8.私、好きです
「……」
「……」
優は言った瞬間にすぐさま脳を爆速で回転させて、ただいまの発言の問題点を洗った。
一つ。「女性慣れしていないのか」が調べる対象の事柄にも関わらず、内容が踏み込みすぎていること。
そして何より、過去について尋ねるべきなのに、現在形で聞いているので、相手の人間関係に対するダイナミックな割り込みが生じていること……つまる所、これって遠回しな告白に聞こえないか?ということだ。
「えっと……その……」
明らかに繋はうろたえていた。彼にも、これが告白に聞こえるという感覚は共有されていたようだ。
「今はいなくて……でも、まだ心の余裕がないといいますか、覚悟がないといいますか……」
ほら見ろ。明らかに現在完了形の恋愛経験の話をしている口ぶりじゃないぞ、これは。
「じ、時間をもらえませんか、ちゃ、ちゃんと向き合いますから……」
「いやいやいや、あの、そういう変な意味じゃなくて!純粋な興味で聞いただけといいますか!うん、別に変な意味はないから!変なこと聞いてごめんね!」
優には変な意味はなくても確かに変なやりかたで変なことを聞いている。
「そ、そっか……それなら……いいです」
またしても距離感が絶妙に煮詰まったころ、授業が始まった。
今日もいつもと変わらない日常を過ごすはずだった優は、突然のイベントラッシュからカフェテリアに一人逃げ込んでいた。
――自分の気持ちが云々という問題も無きにしもあらずだが。ここにいるのは、それよりもっと根本的な原因があるからだ。
「……休み時間になると必然的に繋くんと話すことになる……」
繋の方はやはり慣れない環境にあるわけで、周りの人と打ち解けるにも時間はかかりそうだし、向こうも色々この学校について知りたいことなどもあるようで、隣の席なのも相まって自然と会話をするようになる。
「こんなに周りの視線を感じたのは生まれてはじめてかも……」
ため息まじりにテーブルについて、昼食をとろうとしたときだった。
「ここ、いいかい?」
「ああ、どう……ぞ?」
同意から遅れて視線を移した先にあったのは、高座さんの姿だった。
「どうしたんだい、そんなため息交じりで。せっかく笑顔がきれいなんだから、もったいないじゃないか」
特に気を張るでもなく、平然とそんなことを言ってのける。
「き、ききききれいって、そんな……」
「……私で良ければ、話相手になるよ?もちろん、無理にとは言わない」
押し付けるようではなく、むしろお願いするように、すっと横から顔を差し向けながら高座さんは言う。
「あ、ありがとう!」
――キザな台詞を言うだけの人なら、ひょっとしたら却って痛々しい印象を持たれてしまうのかもしれない。でも高座さんは、そんな言葉を自然に発しておきながらも、その直後の表情の変化を見ると、どこか優しい目を浮かべながらも、少しだけ揺らぎのあるような頬の緩め方をして、なんというか、慣れていると印象は感じさせなくて、印象的な言葉に初め聞いた人は、強烈なインパクトに惹きつけられるのではあるけど、でもその後に待っているのは単なる強い刺激ではなく、自分の胸を奥底からえぐってくるような不安まじりで、どこかいじらしくて、愛らしいような柔和な表情やたおやかな仕草。それでも言葉そのものに淀みなんかなくて、小心者だとか口下手だとか、そういうマイナスのイメージはまるでない。
だいたいかっこいい属性と美しい属性とかわいい属性を兼ね備えているとか卑怯にも程がある。クラスメイトはだいたいかっこいい属性だけ、良くても美しい属性止まりの言及しかしないが、この三つの要素の融合こそ彼女の本質だ。はあ、みんな分かってないなあ……
見よ、今髪をかきあげながら、流れる微風を捉えるように動かした視線とその先にある透き通った指を。だいたいそんなきれいな体をしていて、それをいつでも自分で見れるとかもうアドでしかない。本人が最大手ポジション。ああぁぁぁぁ~尊い。でも顔とかは自分では見られないしディスアドか?むぅぅぅ……悩ましい。
――私は最大の勇気を出して言う。
「あの……かりんちゃんって呼んでもいいですか!?」
「え、ええ!?」
高座さん、そんな堅苦しい呼び方は彼女には似合わない。一方で高嶺の花でありながらも、隠しきれない親しみやすさと愛らしさを持った彼女にふさわしい呼び方はこれしかないとかねがね思っていたのだった。
「……いや、その、あまり名前で呼ばれ慣れていなくて……」
「私、(はあなたを名前で呼称することが)好きです!!」
「!?」
貫かれた弱点に、突然の告白を畳み掛けられて、かりんちゃんは目をテンにしながら固まった。
「えっと、その、流石に突然すぎて、私もどうしていいのか分からないけれど……」
「早いも遅いもないですよ!膳は急げです!かりんちゃんの魅力を、全世界に発信しましょう!!」
――こんなに積極的な子だったのか!?優は。
「そ、そんなに言いふらしちゃうつもりなんだ……!?」
普段は高嶺の花でも柔和で親しみやすい態度が隠しきれていないのは本当のようだ。
「いや、でも私、そういう経験は……」
クラスメイトが見たらもはや誰かも分からないのではないか……いや、流石に外見で分かるのだが、とにかくそのくらい普段と調子が違うかりんちゃんだ。
「何言ってるんですか!かりんちゃんは普段通りにしているだけで、十分すぎるくらい魅力的なんですよ!!」
ありのままで……そんなにまで愛してくれて……私は――
「そ、その、嫌じゃ、ないけど……」
「良かった!!これからよろしくお願いしますね、かりんちゃん!」
非常にフランクな呼び方をしておきながらも、どこか崇拝の色が拭えない口ぶりだ。
「は、はい……」
しおらしく乙女になるクール系かりんちゃんの激レアシーンが、優の目の前には広がっていた。
「わ、私、もう行くから――」
恥ずかしさのあまり、飛び出していってしまうかりんちゃんだった。
「そんなに名前で呼ばれるの、恥ずかしかったのかな……?」
優は悩ましげな表情を高座さんにキザに捉えられた先程とは一転、上機嫌だった。
「でも、勇気を出して良かった!!」
好きなものにはたいへんまっすぐな優であった。