ソフィアとオリバー
時期的には学校に通う直前です。
どこか儚げな美しい少女は、目を離すと消え去ってしまいそうで不安だった。
妖精でもなんでもなく同じ人間なのだから、そんなことはありえないとは分かっていても不安だった。
だから、家族や使用人たちは常にその少女のそばにいて、少女もあまり喋るの得意ではなかったからそれはある意味理にかなっていた。
そうしてあらん限りの愛情を受けて育った少女は――。
「あの、その……ようこそお越しくださいました」
消え入りそうな声で少女はそう言って、淑女の礼をする。
知らない相手ではないけれど、少しだけ怖い。どうして大臣たちというのは厳しい顔をした人たちばかりなのだろうか。
そこに少女の挨拶で静まり返る空間をぶった切る男が一人。
「もう少しでっかい声で言ってくれると俺にも聞こえるんだがなぁ、ソフィア皇女」
いかにも騎士といった男で、彼は隣国のウィリアム国王の護衛であるオリバーだ。
空気を読まないような発言も多々あるが、それで憎まれることはない。
身を小さくするソフィアに対しニッと笑ったオリバーは、せっかくの美声も曇ってちゃもったいないと言う。
それに悪ノリをするウィリアムに、ソフィアの姉がやんわりと止めにはいり場は和やかになる。
オリバーもウィリアムもいつものことなので、誰も特別に気にすることもなく今回の予定が始まる。
会議が始まるとやることがないオリバーは退屈しのぎだと庭園を見学させてもらう。
花を愛でる心がそこまであるわけではなく、別の目的がある。
「オリバー様」
「お、今日も話を聞きに来たのか、皇女様は」
「はい」
ソフィアは初めてオリバーと出会った日に、オリバーの冒険の話を聞いて、それからはこうしてオリバーに時間のあるときに話を聞いている。
嘘か本当か分からない話はまるで一冊の冒険の物語を読んでいるような楽しさがあり、オリバーの誰とでも打ち解ける性格もあってソフィアもオリバーに対しては会話がしやすいらしい。
「そうだな、今日はシャールの話でもすっか。前に皇女様くらいの息子がいるって話したよな」
「はい。シャール様ですね」
こうしてオリバーはシャールの話を始める。
オリバーに似てシャールは強いようだ。
「で、皇女様、冒険してみる気はねぇか?」
「冒険……ですか」
「そうだ。おおっぴらにはできねぇが、あいつは今、王子の嫁候補探しをすることになってな」
女装して学校へ通うことになるとオリバーは言う。
学校関係者の一部をシャールの協力者にしているらしく、ソフィアも留学して手助けしてくれないかと続けた。
シャールは才能ある息子で、おそらく今回任させることになる任務もしっかりとこなすだろうと言った後で、オリバーはベンチの背もたれに腕を置いて言った。
「あいつにゃ頼られるだけじゃなく、頼ることも覚えて欲しいんだよ。親としてはな」
シャールは自分とは正反対だとソフィアは感じた。
そこに会議を終えたウィリアムがやってくる。
「オリバー、今度は何を企んでいるんだ?」
「例の作戦だよ」
「おお、それか。私たちにとっての冒険か」
会話を聞いていたわけでもないはずウィリアムは、聞いていたかのように会話に参加をする。
ウィリアムは見た目こそ違うがシャールはオリバーに似ていると言い、自分の息子であるフレッドが頼りっぱなしだと笑った。
それから次の予定があるためウィリアムとオリバーはこの場を去り、1人残されたソフィアはオリバーの背に自分の好きな冒険譚のヒーローを重ねて眺めていた。
もし、もしも――自分も冒険が出来たのなら、少しは近づけるのだろうか。
オリバーや、冒険譚のヒーローたちのように強く優しいその人たちのように。
ソフィアが決意するまでに膨大な時間を要し、家族たちに心配されながら背中を押され半年後にソフィアの留学が決まったのだった。




