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クリス

次男クリス・ホワイトのお話です。

 ホワイト家次男、クリス


 エミリーの8歳年上の彼は、妹が来た日のことを鮮明に覚えていた。


 日曜日の朝だった。ベッドで寝ていたクリスは、部屋の外から赤ん坊の泣き声らしきものを聞いた。最初は窓の外からと思ったが、どうも違う。家の中から聞こえてくる。ベッドから降り、部屋から出ると…母親が椅子に腰掛けながら、可愛い赤ん坊を抱いてあやしていた。


「あ…赤ちゃん?」


疑問文になってしまったのは、まだ自分は寝ぼけていると思ったからだ。その姿を見て、フローラはクスクスと笑いながら答えた。


「そうよ〜あなたの妹よ、クリス。あなたはお兄ちゃんになったの」

「僕が…お兄ちゃん?」

「そう!よろしくね、お兄ちゃん」


 【お兄ちゃん】


 母親からその言葉を聞いて、クリスはとても喜んだ。寝ぼけているわけではなく、目の前には本当に妹がいる。8年間、自分は弟として家族と過ごしてきたが、兄になり喜びを感じていた。可愛い、天使のような赤ん坊…それがエミリーだった。

 ただ、少しだけ違和感があった。記憶の中にある言葉で、自分が兄になるのは来年だと母親から聞いていたからだ。


「ママ…赤ちゃんはどうして早く来たの?」


率直に聞いた。母親のお腹はワンピースで隠れていて、赤ちゃんが生まれた後かどうかも判断できなかった。母は少し戸惑いながらも、気持ちを切替え笑顔でクリスに伝えた。


「お兄ちゃんが起きたら一緒に詳しく教えるから、それまで待っていられるかしら?」


その時は『いいよ』と返事代わりに頷き、母親と赤ん坊の顔を見つめた。



 

 クリスが大学生の時だった。貴族でも王族でもない兄が、騎士団へ正式に入団が決まったと家族に報告した。

 兄とクリスはブライト家の勧めで、小学生の頃から馬術、剣術、マナーを学んでいた。彼らが誘われた時、両親は財力が無いと学ぶことを断ったが、素質があるからと金銭も含め全面的にバックアップすることを約束した。

 兄の騎士団入団の報告には正直、驚いた。騎士団は庶民は簡単に合格できない。入団には貴族の身分が最優先されるが、時に例外がある。

 

【貴族または王族が後継人】


この条件に当てはまるのがクラウド家だ。彼の後継人にブライト家がいるのが、間違いないだろう。

『なぜ騎士団に入団したのか…』

口に出さず考え込んでいた時に、横で座っていたエミリーが立ち上がり大声を出した。


「騎士団なんて…そんなの嫌!!」


俯きながら自室へ駆け込み、中から鍵を閉めた。


「エミリー?」「どうしたの、エミリー!?」「何があったんだ?」「そこ俺の部屋でもあるんだけど…」「嫌って…一体どうして?」


一人を除き家族がエミリーを心配し、部屋の外から声をかけた。クリスがドアの前に立つと、微かに泣き声が聞こえてきた。表情までは読み取れないが、悲しくて泣いていることだけは声だけでも十分に伝わった。

 ただ、家族全員が部屋の前に居てはエミリーは出てこないし、事情も話す気にはならないと考えた。


「ここは僕に任せてもらってもいいかな?」

「いや、俺が事情を聞く」

「兄さんが原因かもしれないのに、話してくれるとは思わないよ」

「俺が聞こうか?」

「ジェイクは…双子でわかる部分も多いと思うけど、お姫様をお城から出すには難しい性格かな」

「ん!?クリス兄さん、それってどういう意味??」

「ここで言い争っても仕方がないよ。ジェイクは僕の部屋を使っても構わないから、この部屋に入るのはエミリーが落ち着いてからにして」


兄弟の誰がエミリーに聞くかを言い争っている姿を見て、両親が後ろから声をかけた。


「意見がまとまらないものね」

「まあな。本当は女同士で話をするのがベストかもしれないが、騎士団についてはフローラにわからないことが多いと思う…そう考えるとクリスがベストだろうよ」

「さあ、2人は部屋の前から離れて!ここはクリスにお願いしましょう」

「ありがとう、父さん母さん」


 両親からのアシストを受けることができ、笑顔で礼をした。この場はクリスだけになった。だが、部屋の中からまだ泣き声が聞こえてくる。ここは何もせず、エミリーが落ち着くまでドアの前で待つことに決めた。

 部屋に閉じ籠ってから1時間以上経った頃には、泣き声が止まるようになってきた。彼女は落ち着いたのか泣き疲れて止まったのかはわからないが、話すには絶好のタイミングだと判断した。


【トントントン】


クリスはドアを小さく叩いて声をかけた。


「エミリー、僕だよ」


声をかけたが返事が無い。

『眠ってしまった?』

そう思ったと同時に、中から物音が聞こえた。起きてはいるが、返事をしないだけだった。

『まだ起きているなら話ができる』

一度ドアの前から離れてキッチンへ向かった。


 ドアの前へ戻ってきたクリスの手にはトレイに載せたティーセットがあった。左手でトレイを持ち、空いた右手でもう一度ドアを軽くノックしてからエミリーに声をかけた。


「エミリー、喉が渇かない?僕特製のミルクティーを淹れてきたから、一緒に飲まないか?」


中からパタパタと音はした。また無言で終わると思ったが違った。


【ガチャ】


 部屋の中から鍵を開ける音が聞こえた。飲み物に釣られたのかもしれないが、エミリー自身で鍵を開いた。ただ、ドアを開ける様子はない。

『まだ気持ちは塞がっているかな』

もうひと押しと感じつつも、扉の向こうにいるエミリーに優しくそっと声をかけた。


「可愛いお嬢様、宜しければ僕と一緒にお茶を飲んでいただけませんか?ここには僕しかいませんよ」


【ギイィー】


 ドアがゆっくりと開いた。部屋の中には可愛い顔…では無く、泣きすぎて目が腫れた顔のエミリーが立っていた。一瞬驚いたが、それよりクリスは嬉しかった。彼女が心を開いてくれたことを。


「中に入っても宜しいですか?お嬢様」


 エミリーはクリスの洋服を軽く摘んで部屋へと招き入れた。部屋の中に入ったクリスはティーカップにミルクティーを入れて、そっとエミリーに差し出した。カップを受け取ったエミリーは口につけ飲んではいるが、その表情は冴えないままだ。


「今日は落ち着くまで一緒にいるから。落ち着いたら僕に…」


最後まで話す前にエミリーから抱きつかれた。クリスの胸元にエミリーの顔がある。そして泣き声がすぐに聞こえた。


「今日は何も聞かないから。落ち着くまで一緒にいるよ」


優しくエミリーの頭を撫でながら問いかけた。良い駄目の返事は無いが、離れないということは良いのだろう。

 クリスはエミリーの身体を抱きかかえ、ベッドの上に寝かせた。クリスはベッドの横に座り、エミリーだけを寝かせようしたが、そこは意思疎通ができなかった。エミリーは自分の横を【ポンポン】と叩いた。それは小さい頃からしている『一緒に寝たい』の合図だった。


「エミリー、それはちょっと…」

「ジェイクは寝るよ?」

「はぁ…ジェイクとは一緒に寝ているのか」


 エミリーがやっと声を出したことよりも、ジェイクとエミリーがまだ一緒に寝ていることの衝撃の方がクリスには大きかった。


クリスは気付いていた。

【ジェイクとエミリーは双子ではない】

【エミリーは実の妹ではないかもしれない】


 気付いたのは学校の授業だった。

【人間の子供は受精後10ヶ月ほどで生まれる】

この条件にエミリーとジェイクが当てはまらないのだ。そして産まれてすぐの赤ん坊は個人差があるものの、身長50cm前後で体重は2800〜3800gの間が多い。そのことにもエミリーが全く当てはまらない…彼女と初めて対面した時はやや大きかった。それに付け加えて両親からの約束…そこから導き出された先程の結論だった。

『エミリーはまだ12歳だから矛盾には気付いていないはずだ』



 クリスはエミリーの頭を撫でて添い寝を始めた。

実の妹ではないかもしれないが、自分にとっては大切で可愛い妹だからだ。


「今日はゆっくりおやすみ、エミリー」


甘く囁きエミリーの頬にキスをした。そして目を閉じ心に誓った。


【あの結論は胸の内に秘めなければならない】

クリス……ジェイクより長い!とかツッコミを入れないで下さいね。


寝ぼけてクリスをヘンリーにしていた箇所があり、読み直した時に「執事が何でいる??」と一人で混乱しました…。

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