5.学校の人前で色々イチャつく
「いや、まあ、男の人なんてこの学校じゃほとんど見られないわけだけど」
「……良かった……」
「そこが問題なんだけどね?」
だんだんと女子生徒の密度が増してくる通学路を、気休めの会話を交わしながら先へ進む。
「それにしても、よりにもよってどうして男子がこんな学校に来ちゃったんだか……」
「やっぱり、僕みたいな人間がこんな場所に居たら非難轟々なのかな……」
「さあ……?」
改めて恐る恐る繋は周りを見回した。
「あらあらあら、見まして?逢引ですわよ!!」
「あらあら、男性の方と見つめ合ってささやきあってますわ!!」
「……良かった、とりあえず非難はされてないみたいだ」
「いや、良くないでしょ!?」
こんな調子の繋に優は思わずため息をつく。――なんだか自分だけが男女交際扱いを気に病んでいるようで、気に入らなかった。
「……これ、走って逃げるしかないんじゃない?」
優は勇ましい提案をする。
「まあ、確かに」
――どちらかというと外敵から逃げるというより、恋人扱いされている自分の気持ちを振り切るための気もするが。
「それで、登校したらどこに行くの?」
「なんか、応接室?に来てということらしいけど」
「……場所、分からないよね?」
「いや、校内の地図はもらってるから」
「ううん、気にしないで、案内するから」
「ありがとう!」
「校内の地図はもらっている」と言ったときには気持ち曇った表情をしていたのに、こう言うと途端に明るい顔色になる繋だった。――ほんと、調子狂うなあ。
ふと優は、わざわざ恋人扱いされるリスクを背負ってまで、自分が進んで案内をしようかと提案したのだと気付く。
「なんか、ほっとけないのよね……」
「ん?」
「いや、なんでもないなんでもない」
優は両手を顔の前で激しく振った。
「あの距離感、やっぱりまだまだ初々しい感じなのでしょうか……?」
「きっとまだ付き合いたてで緊張しているに違いありませんわ……ゴクリ」
なんでもないことのはずなのに、外野は色めき立っていた。
その声に呼応するがごとく、
「ほら、もう行くよ!!」
優はそう合図して駆け出した。周りの思春期お嬢様方に囲まれているのがついにいたたまれずにした、突飛な行いだった。だから事前に示し合わせたわけでもなく、優は繋の手を引いた。
手を引いた。
「え?」
優の思わぬ大胆な行いに繋は驚く。
「あっ!」
優も、思わず自分が繋の手を握っていることに気が付いた。そしてとっさに手を離した。
「あらあら、今、手を繋ごうとしましたわ!婚前交渉ですわ……!」
「殿方の手を自分から握ろうとするなんて、なんて大胆なのでしょう……!」
余計に状況は悪化してしまうのだった。
挙げ句、示し合わせて(手を繋ぐことなしに)校門へ逃げ去っていく二人の姿を、その場の御花畑お嬢様達は愛の逃避行と解釈したようである。
……そこは安全地帯などではないのに。
多くのギャラリーの注目を集めながら駆け落ち登校をした二人は、応接室まで向かった。
「流石に校内では走れないわね……」
「まあ、仕方ないよ」
「……僕が離れて優ちゃんに付いて行くとか?」
「それ、完全に危ない人になるよ、この学園の環境を考えて」
「そっか……」
女学園に侵入した不審者が女子生徒を付け回している図の完成である。
「父親面するとか?」
「……ろくでもない案だと思うけど、一応聞くよ、どうするの?」
時々優の言葉遣いは辛辣だった。
繋は気持ちいかめしい顔をして、胸を張って歩いてみせる。
「いや全然できてないし、父親のイメージが旧態依然としすぎでしょ?」
「そっか……」
繋は一転表情を変えてしょんぼりうなだれた。
「ほら、早く行こう、もう、仕方ないから」
(恋人扱いされるのは)仕方ない。
「弟とかの方がいいのかなぁ……?」
「まだ言ってた!?というかそれは別にこの学園にいる理由付けになってないし!?」
「まあ、有名人は彼氏の話を、弟のことだと偽ることもあるしね……」
「……あの、もうその話はやめよう?考えないようにしたい」
なぜか恋人の話に帰着してしまう。
「ここが応接室だよ」
「ありがとう」
繋がノックをすると、ドアはすぐに開いた。
「ああ、繋くん?わざわざ足を運ばせちゃってごめんね」
中から出てきたのは若い女の先生だった。
「あら、羽衣さん?ひょっとして、案内してくれたの?」
「あ、はい……」
少し返事が鈍いのは、案内することになったいきさつに少し引け目があるからだ。
(偶然たまたま、迷っている男子生徒を発見しただけ!うん、そういうことだよ)
と心で一生懸命唱えながら繋の方に目配せをする。繋は屈託のない笑顔を見せた。――うん、これは多分、何も分かってない。
「そう……男子生徒がいきなり来て、びっくりしたでしょう?」
「そうですね、今日初めて見ましたから!ええ!」
なんだか不自然な優の態度を見て、繋は疑問をはらんだ視線を送ってくる。
「まあ、私も実は突然のことで驚いているんだけど……実はこの学校、今年度の入試では男子生徒は募集してなかったんだけど、編入生はもう受け入れることにしているみたいで……」
「ああ、そういうことだったんですか」
来年度に共学化されるということはもっぱらの噂だった。
「なるほど、そうだったのか……」
繋もようやく事情を理解したようにつぶやいた。
「やっぱり分かってなかったのね……」
優は思わず反応する。だがそれは少し不自然だということに、すぐ気付いて口を塞いだ。先生の方をうかがったが、特に何を言うでもないようだった。
「言い忘れたわね、私は能代くんの担任の入谷夏子です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
語尾に音符が付いてそうな、意外にフランクな先生の挨拶に少し戸惑う。
「そして、そこの子、羽衣さんも同じクラスよ」
「……あれ、なんで私も部屋の中に入ってるんだろう?」
無意識の間に優も応接されてしまっていた。
「そっか、よろしくね、優ちゃん」
「!!?」
優はたちまち、心臓を跳ね飛ばされたかのごとく繋に視線を飛ばす。
「優……ちゃん?」
入谷先生は、このキャッチーな呼び名に引っかかってしまっていた。