060 隣町へ
数十分の移動を経て、俺たちは隣町に到着した。
駅を降りると人気が急に増えるのを実感する。片田舎から栄えた街に移動するとこんなに違うものか。
「……うっ」
『? どうしたのよ』
「働いてる感じの人が多い……こんな昼間から私服でうろついて、周りから無職って思われてないかな……」
『どういう心配よ。ほら行った行った。周りの人間はそんなに他人のことなんか気にしてないっての』
アリスから発破をかけられて恐る恐る俺は移動を開始する。ううっ、社会人の波が恐ろしいなぁ……みんなスーツの中、私服で歩き回るのは少し勇気が要るなぁ……
『……ん、この辺かな。このあたりで都合のよさげな建物ってある?』
指示通りの方向をしばらく道なりに進んでいると、アリスからそんな質問をされて俺は足を止める。どうやらこの辺が異世界の王国に入れる場所らしい。
「都合のいいって、どんな感じだ?」
『窓か鏡があって、わかりやすい建物かな……再度入る時の目印になるような感じで。ああ、当然簡単に撤去されないもので頼むわよ。二度と出られなくなるから』
「わかりやすい建物……そこの喫茶店とかどうだ?」
『いいわね。窓ガラスも多くて簡単に撤去されなさそうで、わかりやすい場所……完璧よ』
「ならよかった。ちなみに、異世界に入るのは外からでいいかな。まさか店内からじゃないととかはないよな?」
『ん、外からで大丈夫。それじゃあ行きましょう』
そう言いながら実体化したアリスの手を俺は慎重に取る。
そのまま窓ガラスに手を触れて――中の店員にバレないように――俺たちは異世界の中にへと飛び込んだ。
■
白塗りされた視界の中、何度か瞬きして目を慣らすとそこは路地裏のような場所だった。しかし、どこか見覚えがある。この建物の壁なんか一度見た記憶がある。
それと喧騒が聞こえてくる。ガヤガヤとした人々のざわめき声は、さっきの駅前の喧騒と似て近いものを感じた。
『……うん、人目のつかないちょうどいい場所に出れたわね。流石は私』
えへん、なんて聞こえてきそうな自信に満ちた声を聞きながら小さな体で路地裏を歩く。明るい方へと足を進める――と、そこは人々で溢れた王国だった。
夜に見た王国とは大違いで、昼間は人々で溢れている。足を止めればすぐ人と衝突してしまいそうな、そんな混み具合。
「おお、おおおお……」
『なにビビッて後ずさりしてるのよ。周りは社会人とかじゃないでしょ』
「いや、これはこれで人馴れしてないとびっくりするというか……」
『面倒な性格してるわねぇ……』
ハァ、と頭の中で呆れられるような声を聞いた。
そんなことを言われても、俺は失業したダメ人間なんだぞ。こういう人気にはどうしても弱くなっているのだ。
「にしても人が多いな……ここは王国の何処だろう」
『露店もいくつか見えるし、多分売り場コーナーみたいな場所かな。主に食料品みたい。品質は……どれもびみょーね』
路地裏に引きこもっている俺とは逆に、道のど真ん中に踏み出してキョロキョロと周囲を見回すアリスからそんな分析を受け取る。
なるほど、ここは王国の中でも特に人の多い場所ってことか。人が多くて苦手に感じる場所だから個人的には早く別の場所に移動したい……
『ちょいちょい、こっちに来なさい。移動するわよ』
「あ、ああ……」
すっかり気弱モードになってしまったので、俺はアリスの後ろをぴったりと張り付くように歩き出す。
『……一応説明しておくけど、私の姿は他人からは見えてないわよ。だからもっと堂々と歩きなさいって。不審に見えるわよ』
「それでも精神衛生上はこうしないと厳しいんだよ……メンタル弱った人間ナメんな」
『どういう開き直り方よそれ……なんだか手のかかる妹でもできたみたいだわ』
他人から変に見えていようと構うものか。俺は彼女の背中を離れず歩き続ける。
他所から見れば何もない空間に寄りかかって歩いているように見えているだろうけど、“周りの人間はそんなに他人のことなんか気にしてない”と言っていたのはアリスの方だ。
そんなしょーもないやり取りがありながらも、しばらく歩き続けていると次第に人の数が減ってきた。どうやら売り場コーナーを通り過ぎたらしい。
俺も少し安心してアリスから距離を取ろうと――したところで、ドン、と急に足を止めていた彼女とぶつかってしまう。
「おっとっと……なんだよ急に止まって。危ないだろ」
『カタル、良い場所を見つけたわよ』
「いい場所ってなにさ」
『ギルドよギルド。ほら、エルディア村にもあった建物』
「仕事の紹介所みたいな場所だっけ……あと魂石の換金もしてくれたとこ」
だがそれがどうしたのだろうか。別に今は金銭に困っている訳でも、換金できる魂石を持っている訳でもない。特に用事は無いと思うのだが……
『王国での魂石集めはどうしようか考えてたけど、ここならいい情報が集まりそうだわ。ギルドってのはモンスター退治の依頼も出しているからね』
「でも俺達は依頼なんて受けられないだろ。この見た目のせいでさ」
『無断で受ければ良いじゃない。どこに大物のモンスターが居るかの情報があれば十分よ。その情報を元に狩りに行くわよ』
無断でって……まあ、そうでもしないと魂石は集められないか。
正直言うと、以前の語り手との戦闘で切り札をバンバン使ってしまったため、補充したいと思っている。仕方ない、彼女の提案に乗ろう。
俺はギルドの戸を開け、BARのような雰囲気の空間に足を踏み入れるのだった




