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前編

登場人物


芦木ヒト(24)

物語本編の主人公。自分の言葉に責任を持つあまり、目前の人の感情をおざなりにしてしまう淡白な男。AB型。


国光依舞(24)

芦木ヒトが一生守ると誓った相手。自分の判断に確信を持ち行動するが、失敗は他人任せな女。B型。


播矢恵美(21)

ネット上で芦木ヒトと出会った女。薬剤師を目指す大学生。恋愛依存の傾向がある。A型。

その日僕らは6年間続いた二人の関係に終止符を打とうとしていた。


「ごめんね。私ばっかり良い思いして。」


「悪いと思うならそんな奴の元になんか行くなよ。」


「そうだけど…。」


彼女は僕に隠れて他に好きな人を作っていたようだ。しかし、僕はその事に薄々感づいていた。それを知っていながら彼女の気を取り返す努力を怠った僕にも非はあるのだろう。


「そんな奴と付き合ったって上手く行かないって。すぐ終わりになるよ。それなら僕が悪いところ直した方が手っ取り早くないか?」


「それは解らないけど。でも、そう言うことじゃないの…。解って、ヒト。」


僕は幾らか彼女をひき止めたが、思った以上に意思は固く、終いには泣き出しそうな顔をさせてしまった。


「もう、僕が新しい彼女を作るしかないのか…。」


「…!」


僕は見逃さなかった。

彼女の表情が一瞬変わった。

それは、僕の諦め染みた台詞への喜びではなく、自分の側に居た愛しき人が本当に自分の元から消えてしまう事への落胆の表情だった。僕は確信した。彼女は必ず戻ってくると。それでも今は違う男への恋心で自分の気持ちや将来のビジョンが解らなくなっているのだろう。冷静に考えるには時間が要るようだ。


「よし、依舞、お前はそいつと思う存分付き合え。僕は新しい彼女を作る。」


「う、うん…。」


「でも、僕はお前らの恋が長続きするとは思わない。だから、もし別れたならまた僕の元へ戻ってこい。」


「え!?じゃあ新しい彼女はどうするの?」


「その時は直ぐに別れてお前を迎えるさ。お前を取り戻すためなら誰を傷つけたって構わない。心配するな、お前が一人ぼっちになったら絶対助けに行くから。」


そうして僕らは連絡を取り合うのを一時止め、各々の新しい道を歩み始めた。




僕は新しい彼女を作るためにネット上にある出会いを募ったサイトを利用することにした。何故なら、如何にもインスタントで実生活に被害が少ない手段だからだ。


結果は大成功だった。ネット上の恋愛なんて簡単だ。自分の容姿を気に入ってくれる人を探し、適切な言葉を適切なタイミングで叩き込む。それだけで良い。


そして僕は一人の女性と実際に合い、食事をする事になった。当日、待ち合わせ場所に行くと、まだ彼女は居らず僕は近くのベンチに座り二粒のタブレットを口にした。ライムミントが口中に広がり僕の心を鎮めてくれる。


「あ、もしかして芦木ヒトさんですか?」


一人の小柄な女性が話し掛けてきた。僕の名を知るにはこの子が待ち合わせしていた子だ。事前に画像を見ていたが、若干雰囲気が違う。まぁ、そんな事はお互い様だろう。


「おっ?恵美ちゃんだね?ごめん、気付かなかったわ。雰囲気違うね、予想より可愛くてビックリしたよ。」


「フフ。またまた〜。」


適当に馴れ合いの会話をし、僕らはその場を離れた。この感じは嫌いだ。互いが互いの心を探り合い、いかに自分の意中を晒すことなく相手のステータスを知るか。いっその事、付き合いましょう、そうですね、で済んでくれれば良いのに。僕はそんな憂鬱を表に出さないよう気を付けながら一日を過ごした。


彼女の名前は播矢恵美。薬剤師を目指して勉強する大学生だ。実家は栃木にあるらしく今は東京で一人暮ししている。まぁ、特に難はない。場繋ぎは彼女で良いや。


そうしてその後何度か食事や遊びを繰り返し、僕らは付き合うことにした。そこに恋愛感情なんてない、向こうの二人が終わるまでの依舞の代役だ。そんな軽い気持ちで僕らは仲を深めた。


初めは少し楽しかった。

恵美は彼女なりにこちらに気を使って、二人の雰囲気を良くしようとしてくれる。

その面だけで言えば依舞より気が利く。だが、女っていうのはどうも理解に苦しむ。やれ毎日メールをしろだの、同じアクセサリーを身に付けろだのまるで学校の行事みたいだ。実に鬱陶しい。逆にその面だけで言えば依舞はそんなくだらないことを言ってこなかっただけ、利口なのかもしれない。やはり、ひとそれぞれ短所も長所もあるんだな。


「ねぇねぇ、ヒトって何型?」


「ん?何型って何が?」


「血液型だよっ。普通解るでしょ。」


質問の意味が解らなかった。いや、意義が解らなかった。僕は恵美に輸血する予定はない。もちろんされる予定もない。それなのに何故僕の血液型を知りたがるのだろう。


「ABだけど、何で?」


「あ〜、やっぱりねぇ。」


「やっぱりって何だよ。」


「なんかすごい淡白じゃん。すぐ解るよ。」


そんな事はないはず。この子は人を見る目がない。そうに違いない。


「じゃあ、私は何型でしょ〜か〜?」


「A型でしょ。」


「え!?何で解るの!?」


「何となく。」


答えは一つ。

こんなくだらない質問をしてくるのはAしかいない。

確か依舞はBだったな。

あいつも僕の血液型知ってたのかな。聞いてこなかったけど。6年間付き合って血液型の話も無しか。確かに淡白と言えばそうなのかもしれない。依舞との会話は一方的に僕の哲学についての話が多かったな。よくよく考えれば、あいつはそれで楽しかったのかな。こうしてみると改めて気付かされる事がある。


それから2ヶ月、まだ依舞からの連絡はない。もしかして予想以上に上手くいっているのだろうか。まさかこのまま…。いや、そんなはずはない。いつまでもあのトキメキが続くわけがない。僕の勘が外れたことはないんだ。まだ時が十分に過ぎていないだけだ。


「ねぇ、何処行く?」


よく考えればそうだ。まだたった2ヶ月じゃないか。新しい刺激が持つのは長くて1年。まだまだ…。


「ねぇってば!」


「っは!?」


「っは…じゃなくて、今日は何処に行くの?」


「あぁ、今日はビリヤードだ。僕の行き付けの遊技場があるから。」


しまった…。つい依舞の事を考えていたら、周りが見えなくなっていた。恵美とは余計な問題を起こしたくない。普通でいなければ。


「ねぇ、ヒト。前から思ってたんだけどさ、良い?」


「ん?何?」


「ヒトって絶対私に何処に行きたいか聞かないよね!決めてくれるのは嬉しいけどさ、たまには私の意見も聞いてよ。」


そう言われれば聞いたことがないな。依舞なら黙って付いてきてくれていたから。と言うより、僕は依舞が行きたがる所を知っている。それを恵美にも当て嵌めていたんだな。それにしても…。


「行きたいところがあれば先に言ってくれれば良いのに。」


「聞くでしょ、普通。」


「そうか。ごめん。」


僕の中ではやはり隣に居るのは依舞だ。僕はその後も海に行ったり、図書館に行ったり、食事をしたり、僕の部屋で愛を確かめ合う時も、一度たりとも恵美を想っていた事はない。僕の心の中に居るのは依舞だけだった。


それから半年が経った。僕が仕事に追われ忙しくしていたある日、恵美から一本の電話が入った。


「あ…、もしもし、ヒト?」


「何だよ。今仕事中だ、短めに頼む。」


「家に…ゴホッゴホッ、来てくれないかな…ゴホッ。」


「何だ?風邪ひいたのか?」


「うん。」


「仕方ないな。終わったら行く。」


正直、僕は苛ついていた。何故こんな忙しい時に邪魔をするのかという事もあるが、何故依舞から連絡が来ないのかという事もあった。しかし、恵美も薬の知識があるなら自分で何とかしろと。それでも僕は仕事が終わると渋々恵美のアパートへと足を運んだ。


恵美の部屋の前に着くと、僕は一応インターホンを鳴らしてみた。

しかし返事がなく、どうしたものかと思いノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。僕が来ると解っていたから開けていたのだろうか。全く不用心だ。部屋に入ると辺りは真っ暗で、窓から差し込む青白い光だけが視界を支えていた。僕は手探りで部屋の明かりを着けた。そこには脱ぎ捨てた服や、食べ掛けの弁当などが散乱していた。その奥の方で恵美が顔中汗だくで眠っていた。


「おぃ、起きろ。来たぞ。」


少し体を揺らしてみたが、ただ魘されているだけで起きる気配はない。仕方がないので僕は散らかった部屋を片付け、買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、冷却シートを恵美の額に張り付けた。


「じゃあ、明日も早いし帰るからな。」


そう言い残し、恵美の側を離れようとした瞬間、恵美の手が僕の腕に触れた。それは人の温もりにしては熱すぎて、彼女の苦しさがダイレクトに伝わってきた。そのまま恵美は僕の腕を掴み、祈るように額の前に持っていった。


「苦しいか?」


恵美は息苦しそうに唸ったまま微かに首を縦に降った。何て弱々しいんだ。僕が力を入れれば潰れてしまいそうな手。暑さに項垂れる子猫のようだ。僕はその瞬間、初めて依舞とは違う恵美という一人の女を愛しいと感じた。そして僕はその場を離れることが出来ないまま朝を迎えることになった。

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