表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.02 チョコレートは甘いもの
6/40

II

「もしご迷惑でなければ」とのことだったが、放課後の予定は皆無。帰宅してもおばさんはまだ仕事中だし、才華も昨年末の留学云々で呼びだされている。将棋部は、先輩がインフルエンザでダウンしているため休部中。

 全然迷惑ではなかった。

 終礼中、先生が長話をするあいだずっと、ぼくは気もそぞろに考えを巡らせていた。

 何せ、唐突なラブレターには謎が多い。学校ではあまり目立たない――否、ちょっとくらいは目立っているかもしれないが――ぼくにちょっかいをかけてくる人物が誰なのか、皆目見当もつかない。そもそもイタズラだったという疑いも残っているし、きょうがバレンタインデーでなかったら指定の場所に行くことも躊躇っただろう。

 正直、本気でぼくに会おうという人がいるのなら、当然嬉しい。

 嬉しいけれど、戸惑ってしまう。

 警戒と戸惑いと、覆い隠すことの難しい喜びとを引っ提げて、ラウンジの隅に席を得る。数日ぶりの部活や友人との下校を喜ぶ生徒が行き交うラウンジで、真ん中の座席を陣取る勇気はなかった。ついつい、周囲を見回してしまう。

 何もしていないのに座っていると変なので、鞄からペンケースやノートを、出したり仕舞ったり。まったく意味はないけれど、勉強道具を選んでいるふうを装ってみる。

 頭の中では冷静さを取り戻そうと、リラックスして別のことを考える。ドッキリなら面白い回答をしなければならないし、真剣な相手ならそれなりの礼儀がある。とにかく冷静でなければならない。

 タイガーズの選手の背番号を一から順に諳んじる。

 一番、一番は……


「あの、久米弥さんですね」

「え、あ、はい。そうです」


 その瞬間、忘れるはずのない背番号一番が頭からすっ飛んだ。

 ぼくを呼んだ声は、聴き慣れた友人たちのそれではなく、またぼくをからかうような色もない。鈴を転がすような、とはこのような声なのだろうか。淀みなく可憐で、わずかばかり感じられる幼さがぼくの背中をくすぐるようだ。

 ぼくの目の前に、その声に違わぬ少女が佇んでいる。

 鞄を握る両手の指は細く、白い。身体の線もまた細く、肩幅などはぼくの半分くらいしかないのではないかというほど、彼女は小ぢんまりとしている。グレーのブレザーなんて、未だに着慣れていないというか、着せられているかに見える。そのような身体に、窓から差す西日を浴びて、オレンジが反射する大きな瞳、穏やかな曲線を描く眉、美しく陰影が浮かぶ鼻筋などを備えた顔が乗っかっていると、まるで彼女が人形の如く見えてくる。

 笑窪の浮かぶ笑顔のおかげで、ようやく彼女が生身の人間であると思い出せる。

「ええと、君がぼくに手紙を?」

「はい、そうです」

 白すぎる肌に、少しばかり朱が差して見えた。

 と、ぼくがじろじろ見ているのが気になったらしく、表情を曇らせる。


「あの、驚いちゃいました? わたし、中等部で……」


 彼女の言葉にはっとする。

 彼女はどうやら、ぼくの視線が胸元のリボンに向いていると思ったらしい。確かに、彼女のリボンは中等部のそれで、スクールカラーの深緑一色のものだ。ぼくたち高等部のリボンやネクタイなら、深緑に紺色のストライプが入っている。

 この子は中学生なのか。

 そう思うと、急にドキドキしてきた。ぼくは、年下の女の子に呼び出され、会ったそばから見惚れてしまっていたのか。

「とりあえず、座ってよ」テーブルの上を片づけて、椅子を勧める。先輩として、余裕を見せるべきだと感じた。「それから、悪いのだけれど、ぼくは君のことを知らないんだ」

「あ、優しいですね。失礼します」ぼくとは対照的に、余裕を感じさせるニコニコとした表情で少女は椅子を引く。「まあ、知らないのは仕方がないと思います。会って話すのは初めてなので」

 初めて会うにしては、まったく緊張感がない。コミュニケーションが上手な女の子なのか、ぼくが忘れているだけで彼女はぼくをよく知っているのか。もしかすると、才華と同類の、何事にも動じないマイペースな感覚の持ち主ということもありうる。

 椅子に腰かけた彼女は、ごそごそと鞄を漁る。取りだしたのは、ピンク色のハートの柄がついた小さな包み。それをテーブルに置くと、長い髪をさらさらと手で整える。そして、ひとつ咳払い。

「では、バレンタインの品物です。つまらないものですが、どうぞ、お納めください」

「それは、どうも」

 両手で渡された包みを、ぼくも両手を出して受け取る。彼女にとってこのやり取りが冗談のつもりならば面白いけれど、本気でやっているとしたらかなり不思議なセンスに思われる。

 天保の中等部の生徒だ、彼女にも天才的な感性が備わっているのだろう。

「あの、まだ名前を聞いていないのだけれど」

「おお、そうでしたね」

 初めて会うとわかっていて、名乗ることを忘れていたのか! ぼくは「君のことを知らない」と言って尋ねていたというのに。

 少女は居住まいを正すと、またしてもわざとらしく咳払い。


「初めまして、わたしは中等部三年の……名前は、そうですね、『マリー』と呼んでもらえると嬉しいです」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ