21.禁断の授業
流石に声が大きかったのか、優の衝撃の発言は周りの生徒にも聞こえていた。
ただ幸いにも、前の方に座っている当人にまでは届いていなかった。
「えっ!?……そうなの?」
あまりに素っ頓狂な問いかけに、繋は思わずそんな反応を返してしまう。
ちなみに、遠くの席ながら内容を聞きつけたほのかは、あまりの急展開に閉口するばかりだ。
「……いや、あなたが疑問に思ってどうするのよ」
気づけば一番冷静さを欠いている優の方が繋にツッコんでいた。
「……うん、多分違うと思うけど……」
まあ確かに裏とりはしていないのだが。通常自明と扱っていいはずの事実なのに、優の勢いに押されてそんな曖昧な返答をする。
「……いや、まあ、うん、どうせあれでしょ、またいつもの勘違いだよね」
――優ちゃん、勘違いに適応している……!?
「……待って、ちょっと予想してみるから」
再び生じた繋との間の誤解を、優は練習問題化する。こうして一度自分の頭で考えてから答え合わせをすると、次回からの察知能力も上がるというものだ。流石の学習能力である。
「は、はあ……」
もう完全に優にペースを持っていかれている繋は、ただ黙って立ち尽くしているだけだった。
「……禁断の愛といえば……不倫とかかな……?」
――真剣に考えている所申し訳ないが、明らかにずれてますよ!
「……うーん、慣用的な意味での『禁断の愛』じゃなくて本当に誰かに禁止されてるとか……?」
元はと言えば自分が優にユーモアラスにツッコミを入れたのが原因だったので、突飛な推察をする優をなんだかいたたまれない気持ちで繋は見ている。
「……ごめんなさい……」
「いいえ、そんな謝罪はいらないわ、それよりも答えを考えることの方が……」
優にも変にスイッチが入ったようで、なかなか暴走が止まらない。他のクラスメイトの視線も気にしない。
「……あの、本人も気づいちゃってるから、もう勘弁してください、本当に、僕はただこの間の自分の授業の件で質問を受けていただけで……」
「……えっ?」
優の鋭い返事が、聞き返しているように思えたので、繋はもう一度繰り返す。
「……ただの生徒と教師の関係だよ?」
今回に関しては繋の言葉の選定は極めて適切であった。繰り返しの表現は簡潔に。だが、
「やっぱり『俺が恋を教えてやるよ』的な感じになっているんだね!それでいたいけな大人しい子を誑かして!この女たらし!!」
優の誤解は余計に加速していくばかりである。
先程の衝撃なカミングアウトから注目を集めた二人の会話の端々に現れる怪しげなワードに、お嬢様方は興味津々である。
「いやいやいや、ちょっと落ち着いて!?恋は専門外だよ!?」
優の勢いに気圧されてか、繋も若干的外れな返事をしている様子である。
「そうやってかまととぶって、女の子につけいってるんだね……!はっ、まさか私にも……」
そう言って優はクロスさせた両手で自分の胸を守るように隠した。
「とにかく落ち着いて!話を整理しよう」
「……そうやって、自分のペースに持っていって言いくるめようとしているんだ」
両手を胸でクロスさせた体勢のまま、警戒心満載のジト目で繋をじっと見る。
「まず、僕が……あの子に授業をしたよね?」
注目も集まってきているので、本人の名前を出すのも憚った。尤も当人すらこの騒ぎに気付いて二人の方を窺っている。
「『授業』!?その前にもそんなことをしてたんだね!?汚らわしい!!」
もう散々な言われようである。果たして、こんな状況から自分の名誉を挽回することが本当に可能なのだろうかと疑問に思いつつ、繋は丁寧な解説を続ける。
「……君にもしたよね?」
そして、致命的に繋は言葉選びが下手だった。簡潔を至上命題としているせいか、しばしば重大なニュアンスが言葉から漏れ出す。
「……!わ、私も気づかないうちに繋に……!?」
「多分無意識下の刷り込みとかは起こってないと思うよ!?僕は心理学者でも超能力者でもないからね!!」
この辺りになると、オーディエンスも「授業」の話を理解し始めて、誤解の解けない二人のちぐはぐなやりとりを、気品ある優しい笑顔で皆見守っていた。ちなみに繋はそういう人達を時折視界に入れながら、助けてくれ……と内心思っている。
「全部この間の数学の授業の話だからね!?」
ようやく明確な言葉を使って繋は説明を始める。
「数学……また何かの隠語かしら?」の
「考えすぎだよ!」
最早端から見たらただのコメディーで、生暖かい目で見守っている皆様方も内心では笑いをこらえているところだろう。
「……はっ、もしかして、数学のこと?」
「……そう言ってるよね?」
珍しく繋の方が振り回される展開が繰り広げられる。
「……それじゃあ、もしかして、さっきは数学の質問をされただけ?」
「うん」
さっきからずっとそう言っているんだけどなあという不満は押しやりつつ、繋は頷く。
「そ、それじゃあ、繋は恋愛素人なんだね!」
「……まあ、それはそうだけど……」
なんだか癪な響きをしている言葉だが、誤解が早く解けるに越したことはないだろう。
「そっ、そっか~」
やけにわざとらしい大仰な同調の言葉を優は繰り出す。
「はあ……」
なんとか納得してくれたようで、繋もようやく一息つく。
少し頬を上気させながら、優はこう言い残す。
「もう、これからは誤解を招くような発言はしないように!」
それを聞いた繋は(僕、何かしたっけ……)と一人思うのだった。
「そもそも、それって禁断どころか愛ですらないよね!」
師弟愛という言葉はあるとはいえ、一朝一夕で成るものでもあるまい。
「ごめんなさい……優ちゃんが冗談を言ってるのかと……」
ここだけ聞いたら何の話をしているのか全く想像がつかないようなやり取りが並ぶ。
「……うん、分かった」
優は突然静かなトーンに落ち着く。
「そ、そう?」
その不気味なオーラに、少し怯えながら繋は言った。
「……繋は悪くないよ」
優はそう発すると、きびきびとした動きで教室の前の方を向く。そして、大股で歩き始めた。




