表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才華の本棚  作者: 大和麻也
Episode.03 チョコレートは苦いもの
11/40

III

 才華は好奇心を原動力とする少女だ。色恋沙汰にはさほど興味がなくて、鈍いところもある。南原さんの話を聞いてもさほど興味をそそられてはいないようだった。

 しかし、江里口さんの訴えに気づくと、ちょっとだけ、目の色が変わったように見えた。

「話を聞いた限り、可能性は三つあるんだね。

 ひとつ、手紙は手違いか何かで届いていなかった。

 ふたつ、手紙は届いていたが、情報に食い違いがあって保角くんは国語科資料室に行けなかった。

 みっつ、手紙は届いて、情報も伝わっていたが、保角くんの事情で彼は行かないことを選択した」

 指を一本ずつ立て、遠慮のない言い方をする才華を咎めようとも思ったが、南原さんは才華の物言いを受け容れていた。すでに彼女なりに考えていたようで、ひとつひとつの可能性に、力強く首を縦に振った。

 南原さんにとっての要点は二点。手紙は届いたのか、保角くんは国語科資料室に来る気があったのか。前者にミスがあったとしたら、恋路を阻害された原因を知りたいことだろう。後者に事件の理由があったとしたら――いや、あまり考えたくないかもしれない。

 一方、江里口さんが才華に依頼した理由は、南原さんの前者の疑問にあるのだろう。つまり、手紙を下駄箱に入れる役割を担った彼女は、現在南原さんから疑いをかけられているのだ。ちゃんと届けていなかったのではないか、と。

「いろいろな人を疑わないといけない」「なんとかしてくれ」とは、自分の潔白を第三者の視点で証明してくれ、というメッセージである。江里口さんも才華に劣らない切れ者だが、今回ばかりは、才華に頼らざるをえない。

「前提として、江里口と南原さん、それから保角くんとはどういう関係なの?」

 問われた江里口さんは、ちらりと隣に座る南原さんに目を遣る。にこりと笑ったのは、作り笑いではなさそうだ。

「芽以は、もとは梓の知り合いで、あたしとは中学二年と三年のクラスメイトになって以来の友達だ。中等部に社会科研究部というのがあって、梓、芽以、保角はそこに所属していたんだ。まあ、顧問の先生が退職されたから、いまでは三人とも帰宅部だけどな」

 聞いていて、おや、と思う。

 平馬たち三人が部活の同期。江里口さんと南原さんがクラスメイトになって親しくなった。ということは、いわば南原さんは江里口さんと平馬の懸け橋となった人物、キューピッドだったのではないか。どうりで、江里口さんが彼女の恋路を応援し、面倒に巻き込まれても無下にせず解決しようとするわけだ。

「なるほど。三年も付き合いがあった友達だから、南原さんの手紙を無視することはない、というわけだね」

 ぼくが確認して問うと、南原さんは首肯する。

「その、穂波を疑って言うわけではないのだけれど……そもそも届いていなかったんじゃないかと思って」

 まあ、疑って言っているよね。

「手紙に不備はなかったんでしょ?」

「うん、たった一文『話がしたいので、放課後に国語科資料室に来てください』って。宛名と差出人もちゃんと書いてある」

 それを読み間違えるとは思えない。もし国語科資料室の場所がわからなくても、保角くんは天保学園の中等部を卒業しているのだし、探せば見つけられる。南原さんは、一時間も二時間も待っていたのだから、会えないことはなかろう。

「でもね、芽以」

 嫌疑をかけられている江里口さんが口を挟む。

「芽以、見つけたんでしょ? シールが落ちているのを」

 なんと。

 曰く、手紙――といってもカード状のもの――を入れていた封筒に封をするためのシールが、下駄箱の付近に落ちていたという。しかも、発見したのは南原さん本人だというのだ。

 南原さんは弁明する。

「た、確かにあったよ。待っていても来ないとわかって、諦めて帰ろうとしたついでに、C組の下駄箱を見に行ったの。手紙は保角の下駄箱からなくなっていたのを確認できたのだけれど、ふと下を向いたら、シールが……」

「封が開けられていた、ということだよね?」

「うん……ひょっとすると、盗まれたのかも」

 ああ、まずい。面倒な証言が出てきてしまった。

「つまり、恋のライバルがいたということ?」

 南原さんと同じように保角くんを想う人物が、保角くんの下駄箱から南原さんの手紙を発見。開いて読んでみれば、中身は告白のシチュエーションとしか思えない呼びだし。「これは許せない!」と持ち去ってしまったのか。

 ただし、そのようなドラマティックな展開は、南原さん本人が否定する。

「たぶん、そんなことはないと思うのだけれど……」

 保角くんを好きなのは自分だけ、という自信か、それとも保角くんがあまりモテない人物なのか。江里口さんにアイコンタクトで問うてみる――うん、そうか。その評価は、胸の内に秘めておこう。

「でも、参っちゃうね」迷走してしまう前にぼくが話を切り上げ、総括する。「これでは、江里口さんと南原さんの証言がまったく食い違ってしまうじゃないか」

 南原さんは、自分の手紙を読んだら保角くんは会いに来てくれると思っている。彼が姿を見せなかったということは、手紙がそもそも届いていなかったからではないか、と。おそらく、彼が手紙を読んでおいて来なかった、という可能性を信じたくない願望を含んだ主張である。

 江里口さんにしたら、南原さんの主張が正しいと証明されたら困る。自分が保角くんに手紙を届けられなかったことになってしまう。そこで、手紙の封が開けられた証拠と思しき、脱落したシールを強力な根拠として、手紙は届いたと主張する。保角くんが手紙を読んだうえで呼びだしに応じなかった可能性を支持しているのだ。友達としてはなかなか危ない橋を渡っているが、恋の妨害を意図したと思われるよりはマシだろう。

 第三者だからこそ言えてしまうことだけれど――ああ、面倒くさい。

 ぼくはすっかりお手上げで、横目に才華を窺う。ぼくはただ話を聞くだけでいい立場でも、彼女は違う。南原さんを傷つけないよう配慮しつつ、江里口さんが疑われないように問題を解決しなくてはならない。真実を知ったうえで、真実を曲げる必要さえあるかもしれない。

 強力すぎる好奇心ゆえに人情に疎いところもある才華だ、この難しい務めを、いったいどのように果たす気なのだろう?

 すると、驚いたことに、彼女はにっこりと笑っていた。


「ふうん、だいたいわかった。こんなのは簡単な話だね」


 彼女はすでに、真相に辿りついていたのだ。

「江里口。あんた、ちゃんと手紙を届けたんだろうね?」

 疑いを晴らすよう求めた相手から疑いをかけられて、江里口さんはかっとなって声を大きくする。

「そらそうだろう! 間違いなく、保角の出席番号を確認して手紙を入れたよ!」


「出席番号、ねえ……でも、その下駄箱は本当に保角くんの下駄箱なの? 本当に、保角くんが使っていたの?」


 どういう意味かさっぱりわからない。

 ぼくの前で南原さんも目を丸くして、きょとん、としている。

 しかし、江里口さんは何かに気がついていた。唖然として、ぼうっと才華の言葉を解釈している。その表情は、みるみるうちに青ざめていって、唇を震わせた。

「そうか、そういうことか……家入の言う通りかもしれない!」

 ばん、と机を叩いて立ち上がる。

 取るものも取り敢えず、彼女は南原さんの手を引いて教室を飛び出した。鬼気迫るようにただごとではないと感じ、ぼくも追いかけようとするが、才華に袖を引っ張られる。ぐっと椅子に座らされた。

「弥はもう少しここにいて」

「でも……」


「いいから。平馬くんに電話して」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ