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42.疾走系の話

 色とりどりの花が咲く庭園から、ゆっくりと高い塔を見上げる。

 エレベーターで塔を上がっていく。透明の窓からすぐに木々と海辺が目に入った。

 三人は窓に張り付いて、狭い空間の中で自然にお互いの体は近くにあった。

「どんどん上がっていくね~」

 繋は少しだけ緊張していたが、そうやって話しかけることで誤魔化せる程度のものだった。


「ああ……ありがとう、繋」

 その香凜の言葉は不自然なものに思えた。


「か、香凜ちゃん、早まらないで!!」

 腕を伸ばしながら大げさに繋は訴えかける。

「つ、繋、どうしたの?」

 思わず横から優がツッコミを入れる。真ん中にいたのは優で、自分を跨いで話されるのが少し気まずかったというのもあるが、それ以上に繋の弱々しさが目につく。


「繋?……そんなに変なタイミングだったかな」

 タイミングの問題だけで、それを言うこと自体は当たり前だと暗に言った。

「い、いや、そんなことはないんだけど……死亡フラグに聞こえて……」

「ただ高い所に行くだけだから死なないよ!?あれ、死ぬのかな……」

 なんだか優まで不安になってきてしまう。


「……その、本当に顔色が悪そうだけど、ひょっとして……高い所苦手?」

 香凜は心底心配そうに繋に問いかけると、頷いた直後にエレベーターは到着した。


「ちょっと!!なんで事前に私に言わないの!!」

 まるで自分が保護者であるかのように言う優。

「いや、でも、香凜ちゃんが一番綺麗に見える場所だと……」

「それはそうかもだけど……だとしてもあなたが無理に来ることはないでしょうに!!」


 フロアは江ノ島までの砂州を捉えて目を奪われるような光景と共にあった。

 その傍ら、三人は足元でわちゃわちゃしている。

「大丈夫……ここより高いところに最近行ったから……」

「なんでそんなチャレンジを……」

 優は他の女の話をされていることには流石に気づけなかった。


「うん、本当に慣れてきた……窓に近づかなければ遠目に見る分には」

「ああ、まあ、一応大丈夫そうかな?うん、でも、無理はしないでね?」

 わざわざ自分の苦手なところにまで自分のために連れてきたと考えると、香凜は少し特別感を覚えた。


 優が写真を撮る体勢に入る。青々とした空が今日一番映える場所だった。

 香凛のワンピースの白は、そんな遥かな空にも溶け込みながらも、そこに埋もれることはなく。


 繋は少し高い場所に心臓がドキドキしていた。今、繋は香凛に目を奪われていた。そのドキドキは、繋が追認した。


 先ほどはもう少し低い場所で、湾状の背景と飾らない自然の中の、収まりの良い身近な香凛を演出できて、だいぶ満足していた。しかし、これだけ圧巻の景色を見せられては、それが劣るというはずもなかった。


「ここって、外の展望台もあるんだね……」

「繋は無理してこなくてもいいよ!!」

 優は両手で支えるような仕草を見せながら、繋を気遣った。

「でも僕は、香凛ちゃんの晴れ姿を見届けたくて……」


 子の入学式に無理して出席する父親みたいな目線で言う。

「私は君がいると心強いし、君にとって私がそうであったら嬉しいと思うけど……でもやっぱり無理しないでよ?」

 少し勇ましく振る舞った後に香凛は本当に心配を始めた。


「よし、行こう」

 繋は勇ましく螺旋階段を登った。




 どうにか、心地よい風を浴びながらの撮影は終了した。繋は風が吹くたびにびくびくしていたが、同時に香凛の姿を目に焼き付けることをやめなかった。


 気づけばお昼時になっていて、三人は昼食についた。少し豪勢に海鮮丼。観光地価格で高校生基準では痛手だが――あれ、ひょっとして、これを痛いと思ってるのは僕だけか……?


 繋は思わずもぐもぐしてる香凛のことをじっと見てしまった。……気づけば香凛の向かいに繋と優が座る配置になっていた。


 優はすかさず一枚撮る。

「ちょっ、ちょっと、こんなところ撮らないでよ……」

 ーーなんかまずい写真撮ってるときみたいでちょっと……い、いや、食事中は食欲に集中しなきゃいけません!!こら!!


「えー、でも、日常感があって、見る人が親近感を覚えるような仕上がりだと思うよ?」

 優はスマホの画面を香凛の方へ向ける。

「ま、まあ……そういうことなら……」


 被写体になって言いくるめられる香凛は可愛らしくて、少しだけ背徳感があった。背徳感は写真からは伝わらないかもしれないけど……


「もっとオフショット風なら背徳感も伝わるかな……」

「繋!?さ、さすがに肌面積減らすのは……やりすぎだよ!!」

「そんなこと一言も言ってないよ!!ムッツリはやめて!!」


「い、今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような……」

 香凛は繋の方を訝しんだ。

 少し場が凍る。


「「はっ、ははは!!」」

 なんだかシュールな雰囲気になって、みんなが笑いに包まれてしまった。

 ーーでも本当にちゃんと合意の上で撮らなきゃだめだよ!!



 昼食後ゆっくり過ごしながら、人が一瞬はけた隙を狙って、風情のある階段などを背景にした写真を撮る。


「結構いい感じに撮れたね〜」

 繋はテンション高めに手を広げながら喜びを表す。

「うん、観光気分のショットから、エモいって感じの構図まで、色々できていい感じだと思う!」

 優もまた同様だった。


「石造りの階段とか、白波が打ち付ける岩とか、地味な色合いでも風情があって、香凛ちゃんがむしろ引き立つような気がする」

「はは、やっぱりこんな風に撮られるのは照れくさいね……君たちだから、見せられるような気もするよ」


 最大級の信頼発言に、優は少し無粋なことを考える。

「皆に見せるために撮ってるんだからそんな弱気じゃだめだわよ!!」

「なに、その口調……」

 普段は変な口調に突っ込むと失礼かと気にかける繋だったが、あまりとんちきな話し方をしないはずの優相手には気軽にできた。


「ああ、でも……写真は良い瞬間を二人が切り取ってくれるけど、君たちには、野暮なところも含めて見せてしまっているんだ、なんだか恥ずかしいね」

 香凛は困ったように笑ったが、その横顔が二人にとってはたまらなくきれいに映った。


 岩屋に行ったり島内を散策して、本土の方へ戻って来る。その後は鎌倉高校前などにも行って、また別の映える場所も探した。


 交通量の多い道路の中を江ノ電が横切る様など、生活の息遣いと観光地の華々しさが交錯し、繋はたまらなく心ゆかしく思った。


 歩く距離が長くなりすぎないほうが良いかと、少しエスコートの思考を持っていた繋だったが、優も香凛もいつの間にかはしゃいでいて、むしろ自分の方がその元気においていかれそうになるほどだった。


「……優ちゃんなんかストーカーみたいだね?」

「私は良いストーカーなんです!!(パシャパシャ)」

「ちゃんと否定しなよ!?」

 何気ないところで虎視眈々とシャッターチャンスを狙う、やや挙動不審な優に、からかい半分で言った。


「やめてよ……優!」

 思いがけない声を香凛が発したので、繋は思わずそちらを向いた。

 すると、笑いながら香凛は走り出していた。

 危ないストーカーさんの優から逃げるように。


「ま、待て〜!」

 示し合わせたわけでもなく、追いかけっこが始まる。

 繋はなんだか懐かしいなと思った。


 ……それは、いつからか僕たちは約束を交わした後でなければ一緒のことに取り組めなくなったからだと、繋は気づいた。


 自ずから立ち現れた光景を、繋は遠い目で眺めていた。

 遅れて着いてきた繋。少しポカンとした様子に見えて、振り返った優は声を掛ける。

「どうしたの?繋」

「なんか……珍しいなって」

「……ん?まあ、香凛ちゃんがあんな風になるのは珍しいかもね……」


 若干噛み合ってなかったが、繋はそれも仕方ないかと思った。

 江ノ電と並走しようとする香凛の後ろ姿を、すぐ右手を真っすぐ伸びる海岸のおかげで一直線に揃えられた視線で追いかける。


 遠くからでも、近くからでも、繋は良い気がした。

 それでも、繋は追いかけていくことを選んだ。


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