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10.男子生徒を部屋に連れ込むことに倫理的是非について

「えっと、さっき告白してきたよね?」

 ――自分でこんなことを聞くのは恥ずかしいのだが。

「え?そんなつもりはないけど……」

「え?」

 

「いや、だって、『異性として惹かれるものがある……』って……」

「うん、そうだね」

「えっと、もしかして、あれって、ただの感想だったり?」

「そのつもりだったけど……」


 繋がそう返事すると、香凜は頬を膨らませながら繋を(にら)んだ。

「……もう、勘違いしてしまったよ……」

「その、ごめんなさい……」


「普通『異性として惹かれるものがある』っていう褒め言葉は使わないだろう……」

「ごもっともです……」

 繋は流石に反省しているようだ。


「君は、いつもこんな感じなのかい?」

 今も普段の口調を維持するのに頑張っているということは秘密である。

「??」

「えっと、自覚なし?」

「……女性の方の扱いには慣れていなくて……あ、いや、扱いなんて言い方はおこがましいですよね……えっと……弄ばれ方?」


「弄ばれてるの!?」

 というツッコミが先攻していたものの、正直「女性の扱いに慣れていない」という言葉に恐れをなす香凜だった。

(天然女たらしかもしれない……)


「はあ、私には全く真似できないよ……」

 と、天然女たらしの香凜は言うのだった。


「まあ、それはそれとして――さっき優が走って逃げていった理由が分かるかい?」

「いや、それがさっぱりで……」


 香凜はあきれたようなため息をつく。




「私も分からないな……」

 香凜も実はそのクチだった。


「いや、しかし――」

「どうかしたの?かりんちゃん」

「その、かりんちゃんはやめ――」

 とかりんちゃんは言い掛けたが、なんだか気が変わってそのままにしてしまった。


「優が逃げた理由がやっぱり気になってるだけだよ」

「そっか、やっぱりそうだよね」

(もしかしたら、私に告白してきたことと何か関係が……)

(何か不都合なことがあったのだろうか……)

 香凜と繋がそれぞれに歩きながら原因を模索する。


(だとすれば、あの時照れて逃げていったのは、繋との仲を私に知られたくなかったからなのかもしれないな。でも、だとすると私に対して優は……)

「もしかして」

 香凜が思考を巡らせていると、繋が突然思いついたように口を開いたので、多少なりとも期待をもって香凜は続く言葉に耳を傾ける。


「照れてた?」

「気付いてなかったんかい!!」

 ――いけない、おもわずツッコミキャラに回ってしまった。もっと優雅に振る舞わなければ。

 照れてることを前提として二人でその原因を探っていたつもりが、繋には照れてるという事実に辿り着くまでにワンステップ必要なようだった。


「でも、なんで照れてたんだろう……僕が原因ということはないだろうし……」

「……その、うまく言葉にできてるか分からないが、君は自分の自信の無さに絶対の自信を持っていないか?」

 なんというか恐ろしい人だ。繋という人間は。


 そんなやり取りをしているうちに昇降口に着く。靴箱に手をかける二人の背丈は概ね並んでいた。香凜は、自分に並んで立つ人間を少し珍しく感じたのだった。

 丁度男性の平均身長くらい背丈なのだが、女子校という学校柄上、どうしてもそんな機会がなかった。なんだか親近感が湧くような気もしたし、ドキリという気も――いや、そんなことはない。断じてない。


 外靴に履き替えて校門に向かう。下校の第一波は終わっていたので、生徒の目も多少はましだった。(それでもやはり視線は集めてしまうのだったが)

 

「やっぱり、見られてるよね……」

「まあ、それはそうだ」

 ただでさえ注目を集める香凜に、謎の男とくれば、流石にお上品なお嬢様方も盗み見に興じることになるだろう。ただ、香凜の方はこういう状況には慣れていた。――はずだったが。


「まあ、あれは……逢引でしょうか……?」


 と言われてしまうと、途端に恥ずかしくなって、早足になってしまった。繋も歩くペースの突然の変化に驚きながら追従する。

「……ごめん、かりんちゃん、僕なんかと……」

「……うん、いや、大丈夫だから……」

 

 後で冷静になってみて分かったことだが、香凜のしていることは、女子校の校内に男子を連れ込んで逢引をするというアクロバティックデートに見られていたやもしれない。


 別れ際、香凜は繋に言う。

「明日ちゃんと優には謝りなよ?」

 尤も、「謝る」のが正解かは難しい所なのだが。

「明日と言わず今日行ってくるよ」

「え?そ、それは気が早すぎるんじゃないかな……?」


 その瞬間は、ほぼ同じ部屋に住んでいる者同士の発想と、常識とが噛み合わなかった。


「いいや、こういうことを先延ばしにするのは良くないよ」

「あ、ああ、そうだね……」

 この後繋が優の自宅に押しかけるのかと思うと、なんともいたたまれなくなったが、その場ではそう言うことしかできなかった。


 繋と香凜が別れてほどなくして、香凜は思う。

「いや、やっぱり家に押しかけるのはまずい!」


 香凜は少し迷った後、優に電話することにした。

「もしもし?かりんちゃん?」

 あたかもそれが当然とでも言いたげに、優はそう呼んだ。

 いまだ慣れない呼ばれ方に少したじろぐ。


 でも、今はそんな場合ではないのだ。

「優、今から大事な話があるんだ」

 と、切り出してみて、あたかも告白の返事をしようとしているように聞こえるなと香凜は思ってしまったが、やはり今はそれどころではない。


「えっ?はい……」

 突然の切り出しに優は二つ返事をする。

「なんというか……率直に言うと、男性を家に連れ込むのはまずい」

「……」

 優は虚をつかれる。


「えっと、そ、そ、そんなことするわけないじゃないですかぁ~やだなぁ~」

 明らかな動揺が電話口で隠れているのが最低限の救いだった。――いや、隠れているのか?


 ――まさか、繋を部屋に連れ込んでいることがバレてるわけないよね……?と思いつつも、焦りを隠せない。


「いや、でも、突然の出来事が起こると、成り行きでっていうこともあるかもしれないし……」

 ――まさしく私の話だ……!


「ちゃ、ちゃんと私は流されないから、大丈夫……!乙女の操は失ってないよ!?」

 ――流されました。いや、乙女の(みさお)は――って、私、何言ってるの!?

 それどころか、自分から流れを作っていたんじゃないか?と顧みて、香凜からの追求を受けたこともあり、改めて自分はなんて事を恥ずかしくしているのだろうと思えてくる。


「うん、でも、くれぐれも気をつけてね……まあ、能代君に限って大丈夫だと思うけど……」

 ――思わせぶりな言い方が気になるけど。、やっぱり繋くんを連れ込んだのがバレてる……!?


「の、のしろくん……!?な、何があったのかなぁ……?」

 あまりに白々しい態度だ。

「ああ、ごめん、ちゃんと伝えてなかったね」

「??」

 

「今から、能代君が優の家に行くらしいんだよ」

「ええっ!?」

 何に対する驚きかというと、どうやら昨日自分が繋くんを家に連れ込んだのが(そういえば、この表現はちょっとまずいかも!)バレていなさそうだということだ。


「首尾良く話すべきだったね、驚くのも無理はないよ」

「うん」

 電話越しだが、優は思わず強く頷いている。

 ――いや、これ、失礼じゃない?


「それで、もう能代君は向かっていると思うのだけど、どうする?」

 ……どうするも何も、(部屋が)直結しているのだけど……


「即刻強制送還します!!」

 優は十分賢いので堂々と繋を突き放す発言をすることができた。


「そ、そうか、そこまでじゃなくてもいいと思うけど……」

 香凜は優の勢いに少し気圧(けお)されながら、取りあえず目的を達したと思い、電話を切った。


 優がほっと一息ついた後、どうやら隣人が帰ってきたような気配を感じ取った。

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