少年は本の世界で旅をする
あぁ、この本も面白かった。
歪んだ視界は徐々に澄み、目に映るものがはっきりと形を作り始める。天まで続く本棚を、窓から差し込む陽の光が照らし出す。
「おかえりなさい、レト。」
メイドのメンテが紅茶とクッキーを用意してくれたようだ。メンテはまだ幼さの残る手でそれらをテーブルに置いた。
「ただいま。」
「今回はどんなお話でしたか?」
「スラム街の子供達が懸命に生きる姿を描いた作品だ。こんなクッキー1枚も食べられない子達だよ。」
そう言いながらクッキーを手に取り、陽の光にかざした。そして本の中で出会った子供達に思いを馳せる。
「ふーん…なんか大変そうですね、私にはそんな暮らし想像もできません。」
「ははは、じゃあ君も本の中で体験してみたらどうだい?」
「い、いえ!やめておきます!だって私、未だにレトが本に吸い込まれるのを見るとびっくりするんですよ…自分がそれをするなんてとても…」
「うーんそうか…意外と楽しいものだぞ?」
ここの本棚にある本には不思議な力がある。読者が本の中に入り、その世界を直接見て歩き回ったり、登場人物と会話したり出来るのだ。もちろん、結末を変えることはできないが…
「それにしても本当に本がお好きですね。たまには部屋の外に出られては?」
「いいや、外よりも本の世界のほうがずっと楽しいさ。ま、君には分からないだろうけど。」
「……そうですかね。」
本棚にある本を読み、読後に紅茶を飲みながらメンテと話すのが僕の日常。この生活をどれだけ続けてきたかはもう覚えていない。
「本って素晴らしいと思わないか?」
「ど、どうしたんですか急に?」
「芸術作品はまず人間の感覚に訴える、音楽なら聴覚に、絵画なら視覚にね。だが文学はどうだろう?目に入るのは作者の創造した世界を写し取った記号の羅列のみだ、そこから衝撃や美しさは感じ取れない。しかし、読者が記号の裏にある世界を想像したとき──そこで初めて心を動かされる。そう考えると、文学は感覚を介さず直接感性にアクセスできる、最も純度の高い芸術だと思うんだ。」
僕はティーカップをテーブルに置いた。そしてメンテの方を向き、さらに続ける。
「想像する世界は、読者の経験や知識に依存する。僕と同じ本を読んだとき、君はどんな世界を創造するのかな…?」
「…そうやって誘っても、私は本の世界には入りませんよ?」
「それは残念!」
本を持ってソファーから立ち上がり、本棚に戻しに向かう。
────ストン
本を空いたスペースに入れ、どこまでもどこまでも続く本棚を見上げた。
「さて、次はどの本を読もうかな」
初めまして、霧音そよりです!
この度は私の小説に目を通していただきありがとうございました。これは私の初めての文学作品となっております。ブックマークをして、次作を待っていてくださるととても嬉しいです。
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