第6章~トロイの木馬作戦~
8月7日、木曜日の夜。亀城公園にて。
偵察に出かけたサンガンピュールは変装していた。普段はセミロングでストレートという髪型である。ひかり中学で女子にはツインテールにしたり、シニョンを作ったりと各自思い思いの髪型にしている人もいる。だが彼女は学校でもストレートという髪型である。ファッションに身頓着である彼女にとってはその方が楽だからだ。服は普段の茶色い戦闘服ではなく、黄色い半そでシャツに、青いスカート、青いニーソックス、そして伊達メガネというファッションだ。
この日の午前中、同級生の長谷川美嘉に電話して、無理してアドバイスを送ってもらった。美嘉からは
「いやぁ、ゆうゆうの新しい姿、見てみたいけどねぇ」
と言われた。サンガンピュールは思わず、
「やめて、恥ずかしいから!」
と電話で叫んでしまった。
「ハハッ、か~わいい~」
美嘉に茶化されてしまった。
だが結局、自分だけでブティックに出かけたことのないサンガンピュールは、美嘉に同行をお願いした。そして土浦駅西口のイトーヨーカドーに入居しているブティックに出向いて購入したのだった。その際も美嘉に再度茶化されてしまったのは言うまでもない。
再び亀城公園にて。
「・・・それにしても、おじさんも変なこと考えるよねぇ。あたしがスパイだなんて。・・・映画の見過ぎなんじゃないの?」
サンガンピュールは愚痴をこぼした。昨晩、Kが唐突に作戦を提案したことで、自分は大迷惑をこうむっていると内心思っていた。総理大臣に絶対なってはいけないタイプだ。
そしてもう一つ驚いたことがあった。
「サンガンピュールさん、よろしくお願いします」
「・・・はい、お願いします」
この作戦には、市長秘書の朝霧かんなが同行することとなった。
「・・・まさかこんな形で一緒にお仕事をするとは思いませんでした」
普段から真面目な印象を周囲に与えている朝霧。その象徴的なものが話し方だ。とにかくやや堅苦しい話し方だ。
「・・・そうですね」
サンガンピュールは珍しく苦笑いしている。照れているのだろうか。
「でも、私なりに覚悟はできています」
朝霧もかなり変装してきている。この日の午前中、美容院に出かけた。朝霧の普段の髪型は、ストレートで髪を後ろのシュシュで束ねている。だが美容院でパーマをかけ、化粧も全く違う特徴のものにしたせいか、遊び人という印象を周りに与えている。
昨晩、Kが警察署長、茂木刑事、朝霧に説明した作戦は以下の通りだ。
サンガンピュールは変装した上で、女科学者・久米奈緒美のもとへ出向き、協力を申し出る。もちろん、これはテロリストの本性を暴き出すための演技である。その際に、小学校時代に低身長、丸っこい顔という自分の特徴的な外見のせいで男子から深刻ないじめに遭ってきたという設定とする。そのようにすれば、男嫌い、男が滅んでもよいという考えに説得力が生まれる。
一方で、朝霧かんなはサンガンピュールの母親役とする。育児をめぐって元夫と真っ向から対立した後に離婚し、現在はシングルマザー。元夫への憎しみから、この世の全ての男を消し去りたい・・・という危険な思想に囚われたという設定である。
2人は久米ら幹部からの信頼を勝ち得た上で、様々な情報を聞き出す。その上で久米らテロリスト集団の告発、最後の手段としては久米らを殺害し、集団を内部崩壊させる。
これはヨーロッパ諸国、特にアフリカ系移民出身のテロリストによるテロ事件に悩まされているフランス情報局がよく採用している作戦である。
再び亀城公園にて。2人はKが説明した作戦内容を確認していた。だがサンガンピュールには、何かが引っ掛かる。
「そういえば、おじさんが言っていた作戦、どこかで聞いたことあるんだよねぇ・・・」
「どんなものですか?」
朝霧が反応する。
「いや、テロ組織の中に侵入して、リーダーを殺して、組織を壊滅させる・・・。あたしが小さい頃に、ママから絵本で聞かされた話なんだ」
「どんなお話ですか?」
「いや、兵隊が戦争に勝つために、敵の陣地に木馬を作らせて・・・、あと、戦争が終わったと相手に信じ込ませた上で・・・」
サンガンピュールは10年近く前の思い出に必死になって思い出していった。ロンドンで落雷を受けるよりももっと前、彼女が小学校に入学する前に絵本で母から読み聞かせてもらった伝説である。
「ひょっとして、『トロイの木馬』ですか?」
朝霧が種明かしをした。
「・・・トロイのもくば・・・?」
だがサンガンピュールはすぐに理解できなかった。
「あっ、フランス語だと、『Cheval de Troie』ですね」
「それだよ!!すごいよ、朝霧さん!」
サンガンピュールは幼少の頃に聞き慣れたフランス語を聞いた瞬間、大声を出した。
「しーっ、声が大きいですよ。もう夜も遅い時間です。この街の中にテロリストが潜んでるんですよ」
思い出して大喜びする魔法少女に、朝霧が小声で忠告した。