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同じクラスの大家さんと攻略するお嬢様学校  作者: 大和階梯
第二章.求めてしまうもの
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8.傷心の女性が暮れなずむデート終わりにする言動

 駅ビルの中をまた巡る。

「なんだか残念だな……」

「どうかしたの?」

「い、いや、なんでもないよ」

 香凜は先程水をさされた繋の讃辞を少し残念に思った。


 ともあれ、普通のショッピングが続く。元々ここの駅ビルまで二人で来ることになった経緯は買い物だったので、繋のお目当ての所にも行くことになった。


「本屋か、確かに、ここの本屋は大きかったね」

 今度は繋の方が若干前を歩く形で、目的の本屋までたどり着く。

 人の出入りするせわしさこそあれ、ビルの通路とは一味違う静粛な空間だ。


「どういう本を探しているんだい?」

「いや、特にあてがあるというわけでもないんだけど、なんとなく来たくなって」

「そうか、確かに気持ちは分かるよ、本屋とか図書館というのは、とても落ち着くからね……」

 ――すると、とりわけあてのなかった買い物に無理やり口実をつけて自分が混ざったようになっている気がして、少し香凜は恥ずかしくなった。


 繋がたどり着いた先は……

「参考書コーナー?」

 おそらく試験の息抜きも兼ねてここに足を運ぼうとしていた繋が、わざわざこんな所に進んでいこうとするだろうか?


「あっ…」

 どうやら無意識だったようだ。


「大人になったら、こういうこともなくなるのかな……」

 早く大人になりたい子供のような言葉を、訴えかけるように香凜に漏らす。

「思春期特有の悩み!?」


「……な、なんというか……あまり根を詰めすぎないようにね?」

 これには香凜も同情を禁じえない。

「でも、確かに参考書コーナーに来ると落ち着くんだよね……ほら、この厚み。手に取るとすごく心地よくて……この重厚な紙の一枚一枚に、カラフルなカラーリングが……」

「参考書の質感を楽しんでいる人は初めて見たよ……」


 思わずながら、香凜もとりあえず目に入った参考書を手にとってみる。自分がアロマの話をしていたとき、今になって思い返してみれば、繋は興味深そうに精油の瓶などを手にとっていた。そういう風に関心を持ってみるのも悪くないことだろう。――尤も、こちらはそれほど多くの人に共感をしてもらえるような趣向ではない気がするが。


(ま、まあ……確かになんとなく心地良い質感ではあるけど……)

 下手なことを口にするとソムリエになじられかねないのでやめておいた。干渉せずとも良い領域というのが、どの人間にもあろう。


「その……それじゃあ繋は結構たくさん参考書とか買っちゃうタイプなの?」

「いや、それはダメだよ香凜ちゃん!――」

 なぜか物凄い剣幕で繋が近づいてくる。――近い、身長が同じくらいだから余計に近い!


「――一冊の参考書を何度も何度も繰り返しやって定着させないと、使える知識にはならない。浮気を繰り返して手に入れた浅い知識は、すぐに消えちゃうんだよ!!」

「そ、そうだね」

 なぜか香凜の方が怒られる。繋もその辺りの考え方は割としっかりしているようだ。


 もとより思いつき、さほど大きな買い物をするでもなく、駅ビル巡りは終わった。


「ふぅ……このソファー、座り心地めっちゃいい……」

「そ、そんなに、大げさじゃないか?」

 エレベーター脇に快適なソファーがあったので、吸い込まれるように繋はそこに腰掛ける。


「いやいや、これが本当に……」

 一見すると美観重視の白いクッションで、それほどの快適さがあるようには見えない。結構反発が強そうで、まあ短時間座るだけなら立ち上がりやすいというメリットはあろうが、そこまで居住性に優れている風でもない。


「は、はぁ……」

 香凜は思わずため息を漏らす。本当に心地よく。吸い込まれそうだ。

 そのあまりの心地良さに、持つべき恥というのも忘れていた。


「はっ、ご、ごめん」

「……んー、どうしたの?香凜ちゃん」

 とろけた声と間抜けな表情を浮かべながら繋は答える。――どうやら繋は気にしていないようだ。


 ソファーというのは一般に家族ないし、親しい間柄で共有するもので、学校の友人、それも男女感で共有するにはいささか距離感が近すぎる……いや、正確には香凜が思わず通常のソファーのノリで繋の至近に座っていたことが問題である。


 しかし繋が気にしていないようで、香凜は安心したような、少し不満なような気がした。


 あまりに快適なので口数も少ないままにそこでしばらく過ごす。


「ちょっと散歩でもしようか?」

 繋はそう提案する。気づけばアディショナルタイムは随分と増大していた。


 繋は普段北口から家まで帰るのだが、ここで香凜を連れてそちらの方面に行くのは何かと憚られた。これから藤沢の駅に戻り電車で別の駅までわざわざ帰る香凜にフェアでないような気がしたのと、なんとなく、今この時間はいつもの日常と違う景色であってほしいと望んでいるのもあった。


 ペデストリアンデッキを降りて、南口を歩く。それほど目を見張るものがあるわけではないが、なんとなく並んで歩いているのは心地良い。今日はずっとそうだ。並んで二人歩いたり、電車で並んで座ったり、ソファーで並んで沈んだり。


 ――これがもし、向かいあってのことだったら、緊張で今日ほど喋れなかったかもしれない。香凜は美しく、上品で、魅力的だ。真正面から見てしまうと、それだけで自分の意識の手綱を握られてしまうような心地になる。もちろん、並んでいるのは並んでいるで、時々覗く香凜の表情が大いなるインパクトをもってしまうというのもあるのだが……


 ――ともかく、努めてそれを隠す、というか、紛らわす、というか。そういうことには、並んで歩くという今の状況は最適だった。


 言葉を噤めば相手との繋がりは、わずかに隣で放射される体温だけになる。それで良かった。人とねんごろにする時は、人生のわずかな部分でしかないとはいえ、そんなわずかな時間の中でも連続で相手の存在が自分に入ってくる感覚は、なんというか……気まずい、しつこい、怖い……?うまく表現しきれないが、ともかくそういうやりにくさがある。


 だからこそ、こういう場までたどり着いて、そこで初めて聞けることもあるだろう。端からはものすごい遠回りに見えるのかもしれないけれど、当人には必要な過程だ。


「香凜ちゃん、何か悩みでもあるの?」

 どうしても相手に踏み込むことを言うのは気が引ける。良いと分かりきっているのなら良い。必要とされるのは単純明快な勇気。怖い心霊スポットに行ってみようくらいの、簡単な一歩だ。


 しかしそれが良いのかどうかも分からないのなら、話が全く違う。その行動を抑制しようとする力はいっそう強く、単なる躊躇ではとどまらない。

 ――けれども、最後には何もしないわけにはいかないという結論に達した。


「繋……」

 歩きの方向とは矛盾して、繋の方へ視線を傾ける。

「僕で良ければ、話を聞かせてほしい」

 それは「聞いてもいい」ではなく「聞かせてほしい」だった。


「そうか、繋には分かってしまうんだね……」

 こういう所で繋は聡かった。――卑怯だと思う。普段抜けているところが人を惹きつけて、そしてそれはこういう大事な場面で覆されて見事にギャップが醸し出される。


「分かってた……のかな」

 繋は噛みしめるように言う。


「実は、私……モデルにスカウトされたんだ」


「え、ええっ!?」

 香凜の告白に、思わず繋も目を見張る。

「それで、どうしようかと悩んでいて……」


 ――答えはどうあるべきだろう。「いいんじゃないかな?」?……無責任すぎる。「思う通りにやればいい」?何も解決していない。そもそも、この場で自分があえてやらなければならないことなどあるのだろうか。何も動かす力がないのではないか。自分には。


 しかし、言わねばならないことを一つ繋は思い出した。


「……正直僕にも簡単に答えは出せない。でも、香凜ちゃんはすごいと思う。外見だって立派な能力だし、それを引き立てる立ち振舞いや身のこなしがあったからこそそういう話が舞い込んでくるんだと思う。それは、僕の目にも見て取れる。……だから、ええと……」


 「だから」と置いてしまうと続く言葉は分からなかった。実際、先程伝えたことは何か明確な結論に繋がることではない。


「……ああ、ありがとう、繋」

 声は静かにそう話したが、香凜はかすかに笑ったように見えた。

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