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裏編

私は前に進みたかった。いつでもそう思っていた。だからこそ今日ここで今までの彼と決別し、新しい恋を始める事に決めた。


「僕の何が悪いんだ?言ってくれれば反省するし、悪いところは直す。だから…。」


「もう、お願い。私は前に進みたいの。過去を振り返る事はしたくないの。解って、ヒト。」


いつも淡白なこの人なら、あっさりと別れを受け入れてくれると思っていたのに。予想に反してこの日だけは執拗に私に食い下がってきた。でも、私の決意は変わらない。


「もう、僕が新しい彼女を作るしかないのか…。」


「…!」


突然の事で驚いた。今まで力強く引っ張られていたものを急に突き放されたように心が怯んだ。ヒトに新しい恋人…。この時、また少しだけ過去の光景が蘇った。私とヒトの二人だけの空間、そこに全く別の女性が居る。私はそれに耐えられるのかな…。そんな弱虫風に吹かれそうな私にヒトは言ってくれた。


「心配するな、お前が一人ぼっちになったら絶対助けに行くから。」


嬉しかった。ヒトの強がった言葉が私を勇気づけた。最後の最後までヒトは私の事を思ってくれていたんだ。


そうして私たちは二人の関係に終止符を打ち、各々の新しい道を歩み始めた。




私は新しい彼と付き合うことになった。彼は仕事熱心で、休みも殆んどなくなかなか会う機会はない。でも彼は仕事帰りの真夜中でも車で夜景の綺麗な場所へ連れ出してくれ、仕事での疲れを感じさせないように冗談なんかを言ってくれる健気な人だ。淡白なヒトでは絶対に有り得ない楽しさ、私はそんな楽しさをくれる彼に尽くしたいと思った。


1ヶ月ほどすると、彼の勤務先が変わり、実家からの通勤が難しくなるため、彼は一人暮らしを始める事になった。その時彼は私にこう言ってくれた。


「一人暮らししたら、なかなか会えなくなる。だから、一緒に暮らさないか?」


私は勿論賛成した。ヒトなら会えなくても良いなんて言ってただろうな。この人はやっぱり私を大切にしてくれている。その時私は切実にそう感じた。


同棲生活は和やかに進んだ。家事などはお互いが役割分担し、空いている時間があれば一緒に外出したりもした。ただ、ちょっとだけ家に居るときの彼は何だか冷たく感じた。


同棲生活も5ヶ月を過ぎると、何処か上手くいかない事が起き始めた。人間、誰だって一人になりたいときがある。そんな時に彼の構ってちゃん精神が仇になった。私が疲れてソファに横になっていれば、くだらないことを話しかけてきて私を余計に疲れさせる。私の話なんて聞きやしない。たまに私が仕事の悩みを相談すれば…。


「君は悪くないよ。欠点なんて人それぞれさ。」


私は悪くない?私が悪くなくたって実際壁にぶつかっている以上私が変わらなきゃ前には進めないのに。こんな時ヒトなら厳しい口調で私のアレが悪いコレが悪いと指摘してきたのにな。それが嫌でこの人を選んだのに…。こんな空っぽな言葉で私はどうやって前に進めば良いの?


私が彼に構わなくなってから数ヵ月が経つと、彼はあまり家に帰ってこなくなった。友人と遊びに行っているらしいけど、ホントなのかな。


ある日、家事をしない彼に腹を立てた私は、初めて彼に怒りを露にした。


「どうして、何もやってくれないの?二人で分担するって言ったじゃない!」


「え〜?家に居るなら依舞がやれば良いじゃん。何怒ってるの?」


「殆んど家にも帰ってこないし、家事もやってくれないし、私たち一緒に住んでる意味あるの!?」


「はぁ…。ウザイ。」


それからは二人でやる事なす事何も上手く行かなくなった。彼は何も言わないけど、無言のメッセージが私に届く。出てってくれないかと。私にはなす術がなかった。こんな時ヒトなら…。そっか…、私とヒトが喧嘩した時、仲直りの切っ掛けを作ってくれてたのはいつでもヒトだったな。ヒトが前に言っていた事…。


「ここに1〜6までの目のサイコロがある。このサイコロを振って、7を出したい時お前ならどうする?」


「え?またサイコロの話?」


「お前はいつまでもこのサイコロを振り、7が出るのを待っている。だが僕は違う。僕なら7を出すことが出来る。どうすれば良いか解るか?」


「ん〜、6の目に1つ目を足して7…なんて、そんなわけないよね。」


「いや、その通りだ。よく解ったな。つまりだ、不可能を可能にするには、自分で現実を変えなければいけない。周りが何とかしてくれるのを待っているだけでは願いは叶わないんだ。」


今、ヒトが言っていた事が解ったよ。彼との関係を改善するには私が何とかしなきゃいけないんだよね。でも…、私色々頑張ったよ。仲直りしようともしたし、彼のために私欲を我慢して尽くしてきた。それが現状じゃない!何も変わらないじゃない!ヒトの嘘つき!ヒトの…嘘…つき…。


私は一人部屋に踞り、ヒトを責めた。今までヒトが私に言ってきた事を全て責めた。そして…。


「あぁ、あぁ…。違うんだね…。私は、ヒトの言葉なんてもう必要ないなんて言ってヒトを突き放したのに、まだヒトに頼ってる。上手くいかないと全部ヒトのせいにしてる…。それこそまさに自分の力で何とかしなきゃいけないって事なんだね…。私…、自分の力で気付けたよ。成長したでしょ…?」


でももう遅かった。ここにヒトは居ない。ヒトが居なきゃ私が成長しても誰も誉めてくれない。成長した事を認めてくれない。本当の意味で一人ぼっちになるってこういう事だったんだね。こうなる事を解ってたんだね。やっぱりヒトは私の数年先を生きてたんだね。私はこれからどうしたら良いの?教えて欲しい…ヒト。


「心配するな、お前が一人ぼっちになったら絶対助けに行くから。」


その時、ヒトが言ってくれた言葉を思い出した。ヒトは思い付きで喋ったりはしない。いつだって自分の言葉に責任を持ってる。もしかしたらまだ…。私は直ぐに携帯を開き、古いメールを見た。まだヒトからのメールが残っていた。


「もうアドレス変えたかな…?」


私は藁にもすがる思いでヒトにメールを送ってみた。もうヒトの携帯に私のアドレスが登録されてないかもしれないので、私だと解るように名前を入れて。


数分後、ヒトから返事が着た。


From hito.viceーversa@docoweb.ne.jp


久し振り。じゃあ明後日13時、例の場所で。


私は安心と共に歓喜した。私の事を覚えていただけじゃない。例の場所、二人の待ち合わせ場所。あの場所でまた落ち合える。私の都合なんて考えず、時間も場所も指定するこの横柄ぶり。ヒトは昔のままだ。それが嬉しかった。


約束の日、私は時間より早く着いた。久し振りの再開にドキドキしていた。彼はいつも通り、口をモゴモゴさせながらやってきた。会う時はいつも何かを食べている。何かは解らないけど、仄かにライムミントの香りがする。それが私の知る相変わらずなヒト。


「久し振りだね。ヒト、あんまり変わりないね。」


二人は挨拶を交わすと、自然とあのレストランへと向かった。二人が最後に話したあのレストランに。


「ヒト、私成長したんだよ。」


「そうか?僕には解らないけど。」


ヒトのヒネクレ方も変わってなかった。私に対してはうわべだけの誉め言葉なんて言わない。いつでも私を絶対評価してくれる。


「私、一人ぼっちになっちゃった。」


「そうか、僕の予想は完璧だったな。そしてお前は戻ってきた。ただ…。」


ヒトの言葉が詰まった。こんな事は滅多にない。もしかしてヒトには予想できなかった何かが起こったのかもしれない。私は何か嫌な予感がして、それ以上問い詰めることが出来なかった。そのまままた会うことを約束し二人は別れた。


私は自分の部屋に戻った。

今の彼にも、ヒトにも干渉されない自由な状態。

これが私が望んでいた自由?何も自由なんかじゃない。

ただそこにあるのは不安だけだった。もしかしたらヒトに私以上に大切な存在が出来たのかもしれない。それよりも、一年という時を経てヒトの想いは覚めてしまったのかもしれない。ましてや、自分を捨てて他の男の元へ走った私を許せないのかもしれない。でも、それなら仕方ない。悪いのは私なんだから…。


数日後私の不安を拭い去るように携帯の着信が鳴った。ヒトからの電話だ。ヒトは息を切らしながら私に赤面するような想いを伝えた。


「うん…。うん。うん。早く来て。ありがとう。」


ヒトは戻ってきてくれた。でも、二人はやり直すんじゃない。また新しい恋を始めるんだって言ってくれた。やっぱりヒトはいつだって私の味方だった。今度こそもうこの幸せを手放したりはしない。




次のニュースです。昨日、都内のアパートから首吊りによる窒息死と見られる女性の遺体が発見されました。身元を確認したところ、氏名は播矢恵美…。


私の脳裏に不安が過った。私は触れない方が良いと思いながらもヒトに聞かずにはいられなかった。


「ねぇ、ヒト。私と別れてる間に付き合ってた彼女って、名前は何て言うの?」


「ん?何だ今更。そんな事どうだって良いだろ。くだらない事を聞くな。」


「そう…だね。どうだって良いよね。ごめん。」


私は不安を胸に抱いたままヒトの部屋を出た。玄関の前に出ると、廊下には何か型紙の様な物が落ちていた。


「何これ?」


私は何気無くそれを拾い上げた。よく見ると、それは強靭な力で捻り潰されたパズルのピースのようだった。私にはこれが何なのかはっきりとは解らなかった。ただその時、誰かが囁くような声がした。


「忘れ物だよ…。」

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