4.同級生の女の子と二人で初登校
「ゆ、優ちゃん……?」
何か異状ありましたかとも言いたげに繋は首をもたげる。
「……いや、何その温かい視線は」
「ダメ、だった?」
そう自信無げに尋ねるいじらしい繋の表情を、やりきれない様子で見つめている優だった。
「うん、別に、問題ないけど……」
「分かったよ、優ちゃん」
「っ……」
……ふとした瞬間に無邪気な子供のように見えるのはどうしてなのだろう。
食べ終えた食器を運び、「手伝うよ」「別にいいよ、お客様なんだから」なんてやり取りを経ると、空っぽの時間がやってくる。
「……」
「……」
どことなく気まずい……というかはっきりと気まずい。さっきまで立ち仕事を二人でしていた。今再び二人で座るには頼りないテーブルに目的もなく座るというのも少し違う気がする。
立ったまま二人は向かい合うことになった。
「その、何というか、本当にごめんなさい、今日は」
「いや、そんな、それどころかこんなに丁寧にもてなしてもらって……」
まだ一つの事件で絡んだだけの、距離感が掴めない二人だ。……なぜか繋は「ちゃん付け」で優のことを呼ぶのだが。
「それに……」
「それに?」
もじもじとしながら何か言いかけた繋の様子に優は反応する。
「どうやら僕はこれから女子校に通うことになるらしいので、友達がいた方が心強いというか……」
いきなり出てきた「友達」という単語に少しだけ優は胸が熱くなる。
「あ、いや、ただ厄介な事件に付属してきただけの面倒な男が、おこがましいよね、ごめんなさい」
慌てて顔の前で両手を横に振りながら繋が続ける。
「本当ならもう豚小屋にぶち込まれているはずなのに、こんなご飯までごちそうになって……」
「だから、もうそれは大丈夫だって」
――なんだか「別にあられもない姿を見られても大丈夫」ととられてしまうような気もしたが、それはひとまず置いておくことにしよう。
優は顔をまっすぐ据えた。
「これからよろしくね、繋くん」
「うん」
全て穏便に終わったことに胸を撫で下ろすとともに、思いがけず降ってきた繋がりを、繋はぎゅっと抱え込んだ。
そして当然のように、二人の部屋を繋ぐえっちなドアから自分の部屋に戻っていった。……いや、別に外見は質素だけれども。
――
皐月の緑開いた通学路を、一人新鮮な気持ちを抱えながら歩いた。慣れない土地ゆえ他愛のないのない景色に視線を次々移している。
通りは通学する女子生徒達で賑わっている。しかも、ここは大都会なので学生以外の姿も多数見える。驚くべきことである。
不安と期待の入り混じった気持ちは、編入生という立場が余計にそれを増幅させた。もう慣れたとばかりに通学路を歩く華やかな女子高生達と比べて、自分がいかに場に馴染めていないことだろうと思う。
なぜなら、そもそも性別が違うから。
そしてもう一つ。
「……なんか、ごめんなさい」
――僕の隣には優がいた。なんかこの台詞、かっこいい!
「いや、実際多分これからすごく助かることになると思うし、気にしないで……」
いきさつを少し語ろう。朝起きたらマンションの入り口に彼女が立っていた。しかし、昨日の夜には良好な関係を築けたと信じていたから、多分命だけは助けてもらえるだろうと思って安心して声を掛けた。すると、
「その、多分男の子がうちの学園に登校したとなると……ねぇ?」
なるほど、尤もな話だった。確かに、誰か自分の身の潔白を証明してくれる人がいるというのは非常に心強い。
「刑務所に行かなくて済む!」
「……うん、まあ、そういうことです」
微妙に戸惑いながら強いて優は同調することにした。
幸運にも優のおかげで普通の学園生活が送れる、ありがとうラッキースケベ!そんなことを繋は考えていた。
その考えは異性と二人きりで過ごす夜より甘かった。
「なんか、すごく視線を感じる……」
「うん……」
繋は気付いた。周りの女子高生達の視線を異様に感じながら歩いていることを。
「これは……」
優は固唾を飲む。つまりはそういうことなのだろう。
「どういうことだろう?やっぱり僕が珍しいからかな?」
優はすぐその場にずっこけそうになった。
(私と繋くんが変な関係に見えてるからでしょうが!!)
多分編入でこの学校で入ってくるくらいだから、多分頭は良いのだろう。良いのだろうが、しばしば繋は天然になることがある。
常に情緒を解していないわけではなく、ふとしたときに突発的に天然を発揮するのだ。
「繋くん、良く考えてみて」
自分から言うのは恥ずかしいので、優は子供の自主的な知育を試みる親のような言葉を彼に投げた。
繋はあごに手を当てて頭を捻った。
「客観的にはデートに見えてて、それもこの学園に男子生徒がいるはずもない以上、わざわざ通学路が被っているかも疑わしい他校の男子を引き回して、周りに見せびらかすように登校している人に優が見えてる……?」
「はい、よくできました、えらいね~(頭ナデナデ)」と思わずやろうとしたくらいには完璧な回答だった。普段からこのくらいの思考を心がけてほしいものだ。
「って、事細かに言葉に出せとは言ってないからね!?」
「あー、あの子なんだか照れていらっしゃいますわ」
「なんか見せびらかしてるなあと思ったら、案外初々しいのね、ごちそうさまですわ」
なんだか外野がにわかに色めきたってきた。
「ほら、また周りがざわめき始めちゃったじゃないの!」
繋はまたもポカンとした顔をする。――いちいち思考を促してあげないと気付いてくれないのかな、この子は。間違えた、この人は。
「優ちゃん……」
「どうしたの?」
心なしか二人は声を潜めて会話をしていた。
「僕たち、もしかしてカップルに見えてる?」
「なっ……!」
刹那、優が顔を真っ赤にした。
「気付いてなかったんかい!!!」
そして、周りにいた生徒達はみんな二人の方に振り向いたのだった。
デートというワードを出してきたから、繋もそのくらいは分かっているのだと思っていたのだが、浅はかだった。いつも予想外の天然さを発揮して繋は優を困惑させる。
「そっか、やっぱり女の子の方が人の感情の機微には敏感なんだね……ごめんなさい」
繋は本気でしょんぼりしてしまったので、少し元気付けてあげたいと優は思ったが、一つだけは言っておかなければならないと思った。
「流石に、その鈍感ぶりは、繋くんだけじゃないかな」
――いやまあ、生まれてこのかた、男子との触れ合いなんてほとんど無かった気もするけど。
「ともあれ、優ちゃんがそういう風に誤解されているのはまずい。ここは、優ちゃんが先に行っちゃった方が……」
と言い掛けて、繋はふと何か閃いたかのように続ける。
「あ、でも……それだとなんだか喧嘩別れしたみたいになって余計に印象が悪くなるかな……」
「うん、確かにその通りかも」
少し反省したのか今回はしっかりと状況判断のできる繋だった。
「それじゃ、いっそのことラブラブに振る舞った方が名誉のためには良い?」
「うん、そういうことじゃないと思うよ」
なぜその発想に至ったのか四六時中問い詰めたい。
「それはとにかく、私と一緒にいて。もし私がいない状態であの学校の校門をくぐり抜けたら、どうなることか……」
「……どうなるの?」
「多分どこかのお嬢様直属の屈強なSPとかに取り押さえられたりするんじゃないかな?」
「ひ、ひぇぇ」
弱々しい消え入るような声で繋は怯えた。