067 非戦闘員
「……うわっ!? うわぁ、わぁ!?」
完全に押し倒されてから、今更な反応をしてしまう。いや、びっくりした。背中の痛みとか真正面の人肌の温かさとか、そんなの二の次になるぐらいびっくりした。
な、なんだ? 突然どういう意図でこんなことを!? ってか危ないって何が!?
「ッ~~! 痛てて……あ、危なかった……」
「あの、ち、近い! ってか何が起きた!?」
「こ、攻撃! 攻撃が来たの! 気を付けてください!」
「……? 攻撃って、なんの――」
鼻先が触れ合いそうなぐらいに近い少女から視線を外すように顔を上にあげる。
すると、その先――自分の背後の木に、深々と何かがブッ刺さっているのが見えた。なんだ、このブッ刺さってる……えっと――
「――草刈り鎌? なんでこんなものが」
『だから攻撃でしょ攻撃! この女の助けが無かったらアレが胸元にブッ刺さってたわよ!』
「……!」
アリスの注意喚起でようやく事の重大性を理解した。
今のが攻撃。危うく俺に深手を負わそうとしたもの。少女の助けが無かったらと思うとゾッとする。あっけないリタイアというやつだ。
「うん、わかってるよ! 逃げなきゃでしょ! ……えっと、語り手さん! 立てます!?」
「あ、ああ。悪い、助けられた……」
「大丈夫です。……っ、前助けられた貸しはこれで無し!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
立ち上がった少女に手を差し伸べられて、俺はそれを握り引き起こしてもらう。
あと、何やら物語とギリギリ喧嘩に近い口調でやり取りをおこなっているらしい。少女は虚空に向かって力強い発言を繰り出していた。
『完全に油断してた……ごめんカタル。でも方向は分かったわ。斜め左よ!』
「そっちか……!」
斜め左――一瞬だが、“影”が見えた。敵は確実に近くにいる。
すぐに見失ったが、気配はひしひしと感じる……おーけー、それで十分。今度は不意打ちなんて貰わないぞ。
俺の手を引いて逃げ出そうとする少女の手を強く握り返して、“ここにとどまる”と意思を伝える。考えが伝わったとは思えないが、それで何かしらを感じ取ってくれたらしい。少女は困惑しながらも俺の様子を伺っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「逃げてもとことん追いかけられるだけだ。ここで迎え撃つ……援護できるか?」
「ええっ!? え、えっと……私、今武装を持っていなくて……」
「……へ?」
小さく呟くように少女はそんな信じられない告白をする。しかし本当のことらしく、少女は人差し指同士を触れ合わせて、恥じ入るようにうつむいている。
語り手なのに武装を持っていないって……そんなこと、フツーあるか? 仮契約の時の俺ですら一応扱えたんだぞ?
『武装持ってないって、そんなことある!?』
「何? 使い切ったのか? ええっと、それじゃあ――」
――《ウェポン・スキル「金の鍵」》
「え、えっと、そういう訳じゃ――わとととっ!?」
「ほら、武器なら貸すから」
トランプを武器に変えて少女に手渡す。この子は俺のことを身を挺してまで助けてくれたんだから、流石に渡した自分の武器で背中からザックリ斬られる――なんて展開にはならないだろう。
あいにく遠距離武器を持ち合わせていないが、これでけん制とか防御とか、そういった簡単な援護や自衛をしてもらうことにしよう――と、
「ッ、お、重っ……純金かぁ!?」
「……へ?」
ゴトン! なんて重々しい音を聞いて思わず振り返る。
なにやら少女が金の鍵を落としていた。んでもって、少女は落とした鍵を拾い上げようとする……が、まるで地面に接着されたみたいに鍵は持ち上がらない。まるでパントマイムみたいだ。
「えっと……何をやってるんだ?」
「す、すみません……この武器、重たくて……」
『……嘘でしょ。まさか持てないなんてある!?』
「んな――そんな非力なのか……!?」
落とした鍵を代わりに拾う……が、やはり問題なく軽々と持ち上がる。別に異常は感じられないのでこの武器が不良品とかじゃない。
……信じられない。この語り手、びっくりするほど非力だぞ……!? 俺の身体能力が飛びぬけている可能性もあるけど、それを考慮してもあまりに戦力外だ。
「ッ! 危ない!」
「きゃ――!?」
ガキン、と金属同士が打ち付けあう音が至近距離から響く。またしても敵が片手サイズの草刈り鎌を投擲してきたのを、俺は手にした鍵を使って宙で叩き落した。
……いやぁ、参った。これは参ったぞ。人を守りながら戦うだなんて今まで経験したことがない。戦うにしても逃げるにしても、勝手が違いすぎる。
「ッ、とりあえず俺の後ろに。前方は意地でも守るから、後方からの攻撃に対処してくれ。攻撃が来たら最悪、俺を見捨ててでも身を守ってくれ」
『カタル! 何語り手相手に体張ってんのよ!』
「だって仕方ないだろ! まともに戦えないのならこうするしかない!」
『チッ、このッ……お人よしが!』
何を言われても知ったことか。俺は姿の見えない敵に注意力を総動員させる。
敵は夜の暗さと森の木々を利用して隠れている。それ加えて服装が同化しやすいものなのだろう。隠れている原理はとても原始的だ。透明化とか光学迷彩なんかよりもわかりやすく、同時に仕組みがシンプルだからこそ相手にしにくい。
「…………」
背後には守らなければならない少女。身体能力に任せて敵をひたすら追いかける――なんて脳死戦法は選べない。慎重に戦術を選ばなければならないだろう。
「……なあ、君。しばらく息を殺してくれないか?」
「へ? えっと、わかりましたけど……どうする気ですか?」
「音を聞く」
「……音を?」
もしも相手がアレならば、きっと聞こえるはずだ。俺は背後の少女にそう指示を飛ばしつつ、耳を澄ませる。
……草木の揺れる音――風の音――足元の草が波のように揺れる音――背後の少女が緊張からか固唾を呑み込む音――
――《ウェポン・スキル「小鎌」》
――“語り手”特有の、独特な音声――!
「――ッ、そこだ!」
意図的に一手遅れて金の鍵を投擲する。
ゴブリンの巣で要領を得た、強い遠心力を持った回転する投擲。それは真っ向から飛んできた小鎌を弾き返し、そのまま前進して森の中へと飛び込んでいく。
「――――!」
小鎌が飛んできた方向にそびえ立っていた木に命中し、斧のように突き刺さった。
直後、金の鍵が命中した木はミシミシと雷のように大きな音を立てて倒れる――と、そこには一つの影が突っ立っていた。
『! 木が無くなって見えるようになった! アレが敵……!』
その人影は黒いローブに包まれていて、まるで力なく肩を落としているように見える外見は、無気力な感じでまるで生を感じさせなかった。
それになによりも特徴的なのは、黒い全身の中で唯一白い、顔面に付けた髑髏の仮面――
「――見ィたァなァ、俺の姿を……!」
その死神のような存在は、まるで地獄の底から響くような声を発しながら、俺を睨みつけた。




