31 必ず倒す
第二章最終話です。
「我が名は……トゥテラリィ。守護する……者なり」
消えそうな程の、掠れる声がリヴィアにだけ届く。
「……七天守護結界」
ラリィの身体が光り輝き、身体に被さっていたリヴィアを優しく持ち上げていく。
「ら、ラリィ!?」
「「!」」
リヴィアが声を上げ、ニコレットとキアラもその光に驚く。
「な、なんだァありゃ!」
「ナンテ、眩しい光……」
ヴァルもグリーンメイルも突然の光に目を向ける。
白く光り輝くラリィの身体が、胸を引っ張り上げるように持ち上がっていく。手や足は力なくダラんとしている。そして一際強く光を放つと、身体を中心に虹色に輝くシャボン玉のようなものが広がっていく。その七色に輝く光が徐々に広がっていき、リヴィア達を優しく包む。
その光に懐かしさを感じ、リヴィアは立ち上がって両手を腰の辺りで温かさを確かめるように、手のひらを上に向けている。
ラリィの身体は溢れる光に合わせて薄らと消えていく。
「ラ……リィの……バカっ」
リヴィアは消えていくラリィを見つめながら涙を流す。それが最後の別れと悟り、そして理解してしまったからだ。
あの日、リヴィアとラリィを守ってくれたのは父・バルド王であり、そして今はラリィがリヴィアを守ろうと、その身を犠牲にしているのだと。
そのシャボン玉に触れる死の魔弾はその場で爆発し、シャボン玉を破壊することが出来ない。いくつもいくつも、魔弾が当たるがシャボン玉は広がり続ける。遂にはエレノアやヴァル達をも包み込む。
「な、なんて優しい光なの?」
「に、兄ちゃん……?」
ニコレットが身体に触れるシャボン玉に手を触れる。キアラは広がるシャボン玉を見ながら、ラリィを感じている。
「こいつァすげぇ……」
「……解析不可能。コノ魔法は一体……?」
攻撃を全く通さないシャボン玉のバリアに驚嘆するヴァル。グリーンメイルが解析してみたが、過去の記録と照らし合わせても、このような魔法がヒットする事はなかった。
シャボン玉は中央の足場部分だけを綺麗に包み込んで止まる。
魔王の魔弾は貫通することも無く、黒いフィールドさえも、触れる所だけ押し返され、侵略することが出来ないでいる。無駄であると判断して、魔弾を放つのをやめて、黒いフィールドも小さくしていき、やがて消滅する。
「………………」
ジッとシャボン玉のバリアを見つめる魔王は右手の剣を消し、両手を左右に大きく広げ、魔力を集め始める。
「おいおいおいおい! ありャやべぇってもんじゃねぇぞ!?」
ヴァルが焦る通り、その両手に集まる魔力は今までとは桁違いだった。右手には光をも吸収するような暗黒の黒い玉、左手にはアメシストの宝石のように輝く紫の玉を、身体よりも大きなサイズで魔力玉を形成していく。
「なんて……力……」
「ううっ、ね、姉ちゃん……」
ニコレットが同じソーサラーとして、その強大な魔力に身体が震える。キアラもその禍々しい魔力を肌で感じているのだろう、ニコレットに抱きつき震えている。
そんな状態であるのに対し、リヴィアは完全に消えてしまったラリィのいた場所をずっと見つめている。ぽっかりと心に穴が空いてしまった場所を埋めるように、胸をギュッと手で掴む。
しかし、ついに魔王の魔力が溜まったのか、左右の魔力の塊を徐々に身体の前へと近付けていく。
「マ、マサカ! あんな大きな魔力の塊をぶつけ合ったら、とんでもない威力の爆発が発生しますよっ! その威力は計測出来る範囲でも、既にこの国丸ごと吹き飛ばせる程デスっ!」
ポンコツの割には誰よりも正確にその威力を把握していた。
その言葉に全員が死を覚悟する。
しかし、リヴィアとエレノアだけは違っていた。
エレノアは詠唱を止めることなく続けている。その額には薄らと汗までかいているので、かなりの集中をしているようだ。
そしてリヴィアはハッキリと皆に聞こえる声で言う。
「大丈夫っ」
全員の視線がリヴィアに集まる。リヴィアは魔王に背を向けたまま、涙を流しながらラリィがいた場所だけを見つめて言う。
「だって……ラリィが守ってくれるからっ」
全員がその言葉に何故か安堵する。今の今まで死を覚悟するほどの恐怖や絶望を感じていたはずだったのに、何故か意識を繋ぎ止めることが出来た。
リヴィアの言葉に根拠がある訳が無いが、リヴィアの表情や目の色、その佇まいが絶対の自信を表している。それだけで希望が持てた。
そして息を呑んで全員が魔王の攻撃を見つめる。何も出来ることがないので、ただただ、リヴィアの言葉を信じ、神に祈るようにその光景を棒立ちで見ている。
二つの超巨大な魔力は、お互いが反発し合い、それによって生じる衝撃が魔王自身の身体にも影響を及ぼすほどであった。レッドの強力な攻撃にも傷一つつかなかった魔王の鎧にヒビが入る。
如何にその力が凄まじいのかを物語っている。
「………………」
リヴィアの傍にいつの間にかレッドがやってきていた。
「……」
お互い何も話さないが、リヴィアには分かっていた。あの時の爆発からリヴィアとラリィを守ったシャボン玉は、リヴィアの父、バルド王自身であったのだと。
そして今度はラリィが……守ってくれる。
「ねぇ……」
「………………」
リヴィアはレッドに向き、その翡翠の瞳に強い意志と鋼の覚悟を宿して言った。
「アイツは……私が必ず倒すわっ」
「………………」
レッドは黙って頷いた。
そして遂に、反発し合う魔力を無理矢理に融合させ、魔王はその力の暴走する超巨大魔法玉を解き放つ。
「崩壊励起」
黒と紫の暴力が吹き荒れる。目の前を覆い尽くす闇の大爆発が発生する。あまりの衝撃に、尻もちをつくニコレットとキアラ。ヴァルは何とか踏ん張り、光を直視しないように腕で顔の前を覆う。グリーンメイルはそのバイザーで色々測定をしているが、全ての測定値が振り切れる。
リヴィアも膝を折りながらも、何とか踏ん張る。
「きゃぁぁぁ!」
「うわわわっ!」
「くぅあっ」
「分析不能、解析不能、測定値オーバー」
「くっ、くうう!」
既にシャボン玉バリアの外は見える範囲全てが塵のように原子レベルで分解されていく。これでは先程までいた黒い生体兵器も一巻の終わりだろう。それにロンダーク王国を襲ってきた敵諸共全て消し炭になっていると思われる。
そんな大技を出してまで殺しにかかってくる魔王。
その答えが今、発動する。
「取り戻す未来」
遂に長い詠唱を終えて、エレノアがその呪文を口にした。するとガイア・フォースから淡い光が放たれ、リヴィア達全員を優しく包む。
「こ、これは……」
ニコレットが不思議な光に戸惑う。その濃厚なまでの魔力は、肌に触れる程で、真綿で全身を包まれるような感覚でもある。
「さぁ皆さん。こらから貴方方を過去に飛ばします」
「過去……だァ?」
エレノアが落ち着いた口調でそう宣言する。信じられないのかヴァルが胡散臭そうな表情をする。
時間操作の魔法は今も尚研究されている魔法分野であるが、その成果という成果は何一つ得られていない未知の分野でもあったからだ。
「過去へ行き、魔王を倒す方法を探すのです。そして、必ず生きて帰ってきて下さい」
「魔王、倒せるの? 私達が?」
キアラが不安そうに尋ねる。目の前に死を身に纏った化け物がいるのだから、キアラだけでなく、他の者達にもその不安はあった。
「大丈夫。そのために過去へ行き、魔王の力の源を断つのです」
「マオウの力の源? つまり魔王が強くならないようにするのが私達の使命ということデショウカ?」
意外と回転の早いロボットが過去へ行く目的を言い当てる。
すると段々と風景がぐにゃぐにゃっと歪み始める。ありえない光景に全員がオロオロと周りを見渡す。
「私はここで貴方方が無事に帰るのをお待ちしております。どうかご無事でお戻り下さいませ」
「……ありがとう。必ず、魔王を倒しに戻ってくるからっ!」
リヴィアが最後に誓いを宣言する。その言葉が聞きたかったというように、エレノアは今まで無表情であった顔を緩めて慈愛に満ちた笑顔になる。
「ええ、お待ちしております。ずっと……ずっと……」
エレノアが愛おしそうに呟くと、床が急に歪み、そのまま壁も床も全てが一緒くたんに螺旋を描いてトンネルのような形になる。
「な、なんだァーーっ!」
「異常事態、異常事態!」
皆、その歪むトンネルへと吸い込まれる。上も下も左右さえ曖昧な感覚に陥る。滑っているのか、飛んでいるのか、落ちているのかさえ分からない。
「きゃぁぁぁ!」
「わァァァああ!」
トンネルを通り過ぎた場所は、まるでガラスが割れるように、割れていき、その割れた先には何もない真っ暗闇が続いている。もしこの闇に呑まれるようなことがあれば、それは時空の狭間に取り残されてしまうのと、同義であった。
「ーーーー!」
「………………」
(ラリィ……見ててね。私、絶対にアイツを……)
リヴィアは固く決意する。必ず魔王をーーーー倒す。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
第二章完結致しました。
いかがだったでしょうか? 次回は第三章、または二章まとめを
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