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27.委員長の真実

「ゆ、優……それはまた今度考えよう……」

 香凛もそのおぞましさを察し、優をたしなめる。でも、一度誘惑してしまったらもう自分を抑えることができなく……はなってないみたいだけど、静かにみんな野心を湛えているようで、その場は静まりかえった。


「はい、香凛ちゃんの仰せのままに」

 若干の媚びを含んだ声で優は答える。――これ、優ちゃんが無自覚に場をかき乱してるやつだ……


「か、香凛ちゃんの特技って何かあるのかな?いっぱいありそうだけど……」

 繋が話題を変えようと口を挟む。この場で唯一執事香凛ちゃんからの告白の誘惑に耐えられる貴重な存在だからだ。――いや、本当にそうか?


「うーん、正直、これといったものは……」

 顔が良くて学業優秀でスポーツもできて人望もあって顔が良い香凛ちゃんだが、特技と言われると案外困ってしまうようだ。


 そう言われて繋も口をつぐんでしまう。

「まあ、高座さんの魅力が伝わればいいわけですし、皆さんで何か良いやり方を考えていけば問題ないと思いますわよ?」

 そこで割り込んできたのは芳子だった。――こういうイベントごとにも真面目に色々考えてくれているところ、真面目な委員長系なのにギャップがあって素敵だよなぁ……


 他の子もうんうんと頷きながら、全肯定ムーブを決めている。

 その後は、クラスの出店のことも含めてみんなでざっくばらんに話をした。


 ――


 いよいよ文化祭も始まったと強く感じられる。青々とした緑を揺らす風の心地よさは、夏の暑気が強まるにつれて、段々とありがたさを増していた。


 周りが女の子だらけの繋(しかも家に帰ってまでも女がいる)は、時には一人の時間も欲しくなってしまうわけで。文化祭ホームルームが終わった後、繋は屋上に向かっていた。


「ふぅ……」

 男の子特有の息遣いで一息ついた後、繋は屋上への扉を開く。


「あーっ、もう、何だってあの女は毎度毎度ちやほやされてんのよ!!」

 開けた途端に聞こえてきた声に、繋はただ立ち尽くすしかなかった。


「ほんっとにムカつく、なんで女が女にキャーキャー言わなきゃいけないのよ……女子校で男知らないからああなっちゃうのかしらね……」

 呆れ顔で振り返るその少女に、繋は顔も確認しないまま小学校のときに習った不審者対処法を実行する。

「こ、こんにちは!!」


「はい?」

 その姿は紛れもない学級委員、芳子のものだった。

「あ、よ、芳子ちゃん……?」

 呼び名、声のトーン、間抜けな表情、美しい屋上からの眺め、ほどよい陽気に心地の良い風。その全てがこの状況には似つかわしくなった。


「あ、あんた……聞いてたの?」

 両手を平行にこせこせ振りながら短いストライドで必死に繋のもとに駆けていく芳子。そのコミカルな姿に油断しているとすぐにその体は繋の目の前まで迫った。


「は、はい、香凜ちゃんの話をしている所を……」

 名前も出していないところで図星を突いてしまい、余計にこの場に混沌をもたらす繋。


「……っ、まあ、聞かれたからにはしょうがないわね……どうしようかしら……」

「ね、ねぇ、僕、このまま弱みとか握られちゃったりするのかな?」

 息遣い荒く、瞳孔を開きながら、でも心なしか少し弾みのついた声で繋は聞く。


「まあ、それができれば一番手っ取り早いけどね。でも、何の準備もなく弱みなんか握らせられないでしょ……」

「ほ、ほら、体を触らせて、ここにあなたの指紋が残ってる……とかよくあるよね?」

「えっ、何……それ?」

「う、うん、ごめん、ただ本で読んだだけで、そんなに現実的じゃないかも……」

「死ね」


 一ミリも想定していないようなあまりに辛辣な言葉が出てきて、繋は頬を膨らませた愉快な表情のままに固まってしまう。多分攻撃的な言葉を笑って受け流そうとして、想定外に強力なものが飛んできたからフリーズしてしまった。


「……随分のんきなことを言ってられるものね」

「別に僕が焦る必要はないし、その……芳子ちゃんの気持ちを聞いてからじゃないと、何もできないというか……」

「ねぇ、というか、その馴れ馴れしい呼び方やめてもらえる?そんなの幼稚園児かチャラ男くらいしかしないでしょ、しかもただのクラスメイト相手に」


「精神が幼いとはよく言われます……以後気をつけます……」

 どちらかというと幼いと言われているのは見た目の方なのだが、繋はそう解釈しているようだ。


「それで、あんたはどうするつもりなの?」

「……どうって……ええっと……一緒にひなたぼっこでもする?」

 繋は迷いながら、相手の望む答えを懸命に探そうとした。

「するかバカ!!」

 精一杯身をせり出しながら、繋の鼻の上まで迫って抗う。


「ほんっ……と、あんたみたいな奴もあいつみたいなのと同じくらいムカつくわね……」

「どうするって、別に何もするつもりはないよ……?」

「……そう言って、本当は周りに言いふらして弄んでやろうとか、ちょっと噂話流して注目を集めようとか思ってるんじゃないの……?」

「……そんな女の子みたいなこと、しないよ?僕は男の子だし」

 繋は少し呆れたような声音で言い返した。


 そして繋に超接近していた芳子は急に距離を取り始める。

「ど、どうしたの?怖くないよ?」

 怖いおじさんが言いそうな台詞をここで繋は吐く。

「……そうね、私も少し油断してたわ、男だものね……でもあんたの思い通りには絶対ならない!言いふらしたきゃいくらでも言いふらしなさい!!あんたみたいに近くの女から手当たり次第に食ってるような鬼畜にだけは屈さないんだから!!」

 割と三十分後くらいに屈してそうな言葉を、不自然なくらいピシリと繋を指差しながら告げる。


「……えっ……と、色々誤解があるみたいだけど、とりあえず女の子は食べないよ?」

 本当に意味を理解しているかも怪しい純朴な顔で繋は語りかけた。……いや、本いっぱい読んでるから多分知ってるはずではあるのだが。


「いっつもそんな事件ばっかり他の生徒と繰り広げてるでしょ!!」

「流石周りが良く見えてますね学級委員さん!!」

「まあ、多分本当に天然で言ってるタイプなんでしょうね……」

「……僕って天然でセクハラしちゃうタイプですかね……?現代社会だと淘汰されちゃいますかね?」

「えっ!?あー、うん」

 あっさりと芳子に肯定されてしまった。


「っていうか、芳子……さんって結構腹黒なんだね」

「……ずいぶんはっきり言うのね……それも今更……」

 もうツッコむのも諦めたのか、繋のペースに乗っかっていってしまっている芳子だった。

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