064 対キングゴブリン-3
初撃で浴びた返り血が塵になる。それに少し遅れて、キングゴブリンの体も崩れ、塵に還った。
大きめの魂石を残して、他に残ったのは真っ白な砂状の物体だけになる。
「……なんだ、キングにしちゃ随分とあっけないじゃないか」
キングゴブリンの残骸と共に四散する時計の針のクナイに視線を落としながらポツリと呟く。まさかたったの三撃で、それも一呼吸の間に倒せるとは思わなかった。
『相手も相当強いはずなんだけどね……アンタが規格外になってる証拠よ』
「そこは『私の体ナメんじゃないわよ』じゃないのか?」
『まあそれは当然なんだけど。それでも十分アンタは強い部類よ……他の人間と何が違うのかしら』
なんか人を規格外扱いされるのはあまりいい気はしないが、強いと褒められることに関しては素直に嬉しい気がする。俺は特別強さを求めている訳じゃないけど、純粋に褒められている感じがするからだろうか。
しかし俺は誉め言葉を素直に受け取らず――受け取れなかったと言った方が正しいが――照れ隠しに、さっき落ちたキングゴブリンの魂石を回収する。
「ッ、と。ジャバウォックとかよりも大きめの魂石だな。何か違いとかあるのか?」
『中のラメが多くて、サイズが大きければ高品質よ。それはコーカスレース相当の戦力になってくれるんじゃないかしらね』
「……そういや、このデッキのシステムについてイマイチわかってないんだけど。カードのレアリティとか勝手に補給されるカードとかの違いが分からない」
『んー、そうね。んじゃあ道中に説明でも――! 待ってカタル、周囲の警戒をして!』
指摘されてからの切り替えは早い。
俺はアリスに言われた通り周囲の警戒に注意を払う。するとアリスの危惧していたことはすぐに見つかった。前方から物音を立ててゴブリンが姿を現す。
「ギィ……!」
「ッ、残党か!」
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
認識すると同時にトランプを一枚引いて武装を備える。
ファイティングスタイルは先ほどと同じく鉤爪のようなクナイの構え方。これなら一振りで三撃分のダメージが入る。
ダメージ量方式の世界なら効率の良いやり方だ。あの時不意打ちを仕掛けて来たゴブリン戦がそれを証明している。
「ギィ!」
「ギギィ!!」
「ギィ――!」
――だが、それは一対一であることが前提というか、最低条件だ。
周囲の松明の明かりが届かない暗闇の中、モンスターの赤い瞳が発疹のように増殖する。まるでこの時を――キングゴブリンが倒された直後を待っていたかのような、そんな増え方だ。
『! 気配が……何よこれ、どんだけ潜んでたっていうのよ!? 目視で見た方が速い! 冗談抜きで山のようにいるわ!』
「なんだよこの数……どこに潜んでいたんだ……!?」
退路を除いて全方位からゴブリンが現れて思わず二の足を踏む。アリスはゴブリンのことを雑魚だと表現していたが、この環境と武装、そしてこの数を相手にして勝つ見込みは……正直想像できない。今の武装では数の暴力には適わない。
まるでアリの巣の中に落ちた虫の気分だ。武器を満足に振るうこともできず、四方から集られて蹂躙される自分の姿が容易に想像できる。
『キングゴブリンと共闘もせず、まるでこの時を待ってたかのような現れ方ね……多分だけどこの巣の全てのゴブリンがここにいるわ!』
「突然現れた理由はわからないけど……とりあえず――」
敵の数は両手の指よりも多い。そしてここは戦い慣れていない不慣れな環境。そして一応キングゴブリンの魂石回収という目的は既に達成している。
ならば、俺の選ぶ選択肢はただ一つ……!
「――撤退だ……ッ!」
踵を返して全力疾走する。それと同時に、雪崩のように向かってくるゴブリンの軍勢。あの量を一度に相手にするだなんて冗談じゃない……!
「ハァ! ハァ! “猫なしの笑い”があれば逃げられたのに……!」
『なら今手に入れた魂石をカードにすれば!?』
「そうか! 閃光が敵の目つぶしにもなるからな……!」
アリスの提案を受けて俺は先ほど拾った魂石をデッキに押し当てる。
「ギャ――!?」
「ッ……眩し」
魂石が激しい閃光を放ち、俺の視界も、後方のゴブリンどもの視界も一瞬だけ白く塗りつぶす。そして閃光が止み、一枚のカードになったのを確認して俺はカードの表面を確認した……が、
「ッ、“コーカス・レース”だった! どうする? 使うか!?」
『う~~~ん、脱出のためだけに使うのは正直もったいないわ! 節約して!』
「そんな、嘘だろ……!? ああもう、仕方ないな……!」
今の閃光で押し寄せて来るゴブリンの群れとの差は開いたが、それでもジリ貧だ。一本道とはいえ入り組んだ洞窟を人間が走るのは困難で、一方ここを巣にして移動慣れしているゴブリンからすれば有利な状況。
このままでは背後から追い付かれる。いや、追い付かれなくても弓矢を構えたゴブリンがいればもう間もなく背中から狙い撃たれてしまうかもしれない。
(! この先には確か――)
逃走の果てに、やけに暗い場所に到着して不意に記憶がよみがえる。
ここは強奪品が集められている場所だ。布類や金属製の武器に、燃料や食料なんかも。雑多に集められているポイントだ。
「……ッ、身の危険を感じるが、やるしかない……!」
打つ手は一つでも欲しい。たとえそれが、身の危険を及ぼすものだったとしても……!




