彼女の過去を彼はまだなにも知らない
異常な雰囲気が収まらないまま、勝者は舞台を後にする。
舞台に残されるは無残に命を刈り取られたギゼノン軍兵士。
もちろんそれは舞台を自ら降りることが叶わない。
戦地から戻ることのできないその2つに分かれた肉体は、勝者と入れ替えで舞台に入ってきた2人のスタッフによって処理される。
物を扱うよう、粗雑に処理されるそれに対し観客は興味がなさそうである。
まるでそれが当然がごとく、なんの疑問ももたないかのようだ。
人が死んだ、しかも自国の兵士が殺されたのだ。
なぜ称えないのか、なぜ悲しくならないのか。
これが強さを求めるギゼノンの国民性とでもいうのだろうか。
もちろんお互い凶器を持って攻撃をするのだ、時には死に至ることもあるだろう。
本当にゲームの世界だったらそうはならないかもしれないが、これは似た世界でありゲームではない。
しかし、先程の試合や観客の反応は敗者に敬意を欠いた行為である。
気持ちの悪い光景に俺は閲覧席を後にした。
♢
会場の前には大きな木製の掲示板がある。
トーナメント表が黒く大きく描かれ、スタッフが大会の進行を書き込んでいる。
赤の線を表に重ねて勝者は次に進み、敗者の名前は塗りつぶされる。
おおよそこの制度は俺の知っている前世のトーナメント表と遜色ない。
俺はその掲示板で次の対戦相手を見る。
初日に貰ったトーナメント表の紙は更新されないので、あの日以来見ていない。
誰が相手でもいいと考えていたが、次の相手は別だ。
「アルダシール=シャー……か」
話しに聞いたことがある。
アライサムギルドAランク冒険者。
パーティを組まずに常に単独で難クエストに挑み、次々と達成しているらしい。
Aランクだが、その実力はSランクに匹敵するという。
なるほどあのアルダシールか、強いわけだ。
しかしあのような行為を容認することはできない。
「ロビンとアルダシールが当たるのか! お前さんはどう思う?」
「やっぱロビンが勝つんじゃね?」
「それじゃあ俺はアルダシールに賭けるぜ、あのオーラはなかなかだせはしねえ。お遊びしてるロビンは足がすくわれるぞ?」
宿屋に戻る為、掲示板を背に歩き出すとそんな会話が耳に入った。
すでにこのカードは注目を浴びているらしく、勝者予想をしているようだ。
相手が勝つと予想している人には残念だけど次の試合、絶対に俺が勝つ。
♢
「おう、戻ったか主人よ。どうじゃったか次の相手は?」
「どうしたの? 暗い顔して」
宿屋に戻ると先に帰ったレイとファフニールがレイの部屋で2人話をしていたようだ。
レイは鋭く、俺の表情をみてなにかあったのではないかと察したようだ。
「実は――」
俺は観戦した試合のことを話した。
「そう」
話を終えるとレイがそっけなくそれだけ答える。
それではあの観客と同じじゃないか、それとも俺がおかしいのか?
「それだけ? レイも変に思わないの?」
「言ったはずよ。あの場所はそんなに良いところではないと」
確かにレイはずっと言っていた――あのコロッセウムが嫌いだと。
「レイは闘技場が本当はどういったものか知っているの?」
前は何も答えてくれなかったことを再度聞く。
「ええ、痛いほどよく知っているわよ……」
暗い表情でそう返す彼女。
やはりレイは過去にあそこで何かあったのだろうか?
「良かったら話してくれないか?」
前とは違い反応を返してくれたレイにもしかしたらと思い追及する。
しかし、それはやはり嫌なようで彼女は黙ってしまう。
「そうか。嫌だったらいいんだ」
無理に追及するつもりはない。
レイに何か暗い過去があるのは奴隷だった境遇からわかるのだから。
そう言って話題を変えようとすると彼女は首を左右に小さく振り、俺をまっすぐに見つめて口を開いた。
「いいわ。話してあげる。けれど条件があるわ」
あのかたくなに話さなかったレイがそう言った。
どういった心境の変化だろうか。
いや、その前に条件はなんなのだろうか。
「約束通りこの大会勝って優勝して。そうすれば話してあげるわ私とあの場所のこと」
「ああ、俺は約束は絶対に守るよ」
そんな条件ならばお安い御用だ。
もとより優勝するつもりなのだから。
その意思がさらに強くなっただけ、レイをもっと知るためにも優勝は絶対だ。
俺がレイの碧眼をしっかりみて言うと彼女はコクリと頷いた。
「うむ、約束は守らねばならぬものじゃな! 我もレイの過去を知りたいぞ」
「ロビンが優勝したらね」
ファフニールが喋るとなぜだか場が和らぐ。
その少女の見た目がそうしているのか、性格がそうさせているのか。
レイも先ほどまでの険しい表情から気づくと優しい表情になっていた。
♢
「この時を楽しみにしてた」
「あなたにそう言ってもらえて光栄ですね、アルダシールさん」
第4回戦。
舞台の上、俺の前にはアルダシールがその漆黒の装備を纏って立つ。
「どうして前の試合、降参した相手の首を刎ねたんだ?」
ジロッと一回り大きい相手の目を見て問う。
「さあて、なんでだったかな。忘れちまったよ」
光を飲み込むように黒い剣の背を自らの肩にトントンとし、ニヤリと笑みを見せていうアルダシール。
それはまるで俺を挑発するようだ。
「そうか、それは残念だ」
互いに近づいて短剣と漆黒の剣が交わる。
――絶対に勝つ!
間合いを取って戦闘態勢に入ったところで先手必勝。
一気に跳んで距離を詰め、その勢いのまま俺は短剣を振るった。