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天罰?

 俺、取野攝斗(とるのせつと)は無職の32歳である。

 生まれてこの方32年間、正社員はおろかアルバイトさえしたことがない。

 親の脛をかじってここまで生きてきたのだがそれも去年勘当されてしまった。


 つまり今は家なき子?である。

 仕方なくニート脱却のため就職活動なるものを初めてするも、社会経験のない30過ぎに社会は厳しく、就職の当てが全くない現状である。


 ふと食べ物を買おうと財布の残金を見る。

 ――あと1300円ちょっとか……。

 親からの手切れ金も底をつきかけていた。

 こんなんじゃあ明日にも生きていけなくなってしまう。

 

 ネカフェにすら泊まれないな。

 とりあえず食べ物だけでも買うか。


 コンビニに寄っておにぎりと飲み物を買う。

 ――残金1000円と少し。


 はぁ、どうしたものか。

 夏の日差しが暑い。


 「はあ……」


 夏の暑さが体力を奪う。

 失った水分を補給するために飲水し、少なくなったペットボトルの中身を見て精神が蝕まれる。


 ここはオフィス街。周りにはスーツ姿の男女が行きかう。

 このよれよれの汗びっしょりのスーツじゃ面接とかそりゃ受からないよな。

 ピシッと決まったスーツ姿と自分を見比べそう思う。

 家を出される前よりも大分痩せてしまい、サイズさえ合っていないのだ。

 

 お腹が空いた。

 さっき買った2日ぶりのおにぎりだけでは全然足りない。

 もっと食べたい。もっと飲みたい。もっといい所で寝たい。


 何度財布を見ても残金が増えているはずもなく溜息ばかりが漏れる。


 気づくと目の前には銀行。

 昼時ともあり、昼休みのサラリーマンやOLが多く出入りする。

 

 そんな中一人のおばあさんが封筒を手に持って出てきた。

 俺は何故かこのおばあさんから目が離せない。

 まるで他の人などいないかのようにぼやけ、そのおばあさんだけがはっきりと見える。


 良さそうなかばんもっているなぁ。

 あっ、かばんに封筒を入れた。

 どんだけ下したのだろう……。

 1万? 2万? 5万? それとも、もっと……。


 俺の脳が急に活動を始めたのが分かった。

 自分が自分じゃないかのように脳が猛スピードで回転し、体が動く。

 精神が追いつかない。

 聞こえるのは自分の息遣いと心臓の高鳴り。

 まるで周りの時が止まっているかのようだ。

 

 そして俺はおばあさんのかばんに手を伸ばし――。

 バシッとおばあさんの持つかばんを取り上げる。


 「どっ! 泥棒! 私のかばん! 誰かそいつを捕まえておくれ!」


 おばあさんの声が小さく聞こえる。

 俺の体は走った。

 その鍛えていない体のどこにそんな力があるのか不思議なくらい疲れない。

 動く、動く。

 

 そして路地に入り暗影に身を寄せる。

 ビルの壁を背にもたれかかると、それまでの疲れが嘘のように一気に出てきた。

 上がる呼吸、目の前がぐにゃと揺れている。

 

 そして呼吸を整えていると自分がした事を頭が思い出させてくる。


 「や……やっちまった……」


 ハア、ハアと未だ上がる呼吸に疲れとは違う冷や汗がどっさりと噴出する。

 盗みをやってしまった。

 手にはしっかりと高そうな皮のかばんが握られていた。


 ど、ど、ど、どうしよう。

 やってしまった、やってしまった。

 なんてことをやってしまったんだ。

 終わりだ、終わりだ。

 俺の人生、終わりだ。


 どうする?

 このまま逃げる?

 

 いや、警察に行くべきだ。

 警察に行って、おばあさんにしっかりと謝れば少しは許してくれるかも。

 よし、行くぞ。


 「よいしょっと……あれ?」

  

 腰が抜けて立ち上がることができない。

 はぁ、情けないなぁ……。


 暗がりから不意に天を見上げる。

 今日は天気が良い。空は青く雲のひとつも見えやしない。

 今の俺とは正反対のようだ。

 

 ん? 何だあの光は。

 ピカッと昼間なのに小さい星みたいな輝きが見えた。

 それがどんどん大きくなって――おいおいおい!

 隕石じゃないか!?

 しかもこっちに向かってきているし。


 逃げないと、逃げないと。


 「動け、動け、動けよ!」

 

 しかし相変わらず立ち上がることすらできない。

 ズルズルと寝そべったまま匍匐前進(ほふくぜんしん)で進む。


 「あれ?」

 

 頭部に衝撃が走る。

 急に視界が暗くなり、何も見えない。


 そうか、俺、死ぬのか。

 さっきまで必死だった脳がやけに冷静に事態を飲み込む。


 昔の記憶が鮮明に思い返される――なるほど、これが走馬灯か。

 思えば良いことなんてほとんどない人生だった。


 学生時代は勉強もせず、友達と呼べる人もいなく、ゲームばっかりしてた。

 当然運動なんてものもせず、体育の授業ではドベか足手まといだったな。


 なんとか親に無理やり行かされた底辺の高校でも変わらず、卒業するのが精一杯だった。

 露骨ないじめまではいかないが、いじられることはよくあった。


 そんな俺に青春なんて甘酸っぱいものは当然なく、彼女いない歴=年齢の万年童貞。


 まあそうこうして就職もできず、家からも追い出され、今に至るわけだ。


 あぁ、次の人生は努力しよ。


 走馬灯が終わりを迎え辺りが白く包まれる。

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