サイド:割れたカップと精霊
幼少期の話です。
「シャールぅ……どうしよう」
精霊との約束のために、俺は王子の部屋を訪れると、いきなり王子に泣きつかれた。
王子の手には取っ手の取れたティーカップ。
なんでだろう。
早く自分の用事を済ませたいんだけど。
精霊の一方的な約束で週に2日、精霊に会いに行くことになっている。
その約束は破ればペナルティがあるため迂闊破れない。けど、その時間が俺はすごく楽しかった。
唯一、仕事から離れていられる少ない時間だったから。
精霊の住む世界は王家のペンダントを使って行く必要があって、王子にその扉を開けてもらうためにここに来た。
のに、対処法を教えないと開いてもらえそうにないので、適当に答える。
「精霊にでも聞いてみれば?」
そう言えば、王子は納得して扉を開いてくれる。
精霊は友達を連れておいでといっていて、時々、王子を連れて行くこともある。
というより、大抵は一緒に精霊に会いに行く。
だから、今日も王子と一緒に精霊の元に行った。
王家からのおやつと割れたカップをもって。
「精霊さーん、遊びに来たよ〜」
扉の向こう、静かな森の中で王子が叫ぶ。
「よく来たね」
舌ったらずな声が響いて、同じくらいの歳の子供が姿を現わす。
その子供はほんのりと緑色の光に包まれていて、人間じゃないのは一目瞭然だ。
この子供が精霊だ。
国を守り、加護をもたらす――と教えられてる。
俺らに合わせて子供の姿をしているが、本来は違う姿らしい。
「フレッド、どうしたの?」
半べそ気味の王子に精霊が尋ねる。
「あのね……」
言いにくそうな王子に見て、精霊はニコリと微笑む。
「おかし、食べながらはなそ」
パチンと精霊が指を鳴らすと、大きな切り株のテーブルができ、俺の持っていたおやつセットが宙に浮いてセッティングされる。
席につけば、王子は割れたカップを精霊に見せる。
「これ、壊しちゃったの。バレたら、怒られちゃうからどうたらいいのかなって」
「あはは、フレッドは素直なんだぁ」
いきなり笑い出す精霊に王子は目を丸くする。
「君のお父さんは初めから隠すつもりで持って来てたよ」
ほら、と精霊が指差す先、複数の割れたカップや飾りのついた刃がかけた剣――が置かれいる。
「固まってどうしたのシャール」
「あの剣って国宝だろ……」
「そうだよ。途中でお祖父さんに気づかれて怒られてたけどね」
おかしそうに精霊は笑う。
あのジイさんが怒ると、死線をくぐり抜けてきた騎士でさえ震え上がる。とにかく恐ろしい。
「…………ちゃんとごめんなさいってする」
悩んで王子はそういった。
「きっと、大丈夫。爺やにこれを見せて謝ってみて」
精霊は薄緑色のカップのかけらを王子に渡す。
「フレッドはね、困ったとき誰かが手を貸してくれる星の下に生まれてる」
不思議そうな顔をする王子に精霊は続ける。
「立場に胡座をかかずに精進すれば、必ずそっと助けはくるよ」
「よくわかんない」
「覚えておいて、いつかは理解できるから」
「うん。それなら、シャールは?」
「シャールはね、すごい子だよ。だけど……」
その先は答えずに、精霊は話題を変えるようにして俺たちと森の中を走り回って遊ぶ。
子供だった俺たちは、精霊の言葉の続きなんて遊びの前に気になることでもなくて、夕暮れになるまで遊んでいた。
帰り際、精霊は俺を呼び止める。
「シャール、約束じゃなくても遊びに来て。みーんな、ボクのところに行くっていえばジャマできないよ。だから、ね」
「う、うん。また、遊びにくる」
約束じゃないそれはどこか、精霊の願いのように聞こえた。
しばらくして、精霊に会い行くのは週に一度になり、代わりに別の約束が増えて、内容を知った大人たちが苦い顔をしていた。
何も言わず増えた約束だったから、一度だけ破ることになってペナルティはうけたけどな。
扉を出すのはペンダントがあればできますが、陛下のペンダントは精霊が封じているのでできません。




