嫉妬は憧れへ
投げられた訓練用の剣は、俺に届く前に音もなく地面に落ちた。
目に涙をためてジッと俺を見るロッドは、執事のアルバンがあやすように声をかけているがとうとう涙をこぼしたロッドは小さく声をこぼした。
「なんでぇ、なんでかてないの」
アルバンはもう少し大きくなれば対等に渡り合えるようになるとロッドに言っているが、ロッドは納得しない。
たった三年、その年の差が子供時代には大きな差になる。
だから、ロッドが俺に勝てなくても仕方ないといえるがロッドにはそうはならないらしい。
自分の方が幼くても、対等なのだとロッドは思っているようだった。
何度やっても俺に勝つことの出来ないロッドは苛立ち地面の土を握りこむと俺に向かって投げつけた。
今度はさっきと違ってちゃんと俺に当たった。
「俺、戻るから」
一時間はロッドに付き合ったし、自分より弱くて手の内の分かってるやつを相手にしても強くはなれない。
使用人を相手に戦った方がよほどいい訓練になる。
俺はアルバンにロッドを任せてさっさと家の中に戻った。
「まーたロッド様を泣かせたんですか。お兄ちゃんは容赦ないですねぇ」
使用人が天井から音もなく降りてきてそう言った。
「うるさい。戦いに手を抜くなんて出来るわけないだろ」
「ま、そりゃそうだ」
家や騎士団の模擬戦だからいって手を抜いていいわけでもないのだ。
一歩外に出ればそれは命をかけた戦いになる。模擬戦で出来ないことが実戦ですぐに出来るわけじゃない。
そんなことは、それしか方法がない時の賭けで十分だ。
「それにしても、ロッド様がシャール様に勝てるのいつになるんでしょうかねぇ」
「難しいんじゃねぇか」
「あ、旦那様」
使用人たちの会話に父上が参加をする。
「こいつにゃ天賦の才がある。お前らも気をつけろよ」
うかうかしてるとお前らもすぐに追い抜かれるぞと父上は笑って使用人に対して発破をかけて、一番初めに俺に負けたやつにはアルバンの特別指導をやらせると言った。
「マジか」
「最下位じゃなきゃいいってことなら十分」
盛り上がる使用人たちはこの日からいつにも増してやる気を出し、俺もやる気出した使用人たちに一撃も食らわせられない日が続いていた。
ロッドのように苛立って悔しい思いをすることはあったけど、明確な目標ができたぶん鍛錬にも身が入る。
そんなある日、父上からお使いを頼まれた。
ロッドと俺の二人だけで。
俺はロッドの手を引いて目的地に向かう。
出かけられる喜びと母上の圧力もあり、手は繋いでくれた。
初めてのお使いにロッドは上機嫌だが、俺はロッドとは反対に気を引き締める。
母上が珍しく心配していたせいかもしれないが。
大通りを通り抜けて、人通りが少ない路地裏を進み街道の途中にある小さな小屋が目的地で、そこの人から荷物を受け取って家に持ち帰るのがお使いの内容だ。
慣れた道を歩くので迷子になることもなく目的地まで辿り着き、俺は父上に教わった通りに小屋の扉を叩いた。
しばらくするといかつい男が中から出てきて、俺たちを小屋の中へ招き入れる。
「ガキじゃないか。まぁいい、中に入れ」
「どうも」
つなぐ手に力がこもるロッドの手を強く握り返して大丈夫だと伝えて、小屋に入るとすぐに男は俺たちの前に一冊の分厚い本を差し出した。
「これが荷物だ」
「確かに受け取った」
本を開くことなく俺は本を受け取ると、ロッドを連れて帰路につく。
昼前に出て明るかった道も、路地に着く頃にはすでに日は沈みわずかな灯りだけが頼りの道をロッドと二人歩いていく。
ロッドは今にも泣きそうな顔をして、それでも頑張って歩き続けている。
路地裏を抜ける頃、俺は一つの視線を感じて足を止めると、ロッドがやっと抜けられる路地を出られないことで目に涙をため始めた。
「ロッド、これ持って動くなよ」
「――兄さん?」
俺は分厚い本をロッドに押し付けて腰をさしていた素早くナイフを抜き取った。
――キィン。
両手に握ったナイフで黒ずくめの人間の攻撃を受け流し、足元に転がっていた缶を思い切り相手に向けて蹴飛ばした。
それが一瞬の目くらましになって出来た隙に、俺は背後回り込んで体当たりをかます。
それで倒れてくれたら良かったのに、そうはいかなかった。
「っくそ」
「――っひ」
すぐに立ち上がったそいつに、俺はもう一度ナイフを構えて相手の攻撃を受け流すが、時折ロッドに向けられる飛び道具からロッドを守るために傷が増えていく。
左手に持ったナイフを弾き飛ばされた俺は、右手のナイフをそいつの顔めがけて投げつけると、予備のナイフを盾代わりにそばの建物の壁に向かって踏み込み勢いをつけて飛び蹴りを食らわせる。
壁に頭を打ち付けてよろける相手の顎を下から思い切り叩いて動けなくさせると俺は涙を流すロッドの手を引いて家への道を急いだ。
気絶まではいかなくても、時間が稼げれば十分だ。
我が家の玄関まで息を切らしながら辿り着くと母上が立っていて、俺とロッドに気がつくと駆け寄ってきて抱きしめられる。
「シャール、ロッド、よく頑張ったわね。メルン、すぐに手当てしてちょうだい」
「はい、奥様」
ロッドは母上に、俺は母上の侍女メルンに抱えられ家の中に運ばれ、救急箱を取りに行ったメルンとすれ違うように父上が急いでやってきた。
「シャール、ロッド。無事か⁉︎」
「なんとかな」
命に関わる怪我がないことにホッとした父上は、労いの言葉もそこそこにどこで何があったかを俺に聞いて、使用人にすぐにその場所に向かうように指示を出した。
「俺の見通しが悪かった。お前らを危険な目に遭わせちまったな」
悔しさを滲ませる父上が、そっと俺とロッドの頭に手を置いた。
「シャール、ロッド、無事で良かった」
怪我のないロッドの頭を撫でると父上はメルンの邪魔にならないようにして俺の隣を座り込んだ。
「シャール、怖かっただろ。それと、よくやった」
もちろんロッドもと付け足して、俺とロッドの間に置かれた本を拾って父上は笑った。
いつの間にか寝てしまったロッドは母上に抱かれベッドに運ばれ、俺は父上に詳細を伝えて一息ついたから眠りについた。
翌朝、無邪気に俺に抱きついてきたロッドは戦闘練習をする前のように俺にまた懐くようになったのだが、いささかそれが過剰だと俺が気がつくのはまだ先のことだ。
ロッドにとって同じ立ち位置にいる兄弟から絶対に敵わない尊敬する兄になりました。




