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才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.07 真っ直ぐな道でなくても
27/40

III

「そういえば、気になっていたのですが」

 姫川先輩が話題を転換する。

「久米くんのクラスは、午前中どこかに寄り道したのですか?」

「いいえ、していません。あ、サービスエリアで休憩はしましたが」

 真剣な話をわざわざ切り上げてまで、何が気になって唐突に質問をするのだろう。しかも、内容は他愛無い雑談のタネのようではないか。

 何を知りたいのか問うてみると、先輩は口許に手をやって、思い出しながら語る。

「いえね、久米くんたちは私たちより遅れてキャンプ場に到着したでしょう? そのことに少し違和感があって、訊いてみたいと思ったのです」

「違和感?」

「はい。私たちのクラスは、都内でスーパーに寄ってからキャンプ場に来ました。久米くんのクラスは、前日以前に昼食の食材を準備したのですね? 私たちは、それがきょうでした」

「はあ、それで?」

「要するに、午前中の行程がひとつ多いのです。さらに、天保高校を出発した時間も、久米くんたちのクラスよりも一〇分ほど後でした」

 ぼくも時刻を思い出せる限り思い返してみる。確かに、二年G組ほうが早く天保高校を出発し、寄り道の時間も短いのに、三年E組より後にキャンプ場に到着していた。先輩曰く、一〇分ほど差があったという。本来なら、二〇分ほど早く二年G組が到着していて然るべきで、三〇分弱のタイムロスが生じていることになる。

 ところが、互いにポケットから取り出した行程表を突き合わせると、どちらのクラスも予定通りに到着したことになっている。三〇分弱のタイムロスは、予め行程表に組み込まれていたのだ。

「トラブルが原因というわけではないのですね」

 茨城県内の高速道路のルートは同じ。目的地も同じ。目立った遅延の事由もない。寄り道以外の条件はほとんど同じだというのに、その寄り道によってE組のバスがますます遅れるはずなのに、なぜ、G組のバスはE組のバスに追い抜かれたのか。

 言われなければ気にしなかったが、言われてみると妙な話だ。

 しばしの考慮時間、そののち、姫川先輩が糸口となる一手と思いつく。

「もしかすると、高速道路を下りたタイミングが違うのかもしれません。インターチェンジを憶えていませんか?」

 問われて、よくよく思い出してみる。サービスエリア休憩のあと、ぼくは一度も眠っていない。窓の外をよく見ていたから、ちょっと考えれば思い出せる。

 はっと浮かんだインターチェンジの名前を伝える。すると、姫川先輩は目を見開いた。

「そうでしたか、どうりで。E組よりふたつも手前です」

 問題は解決した。G組のバスは、一般道をより長く走行していたため、到着時間から遅れてしまっていた。

 でも、新たに疑問が浮上する。

「だとすると、どうして一般道で迂回するルートが採用されていたのでしょう?」

 姫川先輩は腕を組んだ。一般道を通ったという事実を持ち駒に、到着時間を遅らせた理由という二手目を考えなければならない。

 トラブルによる予定外の変更の可能性は、すでに否定されている。つまり、道路状況の悪化により運転手さんが機転を利かせ、急遽ルートを変えた――というわけではないのだ。遠回りは予定されていた。

 この点について姫川先輩は、サービスエリアの休憩時に道路情報を確認し、事故も渋滞もなかったことを確認していると語った。

「キャンプ場やバス会社の都合でしょうか? 開業時間より早く到着してしまうとか、バスが鉢合わせると駐車場が狭いとか」

 提案のつもりで訊いてみるが、先輩は首を捻る。

「いえ、キャンプ場の受付は一〇時開始で、公園の駐車場も九時には開きます。私たちの到着はそれ以降なので、特に問題にはなりません。駐車場は、狭かったとは思いますが、平日のため一般車両も少なく、転回もスムーズにできたようでした。貸切バスを手配した会社も違ったようですから、連絡を取り合うこともなかったと思います。こちらも懸案ではなかったでしょう」

「なるほど……となると?」

「やはり、ルートを決めた人物に意図があったはずですね」

 そう、それしか可能性が残らないことは、ぼくもわかった。しかし、フィールドトリップを楽しむ生徒が自らその時間を圧迫するなんて、もっともらしい理由があるだろうか。

 先輩は、焦って真相に迫るのではなく、周囲の情報の空白から埋めていこうとする。

「E組では、どのように今回の旅程が決められましたか?」

 中間テスト前、クラス結成の日からおよそ一か月を思い返す。

「実行委員長の沼尻さんがほとんど決めていました。バスやキャンプ場の手配も、ひとりでやってしまったみたいですよ」

「なるほど。沼尻さんは、どのような人ですか?」

「明るくて人気がありますね。委員に選ばれたときも、行程表の試案を出したときも、誰も不満を言いませんでした。全体に、さくさくと決まった印象です」

 クラスの物事を決定するナントカ実行委員は、ほとんど信用によって選出され、ほとんど信用によって運営が委託されてしまう。委員に選ばれた人物に不満がなければ、委員の意見にわざわざ異論を述べないし、当日もそれなりに楽しもうという暗黙の了解が形成される。学級の雰囲気や友情が現れる面もあれば、面倒な決め事を押し付ける面もある。

 沼尻さんもそのようにして選ばれた委員である。まして、彼女がよく知る出身地が旅先に選ばれたなら、なおのこと文句はない。

「このあたりに親戚が住んでいるらしくて、県内のことは詳しいみたいですよ。この場所を選んだのもそれが理由かと」

「ははあ、茨城に縁のある人でしたか」

 大した情報ではないと思ったが、姫川先輩は何かを納得し、大きく頷く。

 確かに、思い入れある土地なら道路についてもある程度詳しかろう。遠回りのルートも細かく指定できたのかもしれない。サービスエリアでも、沼尻さんは運転手さんとの真剣な面持ちで打ち合わせをしていた。貸切バスのクライアントは先生ではなく沼尻さんだし、添乗員さんも雇っていないので、融通が利いたはずだ。

 でも、そこにどんな理由があるだろう? まさか、知っている場所を通りたいという程度の理由で、クラスメイトなど約四〇名を巻きこむとは考えにくい。実行委員として頑張ってくれた沼尻さんを、そのように身勝手な人物とは思えない。

 先輩の表情に、悩みは見当たらない。

「久米くん。次の予定まで、まだ時間はありますか?」

「はい、三〇分くらいは」

 イチゴ狩りが予定されている。五月末では、シーズンも最後の最後、ほとんど良いものは食べられないだろうけれど。

 先輩が立ち上がる。ぼくも続いて、立ち上がる。

「では、大丈夫ですね。一緒にいけないことをしましょう」

「はい……え?」

「少しばかり、フィールドトリップから抜け出します」

「え」




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