偶然を装うのも難しい
毎日ジョルジュから逃げたりかわしたりする日々が続いた夏休み前のある日、事件は起きた。
学校では夏休みに入る前、二年生主催で一年生を招いてお茶会をする。
授業の復習であり、実践形式の練習でもある。
エメリをはじめとする男爵家など、お茶会や夜会に参加することの少ない人に向けた流れをつかむためのものであり、また、夏休みに羽目を外さないように釘をさすためでもある。
出なければならないはずの場を代理を立て、本当に必要最低限しか顔を出さなかった俺にとっても助かる授業だ。
まして、令嬢としてとなると余計に――。
二年生たちの話を聞きながら、緊張も薄れてきた終盤に事件は起きた。
慌てて用意した花の形の髪飾りは、半分壊れかけていて、それをつけていたのが悪かった。
お茶会の途中で壊れた髪飾りを、置きに行く時間もタイミングもなかったためずっと手に持っていた。
誰かがわざとらしくぶつかってきて、俺は前につんのめり、髪飾りが宙に浮く、それは目の前を歩いていた人に向かってぶつかって地面に落ちる。
「すみません」
謝って相手の顔を見れば――俺は今すぐににげだしたくなった。
よりにもよってジョルジュ!
ジョルジュはクスリと笑って言った。
「やっと僕のものになる覚悟が出来たと受けとっていいのかな?」
「お断りです」
こいつじゃなけゃ、何事もなく済んだ気もするが、くそ、面倒だ。
女性が男性に髪飾りを投げる行為は、決闘の意味合いがある。
その昔、婚約者に浮気をされた令嬢がプレゼントされた髪飾りを婚約者に投げて突き返し、誰も認めなかった婚約破棄を決闘して認めさせたとか。
ただこの場合、ルールがひどい。
政略結婚の意味合いが強かったこともあり、その結婚を確実にさせるためにルールはかなり令嬢に不利な内容になっている。
髪飾りを投げた令嬢は代理を立てることはできず、自分で戦うしかない。武器の使用は可能だが、相手の用意したものに限る。
そんなわけで、ジョルジュは俺が決闘を挑んだと判断したらしい。ただの事故だってのに。
考えようによっちゃチャンスだよなー。ただし、偶然勝ったように見せるべきだけど。
ジョルジュと対等に打ち合えばおかしいし、何より剣筋でバレる。それも確実に――。
こいつにバレたところで言いふらすような人間じゃないのは分かっているのでそこはいい。問題は不自然さを出さずに勝つことだ。
「怒った顔も愛らしい。そうだね、夏休みの初日しよう。場所はこの広場で」
「……わかりました。楽しみにしておりますわ」
俺は淡々といった。
一気に学校の有名人になり、エメリたち友人、クラスメイトに心配されつつ当日をむかえる。
広場には決闘のための線が引かれ、観客用に椅子まで用意されている。
用意された武器を見て、短剣と長剣を手に取って決闘場に立ち、ジョルジュと向かい合う。
「逃げずに来てくれて嬉しいよ」
「私が勝ったら、私のことは諦めてくださいね」
「約束しよう」
試合開始の合図がなり、ジョルジュが向かってくるのを待った。
ジョルジュが勢いをつけて向かってきたタイミングでこっちも長剣を構えて走る。
ある程度の距離で、わざと体勢を崩してぶつかってジョルジュがバランスを崩すとそこに思い切り長剣を振り、躱したジョルジュに尻餅をつかせ、腰をさげた短剣を素早く引き抜いた俺はジョルジュの首元にそれを突きつける。
まだ戦いますかという風に視線をジョルジュに送れば、ジョルジュは首を振った。
その瞬間、歓声が上がる。
歓声で我に返ったふりをして、息を吐いた俺は心配して見にきていたエメリたちのもとに駆け寄った。
ジョルジュの件はこれで無事に片付いたし、本業に戻るとするか。
シャールいわく、相手がジョルジュだから出来たこと。(動きがある程度読めるので)