが、今の俺は背中に人を守っている状態だ。相手の目的が語り手だとすれば、この少女も対象に含まれるだろう。彼女から離れるわけにはいかない。
「……どうした、語り手なら武器を手に反撃しに来いよ」
ならば、飛び出して突っ込む訳にはいかない。あの語り手の挑発に乗っている余裕はない。俺は冷や汗を一滴流しながら、慎重にふともものホルダーからトランプを一枚取り出す。
それを構え、武器を手にする――ように見せかけて、俺はトランプを敵に向けて投擲した。
――《マジック・スキル「巨大化」》
敵の語り手――その足元にある、先ほど俺が叩き折った“倒木”に命中したトランプが、音声と共に効力を発揮する。倒木は魔法の効果によって巨大化し、敵の視線を完全に遮った。
「っ、何ィ――!?」
「ッ、今だ! 逃げるぞ!」
「へ? あ、ああっ!?」
不意を突いた妨害だが、相手の実力が未知数な以上油断はできない。俺は少女の手を引いて全力で撤退を選んだ。そもそも戦いが成立しない状況ならば、こうするしか手はない。
「……ハァッ! ハァッ!」
『カタル! 連れてる女の息が上がってるわよ! 語り手のくせに体力も無いだなんて……』
走りながら振り返ると、確かに少女は苦しそうな表情を浮かべて呼吸を繰り返していた。速度も彼女の足に引っ張られてどんどん失速していく。
「ッ……こっちの方が速い!」
「うわっ!?」
手を引いて走るだけじゃ中々速度が上がらないので、俺は一瞬足を止めて少女を背負い、再度走り出す。
非戦闘員な少女に走らせるよりも、バリバリに戦闘向けな身体をしている俺が背負って走った方が速度が出る。背負った少女の体が木にぶつかったり掠めたりしないよう用心しながら、今出せる最高速度で針葉樹林の中を駆け抜ける。
「チィ、逃がすか!」
――《マジック・スキル「鴉の召喚」》
突如、森の中が騒々しくなった。カァカァ、と鳴く声と共に空を飛ぶ黒い影。
元々この森にいたのか、あるいは召喚されたのか。空を見上げると大量のカラスが俺達に狙いを定めるようにぐるぐると円を描くように飛んでいる。
カラスに襲われた程度で足を止めるようなことは無いが、これでは一生追跡されてしまう。あのカラスは攻撃のためというよりも、常にあの語り手に位置を教え続けているだろう。こうして空にカラスが飛んでいる以上、俺達に逃げ場はない。
「そっちがその手を使うなら……!」
――《マジック・スキル「鳥獣の使役」》
搦め手には搦め手をぶつける。
引き抜いたトランプを空に向けて投げ飛ばすと、バン! と火薬のような炸裂音が森の中に鳴り響いた。その直後、森中が再度騒がしくなる。バサバサと羽ばたくような音が全方位から聞こえて来た。
「な、何……!?」
森中の鳥、フクロウ、リスやネズミ――とにかく森に棲んでいる鳥獣達を叩き起こし、使役する。鳥たちはカラスに襲い掛かったり群れを散らしたり、地上に残っているげっ歯類とかの小動物は接近してくるカラスを撃退していた。
「な、なに今の!? どういう戦いが起こってるの!?」
「唯一の対空技だ! これでカラスをかく乱させてその隙に逃げる! ……さっき手に入れたカード、今使うからな!」
『ああもう、もったいないわね……! その分なんか価値のあるもん得なさいよ!』
アリスから許可は下りたので――一々確認する必要は無いが、一応彼女の意見を尊重するために――俺は切り札を手にした。
――《ヒュージョン・スキル「コーカス・レース」》
「あっ、わあっ! ケモミミ! ケモミミだケモミミ! あっ、ふさふさ!」
「触ってんじゃないよなんかくすぐったい! ってかちゃんと俺の体に掴まってろ、両手を使ってまで俺の耳に触るんじゃない! ッ、尻尾もだ!」
コーカス・レース。この世界を行き来してデッキがリセットされる際に一枚だけ補充される切り札。
それ以外の入手方法はさっきのキングゴブリンのような大物を倒す他はない。だが、その性能は折り紙付きだ。このケモミミが生えると、ただでさえ高い身体能力が爆発的に上昇する。シンプルな効果だがそれ故に強力だ。
……ちなみに、この生えてくるケモミミは光の塊だと思っていたが触れるっぽいし、俺にも感触が伝わってくる。少女のおかげで余計な知見を得た。
「しっかり掴まってろよ! この混乱に乗じて脱出する!」
「う、うん……おねがい、します」
コーカス・レースの力を使って俺は少女を背負いながら全力で森の中を突き進む。
「おのれ……必ず、必ずその命刈り取ってやるぞ、語り手……!」
何か怨念のような言葉が聞こえてくるが、追い付けていない敵の語り手も空で乱戦している鳥たちも知ったことではない。
俺は王国に向かって全力疾走し、森の中を脱出するのだった。
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