6.不思議な二人と自己紹介
「あ、いや、これは……」
なぜかその問題発言をした当人ではなく、優の方が弁解を試みていた。
「これは……」なんて言い掛けてみたところで、まともな言い訳なんて見つからなかった。
「……」
言葉に詰まる。今の所ふと居合わせただけ、という設定の男の子なのだが……
「まあ、素敵な呼び方ね、これからも仲良くね~!」
と、軽く入谷先生が流してきたので、優はほっとした。
繋は相変わらずこくりこくりと頷いている。
「優ちゃんは、すごく優しいんですよ~」
と、突然話始めたのは繋だった。いまだ慣れない呼び方をされて、優は体がひょんと跳びがった。
「この前も……」
繋が口を開いた瞬間に、優は反射的に繋の背後をとってCQCよろしく繋の口を塞ぐ。――まさか、昨夜の出来事を喋ろうとしているのか……
焦燥の隠せない優。明らかに怪しい挙動で繋の口を塞いだまま、目をぐるぐる回して入谷先生と向き合う。
「えっと……」
「ゴクリ……」
「す、すごく二人は仲が良いのね~」
(あ、明らかに棒読みだ!!)
まあ、別に異性と仲良くすることが校則で禁止されてるでもないし、そのへんは教師としてツッコミづらい所なのだろうけど、ただひたすらに気まずい。
いや、そもそも男女交際の余地なきゆえ定めなし、というだけか。
「ま、まあ、繋くんも知り合いが仲の良いお友達がクラスにいるのは心強いと思うし、よろしくね?羽衣さん」
「は、はい、任せてください!」
「真面目なお付き合いをしています!」とでも宣言せんばかりに、優は意気揚々と声を発した。いや、別にお付き合いというのは変な意味ではない。
――というか、なぜ私は任されてしまったのだろう。私はこの人とはただ下着姿を見られただけの関係で――いや、思い出したくもないしそもそも関係っていってる割に一方的に私が被害を被ってるだけだよね?
「え~、こほん」
――まるで私が場を乱すような発言や行動をしているかのような咳払いはやめていただけないでしょうか、先生?
「とにかく、繋くん、初めての環境で、中々大変なこともあると思うけれど、困ったことがあったら遠慮無く先生に言ってくださいね?もちろん、優ちゃ……羽衣さんを頼るのもいいし」
――あの、あまりに繋が「優ちゃん」一貫させたせいか、ちょっと釣られかけないでくださいね、先生?
「はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
まるでお見合いの挨拶のような返事を、いたって平常の繋は返した。
「よろしくお願いします」
すると、繋は優の方にも向いてまたそう言った。
「いや、あの、そんなにかしこまらなくてもいいんだよ?というかもう、ちゃん付けで呼ばれてたりするわけだし?」
「はじめてなので……」
「もうちょっと意味の狭い言葉を使おうね?それだと変な意味にとられかねないから」
「これはまずい」と思い優が先生の方を伺うと、眩しいくらいにニコニコ笑顔を作っていた。
「羽衣さん、そろそろホームルームが始まるから、先に教室に行っててもらえる?私と能代くんは後から一緒に教室に行くから」
「はい……失礼します」
優はようやく安息の地を得られる(誤解はさせていそうだが)と思った。
「またね~」
繋は異様に親しげな感じで手を振っている。とっさに優も手を振り返した。振り返してしまった。
顔を赤くしながら教室まで走った。
「今日は、皆さんに転校生を紹介します」
今までの人生で何度も聞いてきた言葉ではあるけれども、高校生になってから聞くとちょっと意外に思える言葉だ。
「それじゃあ、能代くん、中にどうぞ」
――ところでどうしてこんな毎度毎度もったいぶった演出をするのだろう。それはそうと、そんなもったいぶり方をしなくともオーディエンスの驚きはきっと……
「えっ?」
お上品なお嬢様方が思わず声を漏らす程度には目の前の光景は驚きであったようだ。
優は、改めて周りの生徒と教壇に立つ生徒の姿を見比べて、「男子の制服ってこんな感じなんだ」と思う。朝一緒に登校してきた時には特段印象に残らなかった。尤も、普通のブレザー型の制服のようだ。本で見たことある!
「はじめまして、編入生として参りました、能代繋です」
「本学の知的な校風と、豊かな環境に惹かれ、地方から参りました」
憧れの学校を本学と呼ぶ気持ちやいかに……いや、繋はそれどころではない。
「つきましては皆様……何卒……」
自己紹介にしてはいささか堅いのではと優は思う。というか、なんだか様子が変だった。
「命だけはご勘弁を……すみません、男が来るような場所じゃないですよね、私では場違いですよね、分かっているんです、残りの卒業までの日々、なるべく日陰者として目立たないように生きていきますから、何卒、命だけは……」
と言って壇上で土下座を始めた時は、流石に優も目を見開いた。
「ちょっ……」
クラスの中がざわつく。流石に殺しはされないだろう、と優も思ったが、社会的な死ならあるいは……と思い直したのでツッコむのはやめにした。
――だれか、このかわいそうな男子生徒に救いの手を差し伸べる女神は――いないか、流石に育ちの良いお嬢様方はただこの状況に慌てふためいているだけだ。
頭をようやく挙げて瞳をうるうるさせながら繋が視線を向けた先には、優がいた。
露骨に見られて優はたじろぐ。――そんな子犬のような目で見られても何も……
何も……
やむない。
一番後ろの席からやるのは恥ずかしいが、少し声をかけてあげよう。
「そんなに緊張しなくても、私たちは――」
と、言ってる本人が一番心臓ドキドキで声を上げると、クラスの視線は一同優のもとへ……とはならなかった。
前から二番目の席で、立ち上がった生徒がいた。
長身長髪、整った目鼻立ちで――まあ端的に言えば女子生徒に人気が出そうなクールな人だ。それでいて、裏にフェミニンな魅力もたんまりと抱え込んでいるのが侮れない。
女子校にもしっかりとバレンタイデーという文化があって、この学園においてはその人のためにある文化だと言っても過言ではない。
優はせっかく勇気を出したのに出番を取られてプンプンしながら前の方を眺めていた。
「そんなに気を張らなくてもいいさ、ここにいる人達は皆優しいよ、性別の違いで少し難しいこともあるかもしれないが、仲良くやっていこうじゃないか」
そう言って、彼女は手を差し伸べた。