第3章~土浦警察署でのやり取り~
土浦警察署では、茂木刑事が待ってくれていた。
「茂木さん、土曜日なのにお疲れ~」
「いやいやいや、K君もお疲れ。週末なのに大変だねぇ。お互い様だよ」
Kと茂木は中学時代にクラスメイトだった仲である。そのせいか、非常にフランクな会話である。と、そこへ、
「すみません、よろしいでしょうか」
メガネをかけた一人の女性が刑事課を訪ねてきた。その女性はロングの黒髪で、黒縁のメガネをかけている。いかにも真面目な印象を相手に与える。
「あっ、おはようございます」
Kと茂木が挨拶した。サンガンピュールは見知らぬ女性の突然の登場にきょとんとしていた。
「あなたは・・・」
サンガンピュールが困惑しながらも言った。
「私、土浦市役所から参りました。市長室・秘書課の朝霧と申します」
この女性は朝霧かんな。土浦市長の秘書の一人である。市長は市の最高責任者として、市議会で演説したり、県庁での会議に出席したり、書類を決裁したり、市が主催するイベントで挨拶をしたりと忙しい。この町専属の魔法少女であるサンガンピュールの世話も直接担当したいのだが、そのような余裕はない。そのため、市長の分身として秘書課の人々がいるのだ。
茂木はひとまず、Kが昨晩見た光景の一部始終を聞き取りした。サンガンピュールと朝霧はじっとその様子を見守った。
「・・・事情は分かった。現場の写真ももらっておく」
茂木はそう言うと、Kから写真を預かろうとした。だが、
「待ってくれ、まだ現像してないんだよ。少し時間をくれ」
まだ現像が出来ていなかった。つい30分ほど前に撮影したばかりでもある。
「そうか、じゃあ後でいいカメラ屋さんを紹介するよ」
茂木は親切心からなのか、それとも商店街の宣伝なのか、後でお店を紹介すると言った。
だがKが撮影した写真では、実行犯が誰なのか特定できない。犯行の瞬間もとらえることが出来ていない。その時点で、茂木を始めとする警察は動けなかった。結局その日は、Kが見かけた不気味な女の身分照会を依頼したことで終わった。
「よし、じゃあ大方判明したら市長やサンガンピュールに折り返し連絡する」
茂木はそう言っただけだった。
「では、私はこれで」
朝霧が刑事課から撤収しようとした。
「ちぇ~、つまんないの~」
サンガンピュールは退屈そうにつぶやいた。これに対し、
「しょうがないよ、警察は組織で動くんだから」
とKが答えた。続いて茂木も
「そうだ。警察がみんな『あぶない刑事』での舘ひろしや柴田恭兵みたいだと思っていたら大間違い。個人プレーでやっていたら、必ず行き詰まるぞ」
と、大真面目に解説してみせた。これに対し、サンガンピュールは
「・・・・・・茂木さんのケチ!」
と語気を強めて言ってみせた。
「おい、失礼だぞ!ケチなんてこと、言わない!」
Kが思わず叱った。朝霧はこの光景を見て、
「・・・フフ、仲良さそうですね」
と微笑んだ。
「そうですか?」
Kが反応した。
「はい、いつも市長室でサンガンピュールさんのお話は伺っています。ただ、実際どんな娘なんだろう・・・と常日頃から思っていたので・・・」
朝霧が感想を言う中で、
「サンガンピュールさんって、本当にすごい人ですね」
と素直に伝えた。
「そうだよ、あたしはすごいんだもん!この町を守るスーパーヒロインなんだから!」
サンガンピュールは得意げに自画自賛してみせた。だが、
「・・・こいつ、私生活はズボラですけどね」
とKが言ったその直後、
ドン!
「痛っ!!」
Kが大きな声を上げた。サンガンピュールが自身の右足でKの左足を思いっきり踏んづけたのだ。
「そのことは言わないで!ほんと、おじさんってデリカシーが無いんだから!」
「何!?デリカシーが無いのはお前もだろ!?この前だって、自分の部屋でガリガリ君を食べてたくせに!」
署内で「親子」喧嘩が始まってしまった。そして喧嘩は次第にエスカレートしていった。
「おじさんの方がもっとデリカシーが無いじゃん!いつもあたしと同じ部屋で寝てるくせにさぁ!」
サンガンピュールがこう反論した瞬間、茂木と朝霧は「えっ・・・」と少し引いた。
「あずみや美嘉はたった一人で寝てるって言うのに!」
ひかり中学でのクラスメイトの様子を伝えると、
「分かった、分かった、それは悪かったよ。近いうちに新しい部屋割りを決めるからさぁ!」
Kが苦しみながら答えた。だが、
「じゃああたしの部屋はいつになったら出来るの?あたし、女だよ!もう12歳だよ!」
「・・・・・・」
Kはどう答えたらいいのか、分からなくなり、黙ってしまった。この光景に対し、茂木が業を煮やして
「もうやめなさい!出て行ってもらいますよ、用件も済んだことだし!」
喧嘩を無理やり止めさせた。
1分ほど沈黙が続いた中で、サンガンピュールとKの「親子」はクールダウンをした。
「サンガンピュール。・・・ごめん、言い過ぎた」
「・・・・・・」
今度はサンガンピュールが無言を貫いたままだ。そこへKが、
「・・・せっかくカメラがあるから、記念写真を撮らない?」
使い捨てカメラがあるのをいいことに、記念写真を撮影することを提案した。思えば、「親子」2人でのツーショットなんて、やったことがなかった。
ムスッとした表情が続いていたサンガンピュールであったが、撮影となると不機嫌さは少し和らいだように見えた。撮影したのは、茂木だった。
「はい、チーズ!」
「えっ?」
パシャッ!
フラッシュが光った瞬間、サンガンピュールはまたきょとんとした。なぜ日本では写真撮影の掛け声の際に「はい、チーズ」と言うのだろうか。カマンベールやサン・ネクテール、ブリーといったチーズを大量に生産・消費する国、フランスではそのような習慣はもちろんなかった。フランス人として非常に気になることであった。
撮影をした後、Kは急いで写真館に行き、使い捨てカメラの中身の現像をお願いした。もちろんその写真館は、茂木に紹介されたお店であった。
ただ、桜町で見かけた謎の女の正体は、週明けに持ち越されることになってしまった。