決戦前夜
準決勝が終わり、いよいよあと一つ――決勝の舞台が明日に控えるのみとなった。
この長かった大会も最終盤。
大会に参加して俺の目線はだいぶ変わってしまったが、勝って優勝するという決意は健在だ。
決勝の相手はロラン。
驚くと言うべきか妥当と言うべきかわからないが、俺にとっては嬉しいことである。
準決勝ではなんとイスティのSランク冒険者相手に圧倒してみせたようだ。
ロランの準決勝は俺の試合の後でおこなわれたが、あの試合の後、心がすり減った俺はその試合を見ることができなかった。
しかし噂はすぐに回り、夕方には宿屋に戻っていた俺のもとへ届いた。
あのオーラを発してからはやはりそれまでとは別人のような強さだったらしい。
その試合を見た者からは俺よりも強いのではという予測をしている者もいるとのこと。
やはり、最高の親友にして最大のライバルである。
この日はコロッセオにて前夜祭がおこなわれる。
決勝参加者の俺とロランは招待され、半ば強制参加である。
「なんとかここまできたぜ」
他の長椅子様の観客席とは違う。
一つ一つ独立した席があり、手もたれまでついた土製の座席。
横に座ったロランが俺の方を見て感慨深く言ってくる。
「そうだな。本当に決勝で会えて嬉しいよ」
月明りに照らされるコロッセオ。
幾多の松明が舞台を照らす。
観客からはやはり興奮の声があげられ、夜の静けさはそこにはない。
「今回は余裕とはいかないからな?」
そう言って白い歯を見せるロラン。
「そうだね。でもやっぱり勝ちは譲れないな」
舞台では楽団による美しい演奏がなされる。
いくつもの楽器が乱れず、一つの曲を作りだす。
芸術にはあまり知識はないが、これが高いレベルにあるのは俺でもわかる。
「ははは。今度ばかりは俺が勝つさ、この身が――」
楽団の演奏が終わり大きな拍手が沸き起こる。
割れんばかりのそれにロランの言葉が打ち消される。
「え?」
「なんでもないさ。ほら、次は芸団だぞ」
まるでピエロのような派手な格好の人が出てきて、頭の上で大きく手拍子し皆にもするようを促す。
綺麗に大きな手拍子になったところで舞台の真ん中に大きな玉が出てきて、そのうえで団員が曲芸をおこなう。
人間業とは思えない体の柔らかさや体幹を駆使して芸をおこない、会場もヒートアップしていく。
ロランもこういうのが好きなのだろう、「スゲー!」などと言い目を輝かせていた。
確かにこれはすごい。
サーカスと似たような感じだが、本当の魔法をも使用しておこなうそれは実に壮大だった。
レイとファフニールも楽しんでいるだろうか。
まあ、少なくともファフニールは楽しんでいるだろう。
レイはファフニールに無理やり連れ出された感じだったので疲れた顔をしているのだろうか。
♢
やがてすべての演目が終わり、ケトが直々に俺たちを観客に紹介して前夜祭は終了となる。
「おう主人! すごかったな! あれも人間なのか?」
ロランと共に会場を出るとすでに2人が待ってくれていた。
やはりファフニールはあの芸団が気に入ったようだ。
飛び跳ねて興奮を俺に伝えてくる。
「ああ、もちろん人間だよ」
少し笑いそうになりながら返事をする。
「そうかそうか! 人間とはかように曲がるものなんじゃな!」
自分の人間の体で真似をしようとするそいつに遂に笑ってしまう。
「こら、恥ずかしいからやめなさい」
周りにはまだコロッセオを出た観客が多く歩いている。
レイはその人をキョロキョロ見ながらファフニールを制止させた。
「うむ……難しいのぉ」
結局できずに諦めて残念そうにするファフニール。
「それじゃあ俺はここで失礼するよ。ロビン、明日は全力で戦おう。レイさんにファフニールちゃんもまたね」
「ああ」
そういって小さく手を振るロラン。
「おう! まったなー!」
軽く一礼するだけレイと反対に大きく手を振って見送るファフニール。
その姿にロランも笑顔を見せ、振り返って歩き出す。
いよいよ明日だ。
久しぶりのロランとの試合。
観客のことは気にせず、試合を純粋に楽しもう。
俺は拳を下した手につくった。
「ロビン」
「ん?」
レイが俺を呼ぶ。
「ちょっと頭を下げて」
「え? これでいい?」
俺が頭を下げるとレイは俺の頭上に両手を上げ、首に何かが下される。
首に吊るされたのはネックレス。
皮の紐、真ん中には深い紺青色で丸い宝石。
海の底のように光を吸収し、散りばめられた金色の星が光り輝く。
「これは?」
「プレゼント。ラピスラズリっていう宝石よ。幸運をもたらす聖なる石だそうよ」
幸運をもたらす聖なる石か……。
俺はその宝石に目を奪われていた。
「気に入ってくれたかしら?」
「ああ、とても。とても気に入ったよ。ありがとうレイ」
「それならよかったわ」
手に付けたブレスレット以来のプレゼント。
しかもファフニールのネックレスと一緒に作っただろうから手造り。
俺のためにしてくれたことがかなり嬉しく、感動する。
きっと今の俺の顔は変に綻んでいるのだろう。
「せこいぞ! 主人だけか? 我にも、我にもよこすのじゃ!」
レイに迫るファフニール。
それを「はいはい」と押しのけてレイはファフニールの右手を取る。
「なんじゃ? この黒いのは」
小指に付けられたのは真っ黒な宝石のついた指輪。
ようやくファフニールの格好に赤以外の要素ができたか。
「ブラックダイアモンドよ。カリスマ性が上がるらしいわ」
「カリスマ?」
「存在の大きさということよ」
「そうなのか。うむ、それはよいの!」
俺だけのプレゼントじゃないのは少し残念だが、この方がいいだろう。
ファフニールも気に入ったらしくその指輪を天にかざして見ている。
「その宝石らしく、少しは大人しくしてほしいっていう願いもあるかしらね」
「むぅ……なんじゃと!」
さっきまでの喜びがその一言で曇り、頬を膨らませる。
本当に表情豊かなやつだ。
それを見てレイが微笑みを見せる。
彼女にはめずらしい冗談なのだろう、それほどに仲が良くなっている証のようで俺は嬉しい。
「レイの自分のものは?」
「そうじゃ、もう一つあったはずじゃぞ?」
「それはまだ内緒よ」
相変わらず秘密が多い女性だ。
でもいつか、彼女の全てを知りたい。
久しぶりに優しい表情を見せる彼女に俺はそう思った。




