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才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.01 煙が目に染みる
2/40

II

 江里口さんや平馬の地元、菅野市は、ぼくや才華の住む窪寺(くぼでら)市の隣町である。

 どでかい公営ギャンブル施設があるので、「菅野市は治安が悪い」なんて噂をよく聞くのだけれど、そのようには見えない綺麗な街だ。特に駅周辺は綺麗に整備されているようだ。街の中心を貫くケヤキ並木など、緑が減りがちな昨今ではとても素敵に思える。歴史を辿れば目当ての神社の参道なのだそうで、この並木道を真っ直ぐ二、三分歩くだけで神社に到着するという。

「思ったよりすごいところだね。三が日を過ぎてもお参りする人がいっぱいいるみたいだし」

 神社に行く人、戻る人、また周辺の商業施設を利用する人で並木道は大混雑。人を避けるだけでも一苦労だ。

「そうなんだよ。地元だとわからないけれど、有名な神社らしいよ。梓なんか、あたしより色々と蘊蓄を持っているんじゃないか?」

 ぼくは大阪からやってきて下宿しているので、菅野はおろか窪寺のことも知らないことが多い。才華だって、ぼくより三年長く下宿しているだけで、そこまで地元に馴染んでいるわけでもない。だから、ぼくたちを案内する江里口さんを見ると、なんとなく羨ましい気持ちになる。

 ぼくもそのうち、天保高校でできた友人たちを大阪に招くときが来たらいいな。

「この道路も旧甲州街道なんだぞ」

「五街道の? へえ、立地からして権威ある神社なんだね」

 うん、こういう豆知識を教えながら散歩と洒落こみたいものだ。

 その旧甲州街道を跨ぐ横断歩道を渡れば、ケヤキの枝葉に隠れていた大きな鳥居が姿を現す。浅くお辞儀をしながらそれをくぐり、境内に入れば、参拝に行く人と帰る人とで秩序立った流れができていて、ぼうっと歩いていくだけで拝殿が近づいてくる。

 江里口さんから特別な作法はないはずだと教わり、渋滞する手水舎でなんとか手と口を清め、あとは拝殿に向かって二礼二拍一礼。お願いごとを心の中で唱える。お賽銭も忘れない。

 参拝する列から外れて、ひと足先に参拝を終えていた才華と合流する。

「長かったね、何をお願いしていたの?」

「よくぞ聞いてくれたね、才華」

 ぼくの今年最初の神頼みは、「今年こそは」という重要な願いごとなのだ。

「当然、タイガーズの優勝や! 前のシーズンはかつてない破壊力の打線だったけど、ピッチャーがもうひとつやった。そのせいで二位やってん。今度は強力打線をキープしながら投手力を高めて、ぶっちぎりの優勝を狙わなあかん。首位ワイバーンズへのリベンジはもちろん、憎きエレファンツもボコボコにするのが絶対条件やで。特に四番のモランには、前のシーズン打たれ過ぎた。主砲モランをパワーアップしたピッチャーで抑えて、奴に掻っ攫われた本塁打王と打点王をタイガーズのものにすれば、優勝間違いなしや!」

「ふうん」

 タイガーズファンとしての切実な願いを、よくもそんな簡単な相槌で済ませられるものだ。それなら自分は何を願ったのかと、訊き返してみる。

 すると、才華の応答はたったの一言であった。

「家内安全」

「……まあ、それに勝る願いごとはないか」

 そこに、江里口さんがようやく戻ってきた。なんでも、肝心のお祈りの際に五円玉を落としてしまったのだという。身体が小さいぶん、人混みの中で揉まれると苦労するのだろう。ぼくも満員電車に乗るとひどい目を見るから共感できる。

 それでも彼女に疲れた様子はない。

「おみくじ引こうよ、おみくじ。運試しで勝負だ」

 再度行列に突入すること数分、手に入れた結果を持って顔を寄せる。紙の両端を持って引っ張ると、三人の吉凶がお互いに披露される。

 江里口さん、「吉」

 ぼく、「凶」

 才華、「大凶」

「うわ、家入(いえいり)最悪じゃん」

 勝負を申し出た江里口さんも、才華の結果には憐れむ表情だ。「健康、大病のおそれあり」「学業、結果は出ない」「恋愛、思わぬ敵あり」「金運、浪費する」「旅行、控えよ」などなど――何ひとつ良いことが書かれていない、ひどいではないか。

 ぼくもぼくで悪い結果なのだが、すべてがかすむくらい、大凶のインパクトは大きすぎる。

「まあ、珍しいものを引いたと思えば悪くないよね」

 歴史ある神社だから、おみくじでも変に媚びることがなかっただけだ。フォローになっているかわからないけれど、才華が悪いわけではないはず。

 才華はおみくじや占いを信じるタイプではない。しかし、あまりのことに表情を失っている。それが単に、気分屋な彼女が「気にならない」ときの表情だったらいいのに、彼女はずっとおみくじを見つめている。相当気にしているらしい。

「あのさ、久米(くめ)くん。お守り買う?」

 江里口さんがこっそりと訊いてきた。

「どうしようかな。ぼく、あまりお守りを持つ習慣がなくて」

「じゃあ、おみくじ、木に縛っといて。あたしと家入の」

 そう言うと、彼女は才華からおみくじをひったくる。自分のものと併せて二枚をぼくに託し、才華を引っ張っておみくじを買いに出かけていった。

 才華と江里口さんは反りが合わず、本来的には顔を合わせればいがみ合う犬猿の仲だ。それでも、あまりに不憫で江里口さんも気を遣いたくなったのだろう。まあ、普段から口喧嘩は多くても本気で嫌っているわけではないのだから、友達には違いない。

 頼まれたので、神木におみくじを縛り付けることにする。すぐ近くに、すでに大量の紙が縛り付けられた木があった。

 と、その前に自分のおみくじを再度確認する。「健康、異常なし」「学問、上向く」「恋愛、嫉妬は禁物」――おっと、これは江里口さんの「吉」のおみくじであった。そうではなくて、ぼくは「凶」のおみくじだ。「凶」の字は指で隠しつつ、その下に記された個々の運勢を確認していく。

「健康、一時も油断できない」

「学業、可もなく不可もなく」

「金運、思わぬ出費がかさむ」

 良くはないが、「凶」の中ではマシなほうかもしれない。

 そして、気にするつもりはなくても気にしてしまう一文。

「恋愛、新たな出会いあり」

 なんだろう、正直ちょっと期待してしまう。




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