IV
神社からほど近い商業施設のフードコート。もとよりここで昼食にする予定だったので、遅れてやってくる平馬との合流に支障はない。家族連れや若者のグループで賑わう店内でどうにか四人掛けの席を見つけ、腰掛ける。
座って早々に、コートも脱がず、コップ一杯の水を用意することさえせずに、江里口さんは才華に再び話を聞かせるよう迫った。
「江里口の言う記憶には、だいたい間違いはないと思うよ」才華は、思わせぶりな言葉から切り出した。「全部正しいのだけれど、江里口が自分で『書初めを燃やされた』と言い出したから話がわからなくなった」
「でも、書初めの自信作くらいしか燃やされて惜しいものもないだろう」才華の意見に納得せず、江里口さんが食らいつく。「どんど焼きで焼かれるものは限られている――そう言ったのは家入じゃないか」
ふっと才華は鼻で笑った。腕を組んで椅子の背もたれに身を預けると、身を乗りだした江里口さんは才華から見下されるような恰好になる。思い出で泣いた少女は、眼差しが上下に分かれる構図を破るため、舌打ちしながら身を引いた。
普段から身長差のあるふたりである。上からものを言われると江里口さんは腹を立てるし、それをすると相手が嫌がることを才華も知っている。仲良しだ。
「で、江里口さんの記憶が正しいとしたら、どうして矛盾しないの? 毛筆をしない学年のころに、幼稚園の先生から毛筆を褒められるなんて妙だよね。しかも、校内展示される書初めは、とんど焼きの時期には燃やされない」
鍔迫り合いするふたりに割って入り、右隣から才華に質問を挟む。
才華はぼくに聞かせるようにして、自身の意見を述べる。
「矛盾なんてしないよ。弥の言い方だと、作品がひとつしかないみたいだし」
「作品がいくつかあったと言うの?」
「もちろん。宿題で書いて校内にも展示された硬筆の作品がひとつ。先生に褒められて、燃やされた毛筆の作品がひとつ」
才華の言っていることはもっともだ。作品がふたつあったのなら、あるべきときに作品がなかったり、ないはずの作品があったりする矛盾は解消される。
しかし、その論理は禁じ手のようにも思われる。江里口さんが涙を流すほど思い入れを持った作品は、ふたつとないものと考えたほうが自然だ。それに、一年生にも拘わらず毛筆で書き初めをしている問題は残る。
その旨訊いてみると、才華はいやらしく笑った。
「だから、言ったでしょ。弥は、江里口の間違った記憶に引っ張られているの」
引っ張られている?
頭の回転が常人より早い才華は、人に考えを伝えるのが上手ではない。結論だけ伝えて過程をすっ飛ばしたり、過程を丁寧に説明しすぎて迂遠にもったいぶったり。いまは、後者の悪い癖が出ているようだ。
しかし、同じ天才的性質を持つ者同士共鳴するところがあるのか、江里口さんは才華の推理の方向性を理解しはじめていた。
「そうか! 『書初め』は硬筆のほうだけで、毛筆のほうは違うのか」
「そういうこと。少しは話がわかるみたいだね、江里口」
才華に煽られても江里口さんは気にせず、うんうんと頷いている。
ぼくひとり、話についていけていない。江里口さんが代わりに説明してくれた。
「冬休みの宿題に硬筆の書初めはやっていたの。それは、どんど焼きで燃やされることもなく、無事に学校で飾られた。で、毛筆で書いたほうは、宿題ではなかった。学年も関係なしに、その年特別に作ったものだったんだよ。だから、会場で幼稚園の先生から褒めてもらって、最後には焼かれたわけ」
「ああ、わかってきた。でも、書初めでもないそれを燃やしたのは、どうして?」
訊き返すと、江里口さんは可笑しそうに笑った。彼女まで、理解の遅いぼくをからかおうというのか。
「おい、梓。あたしの弟は何年生か、久米くんに教えてやれ」
「え、平馬?」
彼女が呼んだ名前に驚いて背後を振り返ると、ダウンジャンパーで膨れた平馬梓がやって来たところだった。無事に行事の手伝いを終えて自転車で急行したのだろう、まだ呼吸を整えている最中のようだった。
突然に恋人の弟の年齢を言うように指示され、彼は怪訝そうに答える。
「大きいほうが中学一年生で、小さいほうが小学三年生だろう?」
そう答えると、彼はぼくの正面の椅子を引いて座った。ぼくたちが外套を着たままで真剣に話している状況が理解できないらしく、怪訝がる表情を続けている。
「弟さんの学年が江里口さんのこととどう関係あるの?」
ぼくも戸惑い続けているのだが、ふたりの女子生徒は平馬の到着を機にコートを脱ぎだしてしまった。もう話を終わりにして、昼食にするつもりらしい。
その話のトリは、才華が務める。
「弟が今年初めて書初めをしたという話を、江里口がしていたでしょ? 初めて、ということは小学三年生、下の弟だね。さて、その弟は、姉が小学一年生のとき、何歳でしょうか?」
唐突にクイズを出されて、ぼくは指折り数えて確認する。
「ええと、高校一年と小学三年の年齢の差は……七歳、だよね。ということは、江里口さんが七歳になる小学一年生の年は――そうか、ちょうど小さい弟さんが産まれた年なんだね」
気がついたときには、ぼく以外の三人は席を立ちあがっていた。荷物をぼくに見させて、自分たちは先にお昼ご飯を注文しに行くつもりだ。
「ちょっと待ってよ、弟が産まれたからどうだっていうの?」
「もうわかったでしょ? 子どもが産まれたら作るものだよ」
才華は呆れ気味でそう残し、座席を離れてしまった。
子どもが産まれたら作るもの。冬休みの課題ではない。書初めでもない。毛筆で書かれている。正月飾りではないけれど、とんど焼きで燃やして天に届けた。
「そうか、命名書か!」
産まれたばかりの弟の名前を、墨で記した一枚。それを、小学一年生の江里口さんが清書したのだ。さすがに七歳には難しい仕事だから、筆を持つ手を親御さんに包むように支えてもらい、完成させたのだろう。それはほとんど親御さんの作品なのだけれど、小学生の少女にとっては、充分に自分の作品と言えるものだ。
それを幼稚園の先生から「よく書けているね」なんて褒めてもらったのなら、さぞ嬉しかったろう。
しかし、命名書はいつまでも家に飾っておくものではない。記念に取っておく選択肢もあったが、江里口家ではそうしなかった。代わりに、めでたい誕生の記念に祈りをこめて、天に届けようとしたのだ。
その機会として選ばれたのがとんど焼き。産まれた時期によってはちょうどいいタイミングだったのかもしれない。とんど焼きもまた新年の祈りの機会なのだから、命名書だって一緒に燃やして構わないはずだ。
しかし、炎とともに祈る催しを理解できなくても、小学校低学年なら致し方なし。
料理の提供を知らせるブザーを持って戻ってきた江里口さんを、ひとつ、からかってみる。
「バカ呼ばわりなんてするけれど、命名書を燃やされたのが悔しくて大泣きするなんて、小さいころから弟想いだったんだね」
江里口さんは、遠く自分が注文してきた店舗を睨みながら反論した。
「そんなわけないだろ。煙が目に染みただけだ」