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才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.10 猫は知っている
39/40

III

「猫の行動範囲なんて一キロも二キロもあるものではないから……」

 先輩はスマートフォンの地図アプリを開いて、おおよその捜索範囲を教えてくれた。ボランティア団体のメンバーでは人手が足りないらしく、ぼくたちが探すとすればキャンパスの南西方面だと教えてくれた。

 しかし、才華は小さな液晶には目もくれず、そっぽを向いたままつっけんどんに、

「そんな必要はない。労力の無駄」

 と言い切った。

 その自信に応じて、足立先輩は「自信満々だね」と才華の思考力を試そうとする。目は合わせないまま、天才的少女は敬語もなしに質問する。

「ひとつだけ質問。白川教授は何か病気でもしたことがあるの? 杖を持っていたから」

 何の手掛かりになるかもわからない問いだ。銀太は教授がお気に入りの猫だったのだから、教授との接点を調べるのは理に適っているかもしれない。でも、教授その人のことを知ったところで何になるのだろうか。

 確かに杖を持っていた記憶はある。足立先輩も頷いた。

「病気で半年くらい仕事をできなかったことはある。後遺症で左脚が少し不自由で、杖は必ずしも必要ないのだけれど、手放せないらしい。古傷のある銀太には同情するところがあったのかもね」

 黙って頷いた才華は、オープンキャンパスのパンフレットを取り出した。構内図を見たかったようだ。この場で猫の居場所を突き止められると豪語するくらいだから、ぼくと足立先輩も黙って見守る。

 才華はしばらく構内図を見つめると、前後のページをぺらぺらとめくって覗き見る。しまいには、体験講義の一覧とタイムテーブルとを見比べはじめた。そうなれば自ずと、ぼくも先輩も才華の態度に気がつく。

「あの、才華?」

 たまらず訊くと、彼女は何食わぬ顔を出訊き返してきた。

「弥は、猫探しと天保大見学だったら、どっちに行きたい?」

 いくら足立先輩が苦手で嫌いだとしても、この態度は失礼が過ぎる。ぼくと才華は、先輩のお願いを聞いて考えを巡らせようとしているのだ。頼まれた側だからといって、中途半端に話を聞いてほったらかし、なんてことが許されるはずがない。

 先輩も呆れた様子で作り笑いを浮かべている。ここはぼくがひとつ、たしなめてやろう――そう思ったところ、才華がじろりと足立先輩に視線を向けた。

「猫は四号館にいる」

 四号館?

 キャンパス内だから、銀太の行動範囲内であることに違いはない。しかし、そこが居場所であると断言するだけの何があるのか。まさか直感で言っているわけではあるまい。

 当然、足立先輩も才華の意図を測りかねている。

「どうして四号館?」

「猫の命にかかわると思うなら、訊いている場合じゃないと思うけれど。ああ、そうだ。地域猫の団体なら、柄の長い捕獲網くらい持っているよね? それも用意して」

 ろくな説明もなく、敬語でさえないが、確信を持っていることだけは伝わった。少々腑に落ちない表情ではあるが、先輩はスマートフォンで方々に連絡を取ると、自分も立ち上がる。

 才華の推理力がいかほどか、ぼくも先輩もよくわかっている。その彼女が確信を持っているのなら、多少不明なところが多くても、行動してみる価値はある。

「じゃあ、才華ちゃんを信じて行ってみる。弥くんも来る?」

 問われたので才華を振り向くと、彼女もすでに立ち上がっている。どこに行こうとしているのか問うと、「図書館」と一言で返答された。そうか、「どっちに行きたい?」との問いは、この場面のことを言っていたのか。

 ここは、はぐれないでいるほうが得策だろう。

「じゃあ、才華について行きます」



 キャンパスの北門を出て、一本公道を渡った向こう側に、天保大学の図書館がある。

 見上げるほどの巨大な建物で、入ってすぐにロビーがあったり、学生証をかざす自動改札のようなゲートがあったりと、学校のいち施設というイメージからはかけ離れている。それこそ高校までは「図書室」であったけれど、大学生が使うそこは「図書館」に違いない。

 ゲートは見学者でも自由に見学できるよう開かれていた。才華に導かれ、ぼくもおそるおそる通過する。

 真っ先に探したのは、館内図の掲示。目に見える景色と図とを比べるに、図書館というより体育館の如き広さである。しかもフロアが閉架も含めて五階あるとは驚いた。そんな館内図によれば、書架はNDC――以前たまたま知ることになった図書の分類法――に基づいて区切られている。

 附属高校の天才的少女が探していたのは、自然科学系の棚だったらしい。目当ての箇所を指さし確認すると、過たず最短ルートに進路を取る。

 オープンキャンパスの最中といえども、現役の学生や職員らしき人たちも利用していた。マナーとして声を殺して歩くことになる。質問したいこと、気になることは山ほどあるが、とりあえず我慢しなければならない。

「あった」

 才華がぽつりと漏らす。

 びっしりと本が詰まった書架の一番上。ぼくより長身の才華でさえ背伸びをして手に取った一冊は、猫の生態に関する書物だった。入門書らしく、同じ本がもう二冊置かれていて、その二冊の背表紙はぼろぼろだ。

 座席に持っていくでもなく、その場で目次を開く。ぼくも覗きこんだ。

 しばし黙ってページをめくる。猫の視覚に関するページだ。

 才華が目的のページを見つめること、ものの数秒。ぼくが才華の視線を追っているうちに、その本はぱたりと埃を立てて閉じられた。

「思った通り」

「どういうこと?」

 そのとき、鞄からバイブレーションの音が聞こえてきた。二回ほど響いて止まったから、メールが届いたのだろう。図書館ゆえ少々視線を気にしながら取り出す。差出人は、見たことのないアドレスだった。

『銀太、無事に保護できたよ』

 文面を見て、足立先輩からのメールとわかった。

 思わず声を上げそうになったが、もうちょっとのところで堪える。彼女は、銀太が四号館にいて、しかも網が必要になる――高いところにいた――ことまで見抜いていた。余裕ぶって図書館を訪れるくらいだから、相当の自信もあっただろう。才華の頭脳は動物の行動までもお見通しだというのか?

 自信家の才華は、訊かれなくても答えてくれる。

「これは心理学なんだよ」



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