その魔法、本当に基礎魔法ですか?
なお砂塵が地上を覆う。
その中から奇妙な赤い影だけが活発に活動している。
「あれがバジリスクか」
「どうするの?」
「まあ、やれるだけやって駄目ならその時はその時だ」
「何よそれ……」
「とりあえず、しっかりとしがみついておいてくれ」
盛られた伝説というのは撤回だ。
もはや、木陰すら見えない。
俺にしっかりとしがみつくようレイにさとすと、首に回したレイの力が上がる。
「キルシックル」
赤い影が大きくなる。
さあ、来い。
バジリスクが大きな口を開き、その尖った二本の牙を見せつけ、迫る。
俺はその上から大鎌を頭頂部に向け振り落とす。
「やっぱり、硬いか」
先ほどまではこの鎌で容易に両断できていたが、今のこいつを突き刺すことも難しいらしい。
だが、なんとかその衝撃で口を閉じ、攻撃を防ぐことはできた。
そのままバジリスクの頭は地面に振り落ちる。
いや、違う。
影が俺たちを覆う。
砂を固めた尻尾が上から落ちてくる。
牙での攻撃はダミーだったか。
スキルで防ぐには時間が足りず、右腕で防ぐ。
岩を思いっきり打ち付けられた衝撃が走る。
冒険者になって初めてダメージを負った。
さすがは厄災級の魔物、バジリスク。
俺じゃなければ今の一撃で地面に打ち付けられていただろう。
だが、今回は相手が悪かったな。
俺はその程度ではビクともしない。
左上の赤いHPゲージの減少も極僅かである。
再びバジリスクは地を這う。
俺の持つスキルで一番強い斬撃が《キルシックル》。
一番強い打撃が《オーガスタンプ》。
他には毒や糸を使ったスキルなどもあるが……。
まあ、今日はこの辺でいいだろう。
レイを抱えたまま戦うこの状況。
これ以上試してもリスクが上がるだけだ。
「レイって職業は魔法使いになりたいんだよな?」
「ええ、まあ。そうね」
「それじゃあ見ておくといいよ」
「何を?」
レイは不思議そうな顔で俺を見上げている。
さあ、そろそろお遊びは終わらそうか。
いや、別に遊んでいたわけではないけれど。
「ファイアボール」
俺の右手の平より火球が出現。
その小さな火の玉を空へふわりと上げる。
俺達の上方で留まる火球。
そこへ俺は魔力を注ぎ込む。
「え?」
レイは驚きの表情を見せる。
上空の火球はみるみるうちにそのサイズを大きくしていく。
それだけではない。
本来赤いはずのその炎は次第に青みを帯びていく。
やがて人間よりも大きく、空の青さよりも濃い蒼の炎球となる。
その球は周りの酸素を取り込んで焼き尽くし、縁はモヤモヤと妖しく煌めく。
「それは何?」
レイはその可愛らしい小さな口をポカンと開け、その炎を見上げている。
「何って、ファイアボールだよ」
「ファイアボール……これが、ねぇ」
さて、それじゃそろそろ終わりだバジリスク。
砂塵の中、止まった赤き輝きに蒼き輝きを落とす。
地上に落とされる蒼炎の塊は塵を飲み込み、勢いを増して地上に落ちる。
砂が覆っていた一面が炎で埋め尽くされる。
メラメラと塵や物体を燃やし尽くすその様は綺麗で冷酷だ。
それはバジリスクも例外ではなく、砂塵が舞っていた中心に長い物体が丸まって焦げている。
そして頭部にあたる部分は今なお燃え盛る。
「あなたって本当に規格外よね」
焦げた砂漠の大地。
バジリスクがなぎ潰した木は勿論、泉さえもそこには存在せず、オアシスだった面影はない。
その凄惨な地上を見てレイが言う。
しばらくしてバジリスクの頭部の炎が収まり黒焦げた物体が姿を見せる。
形はその姿を保っていたが、一陣の風が吹くとそれも風に乗って崩れていく。
今度こそバジリスクを倒した。
右上の討伐数もカウントされており、クエストのクリアが確認できる。
それを確認し、ゆっくりとレイを抱えたまま地上に降りる。
「最初っからこれをやればよかったんじゃない?」
レイが俺に疑問をぶつける。
「盗んだ物で戦ってこそ盗賊っぽいでしょ? このスキルも使えば使うほど強くなるかもしれないしさ。それに――」
「それに?」
「こんなの最初から使ったらせっかくのオアシスが台無しだよ」
「もうこのめちゃくちゃなのも慣れないといけないわね」
俺が答えるとレイは一つ溜息をついてぶっきらぼうに言う。
そして俺の目を見上げ、少し睨み付けるような感じで俺に言う。
「それで? いつ降ろしてくれるのかしら?」
そうだ、まだレイを抱えたままだった。
さっきまでは全然意識していなかったが、今の格好はお姫様抱っこのそれである。
いざ意識すると俺の煩悩が五感を働かせる。
服の上からだが左手に柔らかい太ももの感触。
首に巻かれたスベスベの細い手。
当たるか当たらないかってところにある程良い胸。
肩の高さ、サラサラの綺麗な金髪がすぐそこにあり、甘い匂いが鼻腔を刺激する。
「聞いてる? 私だって、恥ずかしいっていう感情はあるのよ」
「あ、ああ。ごめん」
おっと危ない、また煩悩に支配されるところだった。
慌てつつも丁寧にレイを地に降ろす。
そっぽ向いたレイの頬は少し赤らみ、普段とは違うその姿に俺はドキッとしてしまった。