6.教師でも一人の女
三人で占めるにはいつもの教室はあまりに手狭に感じられた。
三者面談の当日、繋、父、押上先生は机を繋げた大テーブルの中に一堂に会する。
「本日は遠いところからようこそお越しくださいました」
「いえいえ、この度はこのような場を設けていただきましてありがとうございます」
それなりに見知った二人が珍しくかしこまる様子に、少し繋は縮こまってしまい、ただ軽く頭を上げ下げするばかりだった。
「早速で恐縮ですが、繋さんは慣れない環境の中、本当によくやっているかと思います」
押上先生は明るい声音でそう告げる。その言葉を横で聞いていると、少しこそばゆい気持ちに繋はなった。
「……この学校はほとんど女子校みたいな環境なのですよね、その……その辺りは大丈夫ですか?」
当然にして父は一番の問題について真っ先に尋ねた。
「え、ええ、でも、私の見る限りでは他の生徒達とも良い関係を築いていると見えますが……どうですか?」
押上先生は繋に目配せする。
「は、はいっ!頑張って色々な女の子と仲良くしてます!」
少し上がっている繋は、いつも女の子と話しているような調子で少し誤解を招く表現を弄した。
「え、ええ、仲良くやってるようで何よりです……」
押上先生はフォローをしようという思いが頭をちらつき、繋向けとも父向けともつかないような態度になった。
「そうですか、それは良かった」
父は満面の笑みを浮かべていた。
「そ、それで、繋さんは学業もたいへん優秀で……これがこの前の試験の成績です」
なぜか丸く収まったことに押上先生の方があたふたとしていた。心を落ち着けるようにゆっくりと成績表を差し出す。
「よくやってるようですね」
「はい、この学校は優秀な生徒が大変多いですから、かなり頑張っていると言って良いと思います!」
そんな中でも生徒を褒めるときには前掛かりになってしまう押上先生だった。
「ここだけの話、学年一位は本校でも並外れて優秀な生徒で……ちょっと特殊なんですけど……それに次いで二位ですので、本当にかなり優秀かと……」
「繋、勉強は大変じゃないか?」
「いや、この学校では伸び伸びやれてて、数学で模擬授業……みたいなものの講師役を担当させてもらったり、みんなで勉強会をしたりできていて、勉強も充実してるよ」
「そうか、それは何よりだ」
父は満足げだった。
「友達とかはいるのか?」
あまり顔を突き合わせて話す機会もない繋と父だからか、二人だけの会話がこの場でも飛び出す。
「友達……まあ、みんな仲良くしてくれてると思うけど……友達……は僕にいるのかな……先生、どうでしょうか」
友達の定義を考え詰めて悩む繋は、押上先生に助け船を求めだす。
「えっ、えっと……私から見ると……このみちゃんとは仲良さそうだったけど……」
びっくりして素の言葉遣いが漏れ出す。
「でも、向こうは何とも思ってない、片思いかもしれないし……」
なぜか恋する乙女のような口ぶりになる繋に、思わず先生は畳みかけてしまう。
「いや、普通図書室の特殊な部屋で一人でいる子を引っ張りだしてくるのはただならぬ関係だと思うよ!?」
行き過ぎた繋の悲観に、親の前で思ったことを全部喋ってしまう先生だった。
「……本当に仲良くやってるんですね、繋、くれぐれも気をつけて……」
「ねぇ、それどういう意味かなぁ!?全然変な関係じゃないから!!」
ペラペラ喋り散らかす先生にギロリとした眼差しを向けながら、父の意味深な発言にも言い返す。多分痴情のもつれとかそういう話だ。
「えっ、と……ほら、隣の席の羽衣さんとかとも親しいですよね!!」
……なぜ高校生にもなって三者面談で友達(女)の話をされているのだろうと、繋は至極真っ当な疑問を持ってしまった。
「ああ、優ちゃんか、学校でも仲が良いんですね」
「!?」
父が羽衣さんに突然キャッチーな呼び方を使い始めたので、繋は思わずものすごい速さでそちらに振り向く。……自分がその呼び方を初めから本人の前でしていたことは棚に上げながら……
「えっ、ええっと、やっぱり昔からのお知り合いなんですか?」
繋と父を交互に見ながら先生は問う。思えば初めの日には無関係な人として紹介を受けていたが、端から見る感じではそれは疑わしいのもまた事実だった。
「いえ、ただ繋と部屋が隣なだけです」
「お、思った以上に深い関係なんですね!?」
「ね、ねぇ、お願いですから、やめてください……」
繋は今にも消え入りそうな声で抗う。
先生はその様子を見かねてか、わざとらしい咳払いをして切り替えた。
「そ、それで、とにかくお子さんはうまくやってるかと思いますので、私から申し上げることは特にありません」
「そうですか、その……多分女の子に耐性とかないと思いますから、可能な限り目を掛けてやってください」
繋はたまらず立ち上がった。
「ねぇ、この人一応先生だよ!!普通そんなこと言わないでしょ!!」
繋にしては珍しい親へのお叱りだった。
生徒と親御さんとの板挟み、何とも悩ましく、どちらの肩を持っても……しかもどちらが生徒のためになるのかも分からないという中で、先生は慌てていた。
「えっ、えっと……い、いえ、わ、私も一人の女ですから!!気にせず言ってもらって構いませんよ!!」
その語尾からして繋にまで女宣言をしてしまった押上だった。
「助かります!!」
なぜか先生の勢いに乗って威勢良く頭を下げる父。――なんだか、礼儀正しそうに見えて中々変わった方なんですね……
――
そうして三者面談は無事に(?)終わっていた頃――廊下には一人の女子生徒がそそくさとその場を立ち去った。
それは優だった。
(なんで私と繋の関係、繋の面談で先生にばらされてるの!?)
――本当は繋か先生かに追求をかけたいくらいだが、すると盗み聞きが明らかになるし……なんとも言えないモヤモヤを抱えることになった。
優は自分の頭の中で「盗み聞き」という単語を当ててしまっているが、当初そのつもりはなかった。
ちょっと忘れ物を取りに「たまたま」教室に戻ろうとしたら、どうやら面談は早めにスタートしていたようで、聞き耳を立ててしまったという次第だ。
それでも流石にプライベートな話だし、とまだ細かな中身がイメージと共に浮かび上がる前に優は立ち去ろうとしたのだが、その矢先に自分の名前が出てきて無視できなくなってしまった。
幸いなのは、まだバレている範囲が先生だけということだろうか……
まあ、もし何らかの書類に注意深く目を通されたとしたら、いずれ分かることだったろうし、それは仕方がないことなのかもしれないと優は思った。
かたや、優はこれら起きうる問題に目を向けていた。
(これ、私も明日面談なんだけど、今の先生の調子だと、うっかり仲良い男の子とかで親にお披露目されたりとか……)
仮にそんなことが起きれば大惨事である。
――
優は翌日、朝のホームルームが終わると物々しく先生を呼び出した。
「二人っきりになれる場所に行きませんか?」
『えっ、い、いきなりそんな……確かにこの学校だと、そういう感じの子もいるけど、でも同性でも教師と生徒の関係だし……」
「えっと、ただの相談なんですが……」
「だっ、だったらそう言ってよ!」
顔を真っ赤にした先生になぜか怒られる優だった。




