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1--21 父子

 クマタカの質問に父は眉根を顰めた。夜汽車回収の帰路、電車の上で風を受けながらクマタカは父に向かって身を乗り出す。


「ネズミの駅を知る者はいません。奴らの乗りまわす機械も武器もどんな構造をしているのか誰も知らないし、カメのところでさえあんな物は作れないでしょう。私たちを攻撃してくる理由も不明です。でもマキさんたちが持っていたのはネズミの武器でした。それにあの乗り物…」


「『マキさん』?」


「イヌマキさんとシャクナゲさんの夫妻です」


 クマタカは言い直す。父はまた眉根を顰めると真っ直ぐに前を向いた。クマタカはその横顔に報告を続ける。


「イヌマキさんたちが塔から来たというのは事実だと思います。彼らの技術はうちなど足元にも及ばない。駅の電気供給も彼らのおかげで安定したし、空調なんてものがあるなんて私は初めて知りました。あれがあれば昼夜も季節も問わず常に快適に過ごせます。植物の生育だって驚くほど捗っているしこの調子で行けば他所の駅の分も賄えるかもしれません」


 それよりも他所にもこの技術を教えた方がいいのではないだろうか、と言いながら気付き、「広めるべきか」と口中呟く。それから再び父に向き直り、「いずれにせよ、彼らが来てくれたことでうちは驚くべき恩恵を得たのは事実です。でも、」


 そこで言い淀む。でもあれはネズミの乗り物だった。あれはネズミの武器だった。


「でも、ネズミと同じ技術を有しているんです。そこで仮説を立てたのですが、ネズミは塔の近くの駅に住みついているのではないかと」


 父の口元が一文字に結ばれる。気付かずクマタカは続ける。


「ネズミはト線ではなく本線の中の駅に住んでいるのではないでしょうか。より塔に近い駅に居を構えることで塔に侵入し、技術を盗み、その技術でもってト線まで降りてきて私たちを攻撃しているとは考えられませんか」


 あの乗り物もあの武器も、ネズミが乗りまわし、使いこなしているのを見てきたからネズミの物だと思い込んでいた。それをイヌマキたちが持っていることに驚きを隠せなかった。イヌマキたちがネズミと繋がっているかと訝った。彼らが自分たちを出し抜くつもりで接触してきたかと持ちたくもない疑いを抱かずにはいられなかった。しかし元々は塔の技術で元々はイヌマキたちの持っていた技術だと考えれば、全ての辻褄が合う。


「それで」


 父が口を開いた。クマタカは父の横顔を見上げる。


「仮にお前の仮説どおりだったとして、お前はどうしたい?」


「決まっています」クマタカは拳を握る。「ネズミの住む駅を特定し、奇襲をかけて一斉駆除です」


 父がちらりとクマタカを見下ろした。クマタカは勢いづいて続ける。


「奴らに連れ去られた女は数知れません。絶対に帰って来ないことを鑑みれば全員殺されたと考えるのが妥当でしょう。男たちもどれほど殺されたことか。辛うじて生きていたとしても働ける状態にまで回復する者はほんの一握りです。うちだけじゃありません。ネズミの被害はどこの駅でも死活問題です。奴らは話し合いにも応じないし捕らえたとしても絶対に口を割らない。よくわからない病気をもっているから搾血も出来ない。奴らを何とかしない限り私たちは常に危険に晒され続けます」


「どうやって特定する?」


 クマタカは答えあぐねる。そんなこと、わかっていればすぐに進言している。何も妙案が浮かばないからこそこうして指示を仰いで知恵を貸してはくれぬかと期待したのに。

 父は首巻きの中で息を吐いた。電車の走行音の中、聞きとれるはずの無いその音をクマタカは目で読み取った。何が父を落胆させただろうと考える。むしろ褒められる価値さえある提案だと思っていた。


「クマタカ、」


 部下としてではなく息子として呼ばれた気がした。


「あまり彼らに深入りするな」


「どういう意味でしょうか」


 クマタカは眉根を顰める。「彼らの世話を私に命じたのはお(かしら)です」


 父も顔をしかめる。親子揃って同じ部位に皺を寄せ、同じ声の高さで応酬する。


「しばらくあそこには行くな。他の奴を代わりに行かせるからお前は少し休め」


「不用です。それほど重労働でもありません」


「お前のために言ってるんだ」


「どういう意味でしょうか。何が理由でそんなことを仰るんですか。私が何か間違いでも犯しましたか。塔の技術の導入によって駅やお(かしら)に何か不都合でもありましたか」


「お前の働きは認めてるし塔の技術にも感服だ。彼らを匿ったお前の判断に異存はないと言っただろう」


「では何が問題ですか」


 挑むように睨み上げてくるクマタカの視線を、父はしばらく無言で睨み下ろした。だがやがて、ため息交じりに目を伏せた。その父の顔が呆れているようにも諦めにも見えて、クマタカはさらに身を乗り出す。


「答えて下さい。お(かしら)は…」


 電車が停まる。いつの間にか駅に着いていた。こちらに向かって駆けて来る影がある。


「サシバ」


 父が当たり前のように側近を呼ぶ。「後は任せる。新鮮なうちに処理しておけ」


「お(かしら)!」


「今日はヨタカと遊ぶ約束をしてるんだ」


「とおさん!」


 叫ぶと同時にヨタカが父に抱きつく。父は満面の笑みでヨタカを迎え、抱き上げた。それから父親の顔のままクマタカに向き直り、「たまには家族水入らずでどこか行くか」


 部下たちの前でそういうことを言うのはやめてほしい。だから『ぼっちゃん』などと陰口を叩かれるのだ。クマタカ自身の実力や働きを誰も見ようとしないのだ。浴びた覚えもない七光りなどという後光を後ろ指さされる屈辱を、父は全くわかっていない。


「…結構です。まだ仕事が残っていますので」


 クマタカの抑揚のない返事に寂しそうな顔をして、「そうか」と父は呟いた。


「先の話だけどな、」落胆を隠さずに父は言う。「あの夫婦の世話はサシバと変われ。いいな」


 そんなところだけは上司として命じて父は電車を降りた。父の命を受けてサシバが歩み寄ってくる。


「引き継ぎの…」


「必要ない」


 父の背中を見据えたままクマタカは告げた。「職務は最後まで全うすべきだ」


 父の右腕を一蹴してクマタカは夜汽車の搬出に回った。



* * * *



「にいちゃん、どしたの?」 


 腕の中でヨタカが困った顔をする。オオワシは鼻の奥で唸ってから苦笑した。


「兄ちゃんはな、あれだ、『なんだか無性に苛々しちまう症候群』なんだ」


 クマタカの背中を不安そうに見送っていたヨタカが振り返った。


「びょうき?」


 オオワシは可笑しくって豪快に笑う。部下たちがちらりとこちらを見た。作業を邪魔するのも忍びなくてヨタカを抱いたまま電車を降りる。


「誰でも一度はかかる。心配すんな、必ず治るものだから」


 若い頃の自分を見ているようで恥ずかしくなるほどに、今のクマタカは手に負えない。妻に似た長男は真面目すぎる節もあって、かなり長引き、こじらせた思春期を送っている。


「ねたらなおる? くすりいる?」


「ヨタカは兄ちゃんが大好きだな」


 地面に二男を下ろし、その頭を撫でてやる。ヨタカはまだ不安そうに、男たちの中にクマタカの背中を探している。


「ヨタカ! 今日は父さんと遊ぶ日だぞ」


「にいちゃんは?」


「お前、ほんとに兄ちゃん子だな……」


 忙しさにかまけて息子たちを置き去りにしてきたことは否めない。だが長男に次男を取られたようで少し寂しい。しかしそれだけクマタカがヨタカをよく見てくれていたという証拠だろう。

 親の贔屓目を差し引いてもクマタカは努力家だ。仕事の出来はコノリからも報告を受けているし、面倒見の良さはヨタカを見ればわかる。ただ真面目すぎる。もっと手を抜け、気を許せ、そしてちゃんと寝ろ、と言ってやりたい。言ったところで聞いてもらえないのだが。


「ヨタカ、兄ちゃん、なんか言ってたか?」


「なんかって?」


 ヨタカがようやく自分を見上げた。だが自分で聞いておいて質問の内容が曖昧だったことにオオワシは困る。


「そうだな、『仕事が忙しい』とか父さんのこととか」


「『はやくねろ』ってよくいわれる」


 それは自分がクマタカに言い聞かせている言葉だ。「そっか」と呟いてオオワシはため息をついた。


「あと、『とおさん』じゃなくて『とお(・)さん』だとか」


「なんだそれ」


 年近い子どもが少ないせいだろうか。ヨタカは言葉の発達が遅れている気がする。いや違うか、とオオワシは気付く。子どもが少ないのではなくて遊び仲間がいないのだ。頭(自分)の息子だからと周囲が敬遠するのだ。クマタカもそうだった。そして自分も。


「あとね、あと…、」言いかけてヨタカははっとして口を噤んだ。


「何だ?」とオオワシは尋ねる。ヨタカは「だめ」と言って首を横に振った。


「これはだめなのやつだ。とおさんにはおしえてやんない」


「なんだそれ」


 一丁前に秘密はあるようだ。しかしやはり言葉の遅れが気にかかる。


「サシバ」


 オオワシは男たちの中に呼びかけた。サシバが顔をあげこちらに向かってくる。


「時間のある時、ヨタカの遊び相手をしてやってくれ」


「とおさん、遊んでくれないの?」ヨタカがずぼんの裾を引く。


「今日は遊ぶぞ! 今日は父さんの日だろ」笑顔で見下ろして息子に答える。


「オオワシ、お前は何でも俺に命じすぎじゃないのか」


 サシバが憮然として言った。ヨタカが目を丸くしてサシバを見上げる。


「命令しないとお前、動かないだろ」


 オオワシは眉をハの字にする。


「度が過ぎる。休ませろ。死んでやる」


「そんなに怒るなよ」


 オオワシは唇を尖らせた。いい親爺が子どもじみた態度を取ってもサシバは少しも面白そうにしない。


「……お前もつまらない奴だな」


「つまらなくない。お前が巫山戯すぎなだけだ」


 サシバは一段と白けて応じる。


「おまえ、なんでとおさんにタメ口なの?」


 ヨタカがサシバを見上げて言った。オオワシとサシバは同時にヨタカを見下ろす。


「おまえ、『としした』で『ぶか』だろ? なんでとおさんに『けいご』しないんだよ」


 ヨタカが怒ってサシバに立ち向かう。サシバがどんよりとした目でオオワシを睨む。オオワシは腰をかがめてヨタカを自分に向き直らせる。


「あのな、ヨタカ。サシバは見た目はこんなんだけど年は父さんと大して違わないぞ」


 ヨタカは目を見開き、


「うそだ! だってにいちゃんはとおさんの『としした』だ。にいちゃんだってとおさんには『けいご』なのに」


 クマタカと同年代に見えているのだろうか。オオワシは失笑を隠せない。


「サシバはいい年こいて苦労知らずだからな」


「お前の下で苦労してる。今」


 サシバが怒ったように言う。オオワシはにやにやとサシバを見上げ、「でも充実してるだろ?」と言った。


「でも『ぶか』だ。『ぶか』は『けいご』するべきだろ!」


 ヨタカは余程、サシバの態度が気に入らないのだろう。年功序列と封建的な体制を既にこの年で、皮膚感覚で察しているのかもしれない。だがオオワシはそれを良しとは思えない。作業を行う上では効率的な方法だ。熟練した者が不慣れな者たちに指導する、管理能力の長けた者が他の者たちを統率する、合理的な方法と言えよう。だがそれだけだ。上意下達はあくまで仕事上の作業効率を図るためだけの方法なのだ。その関係を私生活にまで持ち込む必要はないとオオワシは思う。

 クマタカはその考えを汲み取ってくれなかった。気がついたときには固定観念でがちがちに凝り固まっていた。しかしヨタカはまだ間に合うかもしれない。


「あのな? ヨタカ。誰でも自分が一番偉いと思い始めると感覚が狂い始めるんだ。父さんにはみんな敬語だろ? だからサシバみたいなのが必要なんだ。わかるか?」


「わかんない」


 だろうな、と頷いてオオワシは苦笑する。


「それならヨタカ、楽しい方とつまんない方ならどっちがいい?」


 ヨタカは眉根を寄せて唇を尖らせ「たのしいほう?」


 何を当然なことを聞くのかと言わんばかりだ。オオワシは満足げに肯き、


「だろ? だから父さんは楽しい方を選んだんだ。こいつに敬語を使わせないのが父さんには楽しい方なんだ」


 サシバがオオワシを見下ろす。


「お前も自分と対等に接してくれる奴を大事にしろ。偉くなればなるほど自分を叱ってくれる奴の言うことを聞け」


「『たいとー』?」とヨタカ。オオワシは微笑み、


「タメ口を使ってくれる相手のことだ」と答えた。


 突然サシバが敬礼でもするかのように姿勢を正した。見上げたオオワシとヨタカに向かって、「大変失礼しました」と嘯く。


「手が空いたらヨタカさんのお相手をします」


「お前な…」


 違和感しかない従順な物言いにオオワシは片頬を引き攣らせる。


「この後、お相手しましょうか? 生徒を搬出し終えれば…」


「サシバ!」


 大声を張り上げたオオワシにその場にいた全ての者の動きが止まった。ヨタカが驚いたまま固まり、男たちも手を止め目を見開きふり返っている。サシバが黙って腰を直角に折り曲げた。謂れもないのにその場を収めるためだけに謝罪の言葉を口にする。オオワシも頷きその意を汲み取る。


「手を動かせ。朝になるぞ」


 部下たちに声をかけ、作業に戻らせた。怯えたヨタカに詫びて、刀の練習でもするかと誘いながら小さな背を押す。


「気をつけろ。ここでは誰も『せいと』なんて言葉を知らない」


 すれ違いざまにサシバに囁いた。


「すまない。気をつける」


 短くサシバが呟く。オオワシは息を吐いて瞬間的に早打ちした心臓を落ち着かせんとする。ヨタカから向けられる鋭い視線には気付いていなかった。


「行くぞ、ヨタカ」


「ねえ、とおさん、」


 促したヨタカが足を止め、サシバを指差した。


「あいつ、どこからきたの?」

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