061 ギルドのジェントルマン
『カタル、ほらあそこ。コルクボードに張り出されてるところに依頼が張り出されてるわ』
「コルクボード? ああ、あそこか」
“討伐依頼一覧”と、日本語で案内書きがされているコルクボードに近づくと、ボード一面にB5程度の大きさの紙がびっしり貼り付けられていた。大量に貼られすぎて、まるで白い壁紙かと思うほどだ。
依頼書一枚一枚の内容は……なるほど、モンスターのイラストが上半分。残り下半分に詳細について書かれている感じだ。
『さて、どれがいいかしらね……基本的にモンスターは強けりゃ強いほど良い魂石を落とすから、できることならそこのドラゴンなんかを――ああでも、北方山脈かぁ……ここから何時間かかるかしらね』
「やい人を勝手に危険度の高い場所に放り込もうとするんじゃないやい」
実際に戦うのは俺だというのに、何を勝手に決めようとしているんだこの暴君は。しかしまあ、これだけ依頼に種類があると迷うというか、どうしようか――
「――いけねぇなあ。その依頼はお嬢ちゃんには刺激が強すぎるぜ」
「……ん?」
コツ、コツ、と靴をわざとらしく鳴らして紳士服の男が近づいてくる。
茶色の少し長い癖毛を揺らしながら澄ました顔で俺の近くに近づき、跪くようにして俺と視線を合わせ、一枚の紙を差し出して来た。
……何? 誰? 疑問は絶えないが、ギザな雰囲気ぷんぷんの男が差し出した紙を受け取って中身を確認してみる。
――――結婚式を彩る花の採取! 未経験でも楽しく働けます!
……えっと、簡単な仕事の依頼書、だろうか?
確認を終えて顔を上げると、男はフッと笑みを浮かべて顔を逸らす。
「花のようなお嬢ちゃんには……その依頼がよく似合うさ」
「――ッ、なぁに子供相手にカッコつけてんのさ!」
「あっ痛ぇ!?」
パコーン、なんてよく響く音と共に、紳士服の男は背後から何者かによって叩かれた。男の背後には一人の女性が立っている。
赤毛で鼻にはそばかすがあり、ウェイトレスのような恰好をしていて片手には男を殴った道具だと思われる木製のビールジョッキが握られている。
どうやらこの店の関係者……なのだろう。このギザな紳士服の男を含めて。
「ごめんねぇ、この人、ギザを拗らせててねぇ」
「ッ! ギザじゃねぇ! 紳士だ! ジェントルマン!」
「なぁにがジェントルマンよ。酒屋の息子が上流階級を名乗るだなんて片腹痛いっての!」
『何よこの……何?』
頭の中でアリスがぼそりと呟いた。それは俺のツッコミなので先に言わないでいただきたかった。
まるで漫才のようなやり取りを繰り広げている二人。周りの客人はそんな光景を笑い半分に眺めていたり、そもそも関心がなかったり。まるで“いつもの光景だ”って雰囲気だ。
「俺の立ち振る舞いは良いだろ別に! ただこの子が働けそうな仕事を勧めただけだ! ああクソ、お前が居ると俺の紳士な振る舞いが乱れるっての……」
「……あら、かわいらしい子。どうして魔物退治の依頼なんかを?」
「えっと……見ていただけです。いつかこういう依頼をこなせる人になりたいので」
ウェイトレス姿の女性からそう尋ねられて、俺は咄嗟に思いついた嘘をついてやり過ごす。あの時の少女のような具体性のある嘘はつけなかったが、自然で怪しさのない返答だったとは思う。
「フッ、ロマンを求めるのは良いが、お嬢ちゃんはもっと華のある仕事が似合う――あ痛たたたッ!?」
「はいはいはいはい、アンタは引っ込んでる。話まで拗らせないでっての……それで、なんてお名前なの? 見ない顔だけど最近新しく来た子かしら」
「カタルです。最近この王国にやってきたばかりです」
「そうなの。このギザ野郎の言う通り、仕事が欲しいならいい感じのを紹介するけど?」
「いえ、大丈夫です。本当に見ているだけですから」
「そっかそっか。うん。そういうことならご自由にね~」
「痛てててて! おいイロハ! だから耳を引っ張るなっての! あだだだだ!?」
結局よくわからない漫才を繰り広げた二人の男女は店の奥にへと――男の方はやや強引に――姿を消してしまった。
……まあ、許可が下りたんだし、お言葉に甘えて自由に眺めさせてもらおうかな。あの二人が口論しているのか、店の奥が少々やかましいがそっとしておこう。
『なんだったのかしら、あの二人組は』
「そっとしておけ。それで……あー、これなんかどうだ? 近場の森でキングゴブリンだってさ」
『うーん、そうね……ま、及第点ってことにしておくか。それでいきましょ』
「よし……やりますか、っと」
パチン、と両頬を軽く叩いて気合に活を入れる。
そしてコルクボードに貼られた紙を手に――取ろうとして、慌ててひっこめた。いけないいけない、この紙を持っていったら依頼を受けたことがギルドの人達にバレてしまう。内容を暗記して紙は持って行かないでおこう……
俺はコルクボードを後にして世界地図を広げる。キングゴブリンが住んでいる場所はここからすぐ近くにある東の森だ。
さあ、早く済ませてしまうことにしよう――




