第7章~アジトでの歓迎会~
いよいよターゲットが拠点とする桜町3丁目に近づいてきた。犯罪者だとかテロ組織の拠点に直接潜入するのはサンガンピュールにとってはもちろん初めての経験だ。
前日、警察署長や茂木刑事が教えてくれた、犯罪組織のアジトの特徴は以下の通りだ。
・テロリスト達は善良な市民を装って生活しており、一般のアパート(マンション)を拠点としている。
・「単身世帯」のはずなのに、複数の人間が頻繁に出入りしている。
・天気の良い日の昼間でも、窓が閉まっている。カーテンを閉め切っている。
・ベランダや庭で、洗濯物を干さない。
・部屋や自宅に出入りする際、周囲の状況を異常に気にしている。
・空き家のはずなのに、夜になると明かりが漏れている。
・早朝や深夜など人の往来の無い時間帯になってから外出している。
・部屋の中から薬品のにおいがしたり、金属音が聞こえたりする。
・レンタカー等を使って、ひっそりと引っ越しをする。
・近隣の住民と接触しないようにしている。
まったく、犯罪組織のアジトというのは外見だけでは非常に分かりにくいものだ。2カ月前(2003年6月)には、福岡市内で極左団体である革マル派のアジトが摘発された。その際、革マル派は福岡市城南区のとあるアパートの4階にアジトを設置していた。そのアジトの名義人として逮捕された人物は、なんと小学校教師だった。アジト摘発の難しさを知る茂木は「これはベテランの刑事でも難しい案件だ」と教えてくれた。
「消費者金融のCMと一緒ですね」
朝霧はそうつぶやいた。
チワワ、地球に寄って行く宇宙人、サラ金ダンス・・・。消費者金融のテレビCMを見ない日は無かった。お金を貸してその利息で儲けている会社が、世間では好感を持たれにくいのは当然のこと。暴力団まがいの厳しい取り立てに苦しみ、自殺に追い込まれた人もいる。でも消費者金融のCMは大物のお笑い芸人やアイドルを起用したり、ギャグを多用したりしたものが多い。そのようにして消費者に対し、「親しみやすさ」を演出しているのである。これを心理学では「ザイアンスの法則(単純接触効果)」と呼ばれている。
「・・・簡単なものじゃないの?」
サンガンピュールは愚痴をこぼすようにして文句を言った。
「いかにも悪者って感じの事務所があったらさ、こっちもアジト探しで悩むこと無いさ」
茂木刑事は正論を言った。
時刻は午後11時。バスも最終便が出て、人の往来もほぼなくなった。善良な市民はもうすぐ寝る時間である。そうこうしているうちに、変装した2人は桜町3丁目にある久米奈緒美のアジトの前に着いた。
事前に教えられた通りというか、その晩のアジトは静かだった。一軒家を見た限りでは、音や光が外部には漏れていない。空き家を装っているようだ。8月1日の夜にKが最初に通りかかった際には、久米の高笑いが聞こえていたというが、それは偶然だったのだろうか。
サンガンピュールは内心不安だったが、
「大丈夫です。絶対にばれてません」
と朝霧に勇気づけられた。変装が見破られないことがポイントとなる。
サンガンピュールがアジトのドアを恐る恐るノックした。
「ごめん下さい」
声をかけたが、反応はすぐには返ってこなかった。10秒ほどしてドアが開いた。
「・・・誰、あなた?見かけない顔ね」
茶髪に染めた一人の女性が顔を出した。
「こんばんは。久米奈緒美さん・・・ですか?」
朝霧が返事をした。この質問を聞いた途端、久米はすぐに顔をムッとさせた。
「ちょっと、あなたたち、2人とも入ってらっしゃい」
アジトの内部へと招かれた。サンガンピュールは珍しく焦っていた。出てきたのはあの女科学者だ。署内で見かけた手配書での写真と同じだ。何かあったら、朝霧さんを守るためにも、久米を殺す覚悟だ。サンガンピュールは覚悟を決めていた。だが、
「あなたたち、こんな時間に何がしたいの?夜道を女性だけで歩いていたら、暴漢に襲われるわよ。とにかく気をつけなさい」
優しく諭された。これに対し、
「ありがとうございます」
朝霧は礼を言った。続いてサンガンピュールも
「は・・・はい、ありがとうございます」
緊張しながらも礼を言った。
「礼は要らないわよ」
久米がそう言うと、彼女はアジトの窓際にいるソファに腰かけた。アジトにある窓は全て段ボールで塞がれている。外部の目を異常に気にしている証拠だ。犯罪組織のアジトの特徴が早速出ていた。
「それで、あなたたちは何の用なの?」
久米が2人に問いただした。
「あの・・・、実は私たち・・・、元夫をはじめとする男どもに復讐したいがためにここに来たんです!」
朝霧が勇気を出して答えた。
「えっ」
「ねぇ、どういうこと?」
「本当なの、それ?」
久米以外の周囲の人間が反応した。猜疑心が強いせいか、こちらの言い分をはなから信用していないのは当然のことだろう。
「ちょっと、真須美!恵子!直子!この2人の話を聞いてあげな!」
野次を飛ばした3人に対し、久米が注意した。意外な一面だ。
「ごめんなさいね、うちの仲間がうるさくて。さぁ、話を続けなさい」
「はい・・・、実は・・・この娘を見て下さい」
朝霧は実の娘に偽装したサンガンピュールを久米に紹介した。
「あたしは・・・、死に物狂いでこの娘を産んだのに・・・。愛情込めて育てていこうと思ってたんです。・・・でも、太志は、この娘のことを毛嫌いして・・・」
「ちょっと、太志って誰なの?」
「私の元夫です」
「ああ、そういうことね」
久米が「事実関係」を確認しながら、朝霧の話を聞いていく。
「こんな化け物みたいな娘は嫌われる!一族の恥だ!俺は面倒を見ないぞ!・・・って言われて・・・。出産という命懸けなことをして子どもを産んだ結果がこれですか!?」
朝霧の迫真の演技が続く。
「あたしはもう・・・嫌になったんです。太志はもちろん、義理の両親もそうでした。『今すぐそいつを捨てろ』だとか『どこかの家に養子として売り払っちまえ』って・・・」
「・・・あたしのために・・・」
サンガンピュールは母親役の朝霧に声をかけた。
「・・・いいの。未来は悪くないから」
「えっ・・・」
サンガンピュールは戸惑ったが、何も言わないことにした。
朝霧の演技は途中だったのだが、
「・・・そうなの。辛い目に遭ってきたのね。大変だったでしょう・・・。旦那さんに捨てられて。本当、男ってわがままよね」
久米が2人を慰めた。これに対し、
「そうなんです!だから、男を滅ぼしたい!!」
朝霧が思い切ったことを言った。サンガンピュールは目を白黒させて驚いている。
「・・・本来ならば紹介者がいないと無理なんだけど・・・」
久米は困惑の表情をしている。そこで
「真須美!恵子!直子!あんたたちはどう思う?」
部下たちから意見を募った。
「いいと思います!」
「どんな理由があれ、メンバーが増えることになるので、大賛成です」
「彼女たちに協力しましょう!お姉さまも同じ気持ちじゃないでしょうか?」
異議なしという様子だった。
「他のみんなは?」
久米が念のため、他のメンバーからも意見を募ったところ、やはり異議なし。
「あなたたちのお名前は?」
久米が名前を聞いてきた。当然、本性がバレたらおしまいである。
「はい、伊波やよいと申します。そしてこの娘は一人娘の、伊波未来です」
母親役の朝霧が2人分の偽名を答えた。その後、
「ようこそ、『アーテー』へ」
久米が歓迎した。戸惑いを見せる朝霧とサンガンピュールの2人。彼女たちに対し、久米は
「『アーテー』とは、私たちの組織の名前よ。古代ギリシア神話での、『破滅』を象徴する女神のことよ」
「・・・ありがとうございます!親子ともども、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく。お願いするのはこっちの方よ。まさかこんなすごい執念を持つ女は久しぶりだわ」
桜町3丁目のアジトで、犯罪組織「アーテー」への加入を喜び合った。
「ねえ、真須美!ビールを持ってきて!歓迎会よ!」
「はい、お姉さま!」
久米が早速歓迎会の支度を始めた。
「歓迎会に先立ち、紹介するわね。先ほどあんたたちに野次を飛ばしていた3人。みんな照れ屋、恥ずかしがりや、人見知りだけど、いざという時には力になってくれるわ」
先ほど野次を飛ばしていた3人のフルネームも判明した。
日高真須美、林恵子、北村直子。
なし崩し的に行われた歓迎会にて。
「ですから、男なんていなくなればいいと思ってるんです」
朝霧が念を押して言ったところ、久米は笑みを浮かべてこう言い放った。
「なんてすばらしいことかしら。そうよ、伊波さんの言う通りよ!この世の全ての腐敗は男のせいなのよ!未来ちゃんもそうでしょ!?」
「そっ・・・そうですよね・・・」
と、サンガンピュールはたじろぎながら答えた。彼女の心の中では、
「自分はそんな主義ではないのだけれど・・・我慢しなきゃ」
となっているはずだ。続けて
「あたし、パパにはもう会いたくありません。あたしを捨てたお父さんなんて・・・、自宅を特定されて殺されればいいのに」
朝霧に負けず、過激なことを言った自分が恐ろしいと思った。そしてしばらくして、
「久米さんに聞きたいことがあります」
勇気を勇気を振り絞って次の質問をした。
「いいわよ。何かしら?」
女科学者・久米奈緒美は質問を受け付けた。
「・・・テロ実行の日っていつですか?」
思い切った質問をぶつけただろう、とサンガンピュールは思った。これに対して朝霧は驚いた。いきなり核心をつくような質問をするとは、大胆な娘だ。
「ちょっと、それは失礼よ!」
「あたしらだって教えられてないことよ!」
「そうよ、お姉さまの本音を聞くチャンスは少ないのに!」
日高、林、北村の3人が次々に抑え込んだ。だが久米は
「フフ、それはね・・・」
しばしの沈黙。
「お姉さま、まさか本当に教えるんですか!?」
「そうですよ、こいつら公安の回し者かもしれないんですよ!?」
日高たちが警告していた。だが、
「それはまだ秘密よ。入ったばかりのペーペーに教えるわけないわ」
久米は答えをはぐらかした。
サンガンピュールは内心「そりゃそうよね」と思った。こんなにあっさり教えたら、テロ組織なんてぶっ潰されちゃうもん。9・11テロだって起きてないはずだもん。
とにかく、「アーテー」のアジトでの夜は更けていった。