1 はじまり
今日も外は吹雪が吹き荒れている。
まさに極寒の地であるここ、ラズィーゲル城は寒さをものともしない様相を呈している。
厚く高い氷で出来た城壁が雪や風を阻み、城は重厚な造りで西洋風の要塞都市を彷彿させ、その表面は氷で覆われていた。
しかし、城壁からは大人の男性くらいはある大きさの六角形で、虹色に薄く輝く板のようなものがいくつも連なり、すっぽりと城全体を覆っている。
これは城を外敵から守る超強力なバリアであり、同時に吹雪が中へ侵入することを阻み、凍てつく風も決して通さない。
また城内の所々に光り輝く光球が浮いているが、これは明かりを照らすと同時にほのかに暖かく、さながら小さな太陽といった効果をもたらす。
そのため城内の温度は一定に保たれており、人々が生活するための環境が整っている。
城壁の外は細く高い木が辺り一面を覆い、遠くは吹雪によって全く見えないといった状況であるが、高度な魔法が発達しているこのクラーゲン王国にとって劣悪な環境など全く関係がなかった。
そんなクラーゲン王国はある節目を迎えようとしていた。
「王よ、いかがなされましたか?」
臣下の一人、フェア・ノラードが語り掛ける。
立派な椅子に腰かけ、立派な髭を蓄え、質素ながらも作りは見事な服を身に纏う王と呼ばれた人物が憂鬱そうな表情のまま臣下に言う。
「お主も知っておろう…… 明日がいかに大事な日であるかを」
その言葉の意味を正確に理解している臣下はやれやれといった感じにため息を一つした後、姿勢を正して再度王に発言する。
「承知しております。しかしあれこれ考えていてもどうしようもありますまい」
長い時を仕えてきた臣下であるフェア・ノラードは、中肉中背の中年男性といった人物で、緑色のカズラに立派な刺繍の入ったアルバを身に纏った神官でもある。
歳が近いため何かと頼りにしている信頼の厚い臣下にそんな風に言われるなんて! といった表情で王は口を開いたまま頼れる臣下に再度救いの眼差しを送る。
王の眼差しが鬱陶しいと感じたのか、フェア・ノラードは視線を外し顎をやや高くしてツンのポーズをしている。
王はその姿に「いい歳して大人げないぞ!」と言おうと腰を浮かすが、自分も同じようなことをしている事に気付き、苦虫を噛んだような表情のまま椅子に腰を下ろす。
その様子を横目で見ていたフェア神官はため息を一つして語り掛ける。
「バルド王よ、姫様の門出を祝う大事な日ではありませぬか。レーベン王家始まって以来の問題児ではありますが何を恐れる必要がありましょうか」
バルド・ゼラ・ルジュ・レーベンはクラーゲン王国の国王にして国一の魔法使いでもある。
「フェアよ、そうは言うがな……あのお転婆娘を心配するなと言うほうが無理じゃろうよ」
椅子に深く座りなおすバルド王は天井を見上げながらため息をつく。その視線の先には過去の思い出したくない情景が浮かんでいるのだろう。
「良いか?あの娘は料理をすると言って、料理長の制止を振り切って研究中の増殖ダケを鍋にぶち込んだあげく、成長促進を促す魔石で無理やりに育てた増殖ダケで厨房を溢れ返させたのだぞ!?」
「覚えておりますとも……魔石の効果が強力すぎて魔物化した増殖ダケを三日三晩退治しましたな」
フェア神官も目を閉じ、まるで悪夢にうなされているような表情となる。
「それだけではないっ!風呂の水を温めるのに火の魔石をこっそり爆裂魔石にすり替えたのもあやつじゃ!」
「城の修繕に一月。死傷者が出なかったのが奇跡でしたな……」
王の言葉が段々と強くなる。いつの間にかその目は血走り手に力がこもる。
「剣の修業をするというから関心しておったら、木人に王家秘伝の防具を着せてボロボロにしたあげく、質屋に売っぱらったのじゃぞっ!!」
「宝刀ブルートガングも折れた状態で家畜小屋に飾られてましたな」
剣の話は知らなかったのか、王が「なにぃ!?」といった表情と目をひん剥いた状態で神官を睨みつける。言葉にならないのか口を何度もパクパクしており、身体は小刻みに震え中腰のまま固まっている。
小声で神官が「まぁ聖剣なんで放っておけば自己修復しますがね……」と言うが、当然王の耳には届かない。
王の口から魂が抜け出そうになっているその時、王の間の外からガチャガチャと鎧同士が擦れるような音が聞こえてくる。
色彩の抜け切った王を無視して神官は扉の方へ視線を向ける。
扉から入ってきたのは王国騎士団団長ロス・ウォーガンであった。
王国一の剣術士であり、鎧の上からでもわかる鍛錬で磨かれた見事な肉体と短髪黒目のゴツい顔つきが特徴的な男性である。
胸当てと腰回り、手足に防具といった割と軽装備であるところを見ると危険が迫っているわけではないことがわかる。
「失礼いたします。王に至急伝えたいこと……が……?」
扉から数歩進み、王と臣下の手前で片膝を付き報告しようとするロス団長であったが、王の生気の失った表情と、かすかに見える背後の鎌をもたげている死神の笑顔に途中で言葉を失う。
「王は今旅に出ておるゆえ、しばし待たれよ」
とフェア神官は軽く手で団長に合図をし、王に向き直りおもむろに右手を握ったと思ったら下から上に振り上げる。身体は王とやや密着する形で振り上げた拳は見事なまでのボディブローとなり、王の鳩尾を打ち抜き衝撃で身体がくの字になる。
「おぼぉうぅ!!」
「バルド王ぉぉぉぉぉおおお!」
一瞬で白目を向く王とあまりの衝撃に叫ばずにはいられない騎士団長。
フェア神官はすっきりした顔とともにやれやれといった表情で騎士団長に向き直る。
「む?ワシは一体何を……」
「王よ、王国騎士団団長のロス・ウォーガンが至急伝えたいことがあるそうですぞ」
「ふむ、聞こうではないか」
意識と一緒に、一瞬でキリっとした王の風格を取り戻す。
神官は王に見えないようにサムズアップしていた。
騎士団長は哀れな者を見る眼差しで王と神官を交互に見る。
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