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2.妙な名前の少女と不思議系男子の会食

「えっ、それって……け、けっ、結婚ってこと?」

「不束者ですが……」

 ぐるぐるおめめの少女と真摯な表情の繋くん。


「いやいや、あの、お嫁に行けないというのは慣用表現みたいなものと言いますか……」

 繋ははっとした表情を浮かべる。

「確かに、聞いたことが……は、お恥ずかしい……」

 繋くんが露骨に恥じている姿を見せてくれて少女は少し安心する。ただその恥の性質はどうやら自分の名誉に対する恥のようで、それを見て取ると少女は自分だけが照れていると感じてしまう。――なんだか悔しい。


 思わずながら少し不満そうな表情を少女は飛ばしてみる。しかしすぐに、こんな態度ではいけないと思い直して、努めて普通の表情を作ろうとした。

 それでも微妙な空気が流れてしまったのは確かで、しばらく部屋で二人きり静まりかえる。


「私、ご飯を作ろうと思うのだけど……」

 発話は突然であった。

「え?えっと……不動産だけでは飽き足らず飲食店事業でも始め……」

「私が能代くんに手作り料理を作ってもよろしいでしょうかということです!!」

 その声はまだダンボールだけの部屋に大きく響いた。


 そんな大きな声を聞いて、繋は今まで味わったことのない胸の高揚を感じた。

(なんだろう……この気持ち……)

 まるで自分の心が、体の全てがこの一つの感情に囚われてしまったかのような感覚に陥る。


(もしかして、これって……)


「本来なら自分で用意しないといけない夜ごはんを女の子それも同年代のかわいい女の子に作ってもらうというイベントを自分が請うわけでもなく向こうから提案されてしまっている事実に言いしれぬ背徳感と高揚を感じている……?」

「え?何か言った?」

 呪文詠唱でもするがごときの早口で自分の感情を言語化する繋くんであった。


「いや、なんでもない、というか、悪いよ!!」

 運びが唐突すぎて話の接続が若干怪しい感じにはなっている。端的に言って不格好だ。それだけ動揺、緊張しているということの裏返しでもある。


「作らせてください……」

 ――ますますぞくぞくしてきた……いや、これ以上はまずいな。

「はい、是非にお願いいたします」

 気を引き締めるがごとくかしこまって繋くんは言った。


「でも、流石に来たばっかりで調理道具とかも揃ってないだろうし、私の部屋にどうぞ」

「えっ、でも……」

 女の子の部屋に上がりこんで二人きりだなんて……


「私の……ゴニョゴニョ……を見てて今更……」

「す、すみません」

 (心の声を読まれたか)と思うほどのドンピシャのツッコミ――いや?ツッコミか?これ?


 なぜ自分が謝っているのだろうかと自分に問いかけながら、繋くんは部屋の扉をくぐり抜け隣の部屋に……

 ……隣の……部屋?


「あの……この扉はいったいどういう……」

「あっ……」

 棚上げにしていた問題に気が付き、二人顔を見合わせるのだった。




 そして繋は自分の部屋と少女の部屋が繋がっていることを改めて聞く。

「ほら、いい感じにカモフラージュされてて、普段はそんなに目立たないでしょ?」

「言われてみれば……」

 ドアノブみたいなものがあるわけでもなく、回して解錠する鍵を操作すると扉が動くようになる仕組みのようだ。


「人との関係を完全に断ちたいわけじゃないけど一人の時間が欲しい現代人のニーズに応えた部屋なんだね」

 繋は腕を組みながらうんうんと頷いてみせる。

「いやまあ、知らないけど……」


「それで、私がこの部屋を勝手に使ってたのもこれがあったからです……」

「誰にだってあられもない姿で広いフィールドを縦横無尽に駆け回りたくなることはあるよね」

 繋は腕を組みながらうんうんと頷いてみせる。

「理解を示さないで!!」

 なぜか照れている少女に繋はきょとんとしていた。


「いや、分かってよ!!」


 人の気持ちは難しいなあなどと思いつつ、繋はこの部屋に来た本題を思い出す。これから二人きりの部屋、夜、公の秩序と善良の風俗に反する関係(プライバシー的な意味で)の女の子に手料理を振る舞ってもらえると考えると……


「おいしそう!たのしみ!!」

と思った。


「それじゃあ、とりあえず今ある食材で料理をしようと思うから、そのテーブルにでも座っててもらえる?」

「いや、何もしないのも悪いし、何かあったら手伝うよ」


「……失礼だけど、ちゃんと料理できる?」

「中学のときの家庭科の成績は3だった!」

「ペーパーテスト高得点が当たり前のこの学校の生徒の成績としては結構悪いんじゃない……?」

 ツッコミどころ満載の下着徘徊女はいつの間にかツッコミに回っていた。




「いや、だからってあの……」

「?」

 つぶらな瞳で少女を見る繋。東京ドームでステージに立った絶頂期のアイドルくらいきらきらしていて眩しい。


「……座っててもらえれば、いいんだよ?、いや、お座りいただいて結構です」

 そういえば今自分が賃借人相手に贖罪で食事を振る舞おうとしていることに気がつき、距離感の測り方に戸惑いを覚える少女だった。


「是非見させてくれない?いや、是非にお見せいただけませんか?」

「……いや、でもこれすごくやり辛くて……」

 と言いながらも手を動かすのを止めないあたり少女はこなれていた。


「料理を勉強したくて……これも、おもてなしの一種だと思ってもらえれば……あっ、いや、そんな厚かましく行いを要求するはなくて……」

「……分かった、そんなに言われたら断れないけど、あんまり期待しないでね」



「おお~!」

「なるほど……」

「手際いいなぁ……」


「あの、すごくやり辛いんだけど……やり辛いです」

 口々に感嘆の声を上げる繋に、そう漏らしてしまう少女だった。――しかも、お互い料理の方に集中しているせいか、なんだか距離が近くない……?大体一人用のキッチンなんて大した広さじゃないし……


 かくして普通の料理(当社比)を作り上げた少女だった。

「とりあえず完成したから先にテーブルに……行っててください」

「いや、僕も運ぶよ」

 あなたはお客様だから……とか少女が言う前に真っ先に繋は大きな皿を持ち上げてしまう。


「そういえば、名前はなんていうんだっけ?」

「えっと、麻婆豆腐だけど」

「あっ、なるほど……麻婆、豆腐、さんでいいのかな?」

 皿を運び終わった繋が振り返って極めて真剣な眼差しで少女にそう尋ねた。――まるで努めてそうしなければいけないかのように……


「えっと……はい、そうです」

 ももも、もしかしてこの人、無生物にさんをつけて読んじゃう系の人だったのか……と思いながら、でもそれを笑ってはいけないなと思い、努めて少女は真面目にそう答える。


「えっと……、小さいテーブルと椅子が一つしかないけど、どうしようか……?」

「そ、そうだった……」

「麻婆さん?」

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