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第1章~不気味な高笑い~

 午後8時半。サンガンピュールのこともあり、Kは飲み会を中座させてもらった。飲み放題の食事代3500円を同僚に渡し、急いで渋谷駅へ向かった。入り組んだ迷路のような感じである渋谷駅の構内を移動する。まずは銀座線の電車に乗り、表参道まで向かう。そこからは千代田線に乗り換えて帰宅する。金曜日の夜とあってか、千代田線の綾瀬行き電車の車内はとても混雑していた。北千住でJR常磐線の快速電車に乗り継ぎ、土浦へ。Kの疲労はこの時点でピークに達していた。


 それにしても、7月中旬に自分が志願した人事異動の件はどうなっているのだろうか。年度途中での異動が普段は有り得ないのは分かってる。人事課の人も困惑していた。新卒学生の採用活動でただでさえ忙しくて悩みの多い時期の人事課だ。それなのに、自分勝手なわがままを言ってしまった。・・・だがそれでも自分にとっては、原宿を拠点に働き続けることよりも大事なことがある。それは、養子・サンガンピュールと一緒に過ごす時間を少しでも増やすことだ。自分の決断は間違っていない!・・・と都合よく解釈するKであった。


 そこからKの心の中では上司への悪口が止まらなくなった。


 「課長の野郎、俺をこき使うんじゃねえよ!厳しい任務を課せやがって」


 この日の時点でKは報告書を何件か求められていた。Kの主な仕事は旅行雑誌の取材や編集だ。旅好きのKらしく自ら現地に出向くこともしばしばで、時には何週間も海外出張ということもある。サンガンピュールと出会ったのも、2001年6月のロンドン出張の時だった。

 家庭でサンガンピュールに見せる顔とは程遠い、Kの表情がそこにはあった。世の中のサラリーマンと同じように、Kにも不満が募っている。

 「世の中、自分の思い通りには行かないからさ、仕方ねえよなあ…」

 移動すること約1時間40分。快速電車が定刻通りに土浦に到着した。時刻は午後10時半。だがそこから先、また歩かなければならない。サンガンピュールが自宅で待っている。今夜も怒ってるだろうか。ああ、こんな不甲斐ない父親を許してくれ。


 イトーヨーカドーの営業時刻はとっくに終了している。土浦駅西口のバスターミナルを出る関東鉄道バスは、あと1本しかなかった。つくばセンター行のバスしか残っておらず、かなり静まり返っていた。1日の終わりを象徴しているかのようだった。彼はバスには目もくれず、暗闇の土浦の町を歩き始めた。つくばセンター行のバスとは通る経路が全く違うからだ。取り敢えず千束町の交差点を目指す。駅西口から八間通りを西へ進む。いつも通いなれた道だが、最近は特に寂しさを感じる。

 そんな中、桜町3丁目の交差点の近くを歩いている時のことだった。


 「・・・フフフフフ・・・」


 Kは路地裏にある怪しい工場から、これまた怪しい女の笑い声を聞いた。そしてそれは、日本中を巻き込む恐ろしいことであった…。


 「これで私のウィルスを作る計画が整ったわ。これで茨城県はおろか、日本中から男を消し去ることも可能になるわ!今までこの世の絶対悪・男たちに虐げられてきた私たち・女が、逆襲するときが来たのよ!オホホホホ…」


 非常に穏やかではない発言だ。


 「さすがお姉様!これで私たちの理想の世界が近付きましたね!」

 「お姉様と共に、地獄の果てまでついて参ります!」


 部下だろうか、それとも太鼓持ちだろうか。いずれにしても何と恐ろしいことであろう。不気味な女の声を聞いたKは、これは大変だと思い、家路を急いだ。ボイスレコーダーを携帯していなかったことがとても悔しい。急いで千束町にある自宅に帰った後、自身が聞いた女の発言をサンガンピュールに知らせた。


 「ただいま!」

 「お帰り、今日も遅か・・・」

 「おい、サンガンピュール、聞いてくれ!」

 玄関へと迎えに来たサンガンピュールの両肩を、Kが激しく揺らした。

 「分かった、分かったって!おじさん、離してよ!」


 Kは桜町で聞いた怪しい女の発言を報告した。

 「それ、ほんとに!?」

 発言を聞かされたサンガンピュールは真剣な表情だった。だがその反面、事件の予感がするということで、ワクワクしていた。

 「そうだ。さらに驚くべきことは・・・」

 Kはまた、詳しいことを報告した。

 だが、話を聞いたサンガンピュールの反応は薄かった。

 「・・・でもおじさん、正気?殺人ウィルスなんて…」

 「正気って・・・。正気だから伝えてんだよ!事の重大さが分かってんのか!?炭疽菌(たんそきん)みたいな殺人ウィルスが迫ってんだぞ!俺は確かに聞いたんだ!」

 Kは声を荒げて言った。ボイスレコーダーを所持しておらず、証拠が何もない分、必死に訴えるしかなかった。炭疽菌といえば、一昨年の9・11テロの直後にアメリカ国内で大量に出回った劇物の粉である。もしそれと同等のウィルスをばらまかれれば、取り返しのつかない事態になるとKは十分に予想していた。

 時刻は午後11時になろうとしていた。Kは市長に緊急の電話を入れた。

 「夜分こんな時間になんだろう」と市長も少なからず思っただろうが、耳に飛び込んできた情報はとても恐ろしいものであった。


 「えっ・・・、殺人ウィルス!?」

 市長は信じられない通報に驚愕した。

 「もしそれが本当だとしたら大変なことになるぞ!明日、緊急の会議を開こう。Kさん、重要な情報をありがとうございます」


 市長は市を挙げて対策を練ることを約束した。

 今度の相手は科学者とみられる女。サンガンピュールの新たな戦いが始まろうとしていた。

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