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才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.10 猫は知っている
38/40

II

「あ、才華ちゃんに弥くん。こんなところで奇遇だね」

 足立愛莉(あだちあいり)という人は、数えきれないほどの肩書と、いくつかの耳を疑う人物評で呼ばれている。最も有名な肩書としては「演劇ボランティア部部長」、そして「学園のマドンナ」「大女優」「恋多き女」として天保高校では認知されている。

 それだけ彼女は誰からも知られているし、誰からも知られていないのだ。

 ぼくや才華も散々振り回された。得体の知れない彼女であるが、容姿にはシュシュで束ねられたサイドテールというアイデンティティがある。それを揺らしながら彼女が歩み寄ってくると、距離が縮むごとに才華の表情が歪むのだった。

「久しぶり。校内ではすれ違うこともあるけれど、話したのはいつ以来かな?」

 嫌がる才華に反比例して、先輩の表情は華やぐ。

「確か……」会話の相手は当然、ぼくがすることになる。最後に話した機会を絞りだして思い返す。「一二月以来話していないんじゃないかと」

「そうか、そんなに前だったか」足立先輩はうんうんと頷いている。「とすると、地震の前なんだなぁ」

 ごく自然な会話の間。

 足立先輩を相手にして、そんなこともあるのか、と思ってしまう。大女優とも呼ばれる彼女は、常に自身を女優としてプロデュースしている。一分一秒たりとも「足立愛莉」を演じることを止めない人だから、フランクなコミュニケーションとはかけ離れた相手だったはずだ。

「そうだ、せっかく会ったなら手を貸してくれない? もちろん、時間があれば」

 彼女と会って何事もないとは思っていなかった。そこまでは予想しうる範疇だが、提案のあとに続いた気遣いに面食らってしまう。しばらく会わないうちに、人は変わるものらしい。たった半年だというのに。

 しかし、その一言のおかげで事情だけは聞こうというつもりになっているとしたら、それも女優としての力量なのかもしれない。隣に立つ才華も、同じような感情を抱いているようだ。先輩を立てて、何を助太刀すればよいのか問う。


「猫を探してほしいの」


 依頼に驚くぼくたちに対し、彼女が「命がかかるかもしれない」と念押しするものだから、開いた口が塞がらない。



 ここという行き先も決まっていないから、とりあえず事情を聴くために、ラウンジの一角に陣取った。過ごしやすいよう空調が控えめに設定されたそこは、見学者たちも一時休止の場として多く集まっていた。

 まるで面接でもするかのように、ぼくたちは向かい合った。

「もとはといえば、私やInter-Actの問題ではないんだよね。付き合いというか」

 演劇ボランティア部――昨年秋に演劇部が分裂、足立先輩率いる新派はボランティアの目的を掲げている――は大学の団体と密に連絡を取って活動している。Inter Actとは天保大学の有志団体だ。先輩は高校生ながらしょっちゅう大学に足を運んでいて、きょうも打ち合わせが予定されていたという。

「天保大にはボランティア支援室というのがあって、そこに所属する団体同士横のつながりもあるの。猫を探しているのは、いわゆる地域猫を世話する団体」

 足立先輩はそれに駆り出されてしまった、と。

「まあ、付き合いも大事ってことだね」

 きまり悪そうに言う。悪感情ばかりではなさそうだけれど。

 話題はいよいよ探されている猫に関することへと移っていく。

「探されている子の名前は銀太(ぎんた)。まさに銀の毛色から名づけられたそうだよ」

 スマートフォンで写真を見せてくれた。かわいい。

 毛並みは決して良いとはいえないが、光を弾いて跳ね返すような色味は、確かにグレーというよりシルバーを思わせる。痩せ型ながら猫らしく丸っこい顔に、ぴん、と大きな耳がついている。しかも黄色と青色のオッドアイだ。

「脚に古傷があるらしくて、何かと心配されている猫でね。エサやりや健康観察に姿を見せないと、団体のメンバーで探すことになっているんだって」

 一匹だけ特別扱いというわけか。確かに、過去の怪我のせいで運動能力が鈍っているとしたら心配だ。高いところから下りられないとか、道に出てしまって交通事故に遭うとか、別の野良猫と喧嘩してしまうとか、いろいろなリスクが考えらえる。

 ところで、と先輩は切り出す。

「さっき四号館の近くを歩いていたけれど、もしかして白川先生の体験講義に出席していたの?」

 行きたがったのは才華のほうだ。彼女が答えるところかと思ったが、頬杖をついてそっぽを向いたまま黙っている。先輩とはあくまで話さないつもりか。仕方なく、ぼくが応じる。

「はい、その通りです」

「その白川先生の一番のお気に入りが銀太なの。銀太も先生に餌付けされてよく懐いていたって」

 なぜ白川先生なのか、と詳しく問うてみると、彼がボランティア支援室の顧問になったことがきっかけだったそうだ。支援室の事務局には彼の席が設けられ、そこは六号館二階の窓際だった。その窓のところに近くの樹木を伝って銀太が上ってくることがあり、たまたまそこで餌付けをしたものだから、味を占めて銀太は支援室の窓辺に通い詰めたのだという。

「白川先生は年中窓を開けっぱなしにする人だったんですか?」

「まさか。この大学、古い建物は窓の外側にちょうど猫が上れるようなスペースがあるの。昔は手すりがあったんじゃないかな。窓の形が変わって、いまじゃデッドスペースでしかないのだけれど」

「なるほど……」

「その白川先生とは、いまさっき少し話したのだけれど、銀太の行方は知らないらしい。だから、繰り返しのお願い――銀太を探すのを手伝ってほしい」

 せっかくのオープンキャンパス訪問。話を聞いておいて断るのは心苦しいけれど、手伝えないという言い訳は立つ。それなのに、反対意見を述べないでいるあたり、黙っている才華も乗り気なのだろう。

「ええと、銀太がいそうな場所ってわかりますか?」



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