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1-0 起動

最後なので主人公が闇の中から一瞬顔を出します。

 『彼女』が乗車してから夜汽車には二種類あることを集団授業で学んだ。しばらくすると彼女とは別の『女子』たちも乗車してきた。


「女子も男子も一定数存在します。彼女だけが女子ではありません」


 後から乗車してきた女子たちは夜汽車だった。実際に彼女たち自身がそう言っていたから確かだろう。だが最初に乗車してきた彼女は違うと考える。


「なぜなら地上を『はいかい』するのは地下に住む者だからだ。地上に出てきていた地下に住む者があの駅から乗車してきた、それが彼女だったと考えるのが最も筋が通っている。それに彼女は見るからに『きみょう』な服を着ていたし言動も他の女子たちとはことなる。よって彼女は地下からきた地下に住む者だ」


「彼女は夜汽車です」


 僕の推論をアイはいつもその一言で片付けた。彼女が乗車してきた当初は違うと言っていたのに。


 別の者にも聞いてみよう。始業前の教室で隣席のニイに僕の考えを話してみた。だがニイはおかしなことを口にした。


「彼女は『最初』から夜汽車じゃないか」


 何を言っている。


「彼女は『途中』だ。途中から乗車してきただろう」


 僕の反論に、ニイは寝ぐせの頭を傾げて見せた。


「え? でもアイが『彼女は最初から夜汽車です』って言ってたし…」


 ニイはアイの言ったことと事実を混同し始めていた。事実と異なることを僕たちに説き続けることに何の意味があるのか、アイの行動に違和感を覚えたのはその時からだ。


「彼女が『最初』ならその以前から乗車している僕たちは何になる」


「彼女が『最初』だよ」


 ジュウが言った。違った、ジュウゴだ。女子たちが増えてからも彼が最下位なのは変わらない。 


「彼女が最初に乗車してきてその後に他の女子が乗車してきたんだから、『最初』は彼女だよ」


 そういう解釈か。彼の理解の仕方は独特だが一理あるから納得する。だがそれも間違っている。


「そうではない。女子たちの中では彼女は『最初』だった。だが彼女より以前から僕たちは夜汽車に乗車していた。ならば彼女を『最初』と言ってしまったら僕たちはその『最初』より以前になる。最初の前など無い。だから彼女は『最初』ではない」


 ジュウゴは僕の理論を理解しなかったようでニイに解説を求めた。しかしニイはナナたちと談笑していて聞いていなかった。


「君の話はむずかしいよ」


 ジュウゴが振り返りながら頭を掻いて言った。


「『最初』とか『途中』とかその前とか。どっちでもいいだろう? 彼女は夜汽車だ。そうじゃないの?」


 そうだ、彼女は夜汽車だ。乗車した以上、彼女は夜汽車で乗車している以上、彼女が夜汽車に必要なことには違いない。


「だが彼女は…」


「白熱していますね」


 アイが加わる。アイが来ると結論までの道筋が見えやすくなる。だがそれはアイが用意していたもので、僕たちはそのアイが用意した結論に導かれているのではないかと最近では感じている。


「アイぃ、シュセキがむずかしいよ」


 ジュウゴが頭を掻きながら言った。「シイは『最初』なの? 最後ではないよね? あれ? 何の話だったっけ?」


 乗車時期の話だ。一番要の単語を忘れて議題を見失ってジュウゴが頭を掻いた。


「シイがどうかしましたか?」


 アイが言ってシイが振り返った。乗車した時もそうだったけれども彼女はいつも泣きそうな顔をしている。


「私がなに?」


 シイも加わって来て僕は話しづらくなった。彼女自身のことを彼女自身の前で議論するのは難しい。


「あなたが『最初』から夜汽車だったか否か、という議論です」


 アイは彼女の目の前でそう告げた。ニイは完全に向こうの議題に夢中だ。ジュウゴは後から乗車してきた女子たちに何か言われている。僕は彼女の答えを『かたず』を飲んで待っていた。


「わたし…は、夜汽車です」


 アイがにっこりと笑った。


 違うだろう。君は地下だ。地下から来たんだ。違うのか。僕の推論が間違っているのか。


 彼女自身に問い質すしかない。アイがいないところでだ。アイがいると皆、アイの用意した結論にしか辿り着かない。でもその結論が間違っている可能性だってもしかしたらあるのではないだろうか。なぜなら彼女の乗車時期に関して言えば、アイが言っていることは間違っているから。彼女は『最初』じゃない。彼女は…




「なんでみんなはお父さんたちがいないの? なんでアイはあんな変な体なの?」


 直接彼女に尋ねようとしたら反対に質問された。


「『おとーさ』とは何だ」


 あの時も同じ単語を口にしていた。


「お父さんはお父さんでしょう? 外に上がった時に星のはなしとかしてくれるの。やさしくておか…、お…っく…」


「何かありましたか」


 アイが来て彼女の背中を擦った。彼女は時々こうなる。何かを話そうとして息を詰まらせ、大量の汗と一緒に最後には涙を流す。


「大丈夫ですか? サン」


 彼女の背を擦るアイは優しい。でもアイに触れられている時の彼女の顔はけわしい。


「『おとーさ』の話を聞こうとした。そしたら彼女が苦しそうになった」


 僕が状況を説明するとアイはにっこりと僕に笑顔を見せて、それをそのまま彼女にも向けた。


「夢の話ですね」


「夢?」


「ちがう…」


「悪夢でも見たのでしょう」


 悪夢にうなされているのか。

 アイは彼女を包みこむように抱擁し、優しい声でささやいた。


「忘れましょう。怖い夢は誰かに話して忘れるのが一番です。あなたが苦しむ姿をアイは見ていられません」


 それは僕もそう思う。彼女の泣き顔はあまり見ていて気持ちがいいものではない。


 彼女は睨みつけるような涙目でアイを見つめていた。アイはその視線にさえも微笑みで返して彼女を再び抱きしめた。


「ぼくも…」


 言いかけて僕は驚いて、慌てて口を噤んで下を向いた。胸の中が地震みたいにはげしく揺れて、自分が信じられなくてその衝動の理由がかいもく見当つかなくて、自分自身に困惑した。


「はい」


 アイは微笑むともう一体現れて、彼女にするのと同じようにして僕を包みこんだ。それでも僕の動悸はおさまらなかった。


 違う、アイ。君じゃない。君に抱擁してほしかったわけじゃない。自分でも信じられないけれども僕はあの時、僕が彼女に接触したいと思った。


 だがそんなこと言えるはずがない。故障したと思われる。修復なんて僕はいらない。なぜならそんなことされたら彼女みたいに修復前と後で言っていることが変わってしまうかもしれないから。自分の思考が書き換えられるなんて恐ろしいことはないと僕は思う。


 やはりアイがいないところでないと話せない。でもアイがいないところってどこだろう。そんな空間が存在するだろうか。




「地下に住む者って何を考えて地上を歩くんだろうな」


 体育の授業から教室に戻る時の通路で、ゴウがジュウニに問いかけていた。僕は僕が話しかけられた訳でもないのに車窓の外を見遣った。


「どうかしたの?」


 ニイが振り返る。違った。何を間違えたのか彼はジュウシまで落ちた。故意で試験への取り組みを放棄したとしか思えないが、彼は今ではジュウシだった。


「ああ、地下?」


 ジュウシまで落ちたとは言っても元々はニイだ。地下と塔については既に学んでいるらしい。


「『ちか』ってなに?」


 ジュウゴが割りこんできた。


「地下というのは…」


「話してみたい」


 ジュウシの説明を聞かずに僕は願望を口にしていた。ジュウシとジュウゴが振り返る。


「何を?」


 ジュウゴが怪訝そうに言う。僕は彼の傍らをすり抜けて俯きがちに教室へ戻っていく彼女の横顔を見つめた。


「地下に住む者に話を聞いてみたい」



* * * *



 『おとーさ』のことも夢の話もしてこなくなった彼女は、泣くことも無くなったが笑うことも無かった。絶対に彼女は最初は夜汽車ではなかったはずなのに、今では教室の皆も、彼女自身さえ、彼女は夜汽車だという。アイがいるからだ。アイがいなければ皆も彼女も他のことを、本当のことを話してくれるかもしれない。


 だからやっと聞けると思ったのだ、夜汽車を降りて。夜汽車を降りてハチが動かなくなってナナがいなくなってみんなで…


―彼は砂の下だ―


 どこだここは。


 首を回す。見慣れない天井と薄暗い部屋。彼とは誰だ。ここは何だ。夜汽車を降りて地下にナナを探しに行ってその後は確か、


「起きたか」


 聞き慣れない声がしてその主を探そうとした。が、体が重い。頭が痛い。何より脚が痛痒くて、


「……無い…」


 動揺も頂点まで達すると存外普通の反応しかできないものだとその時思った。とにかく僕の左脚が無い。どこだ。いつだ。いつの間に無くなった。何があった。


「立て」


 言って男が部屋の隅で立ち上がり、脚を引き摺りながら近づいてきた。窓から射しこむ月明かりを頼りに僕は男を見上げる。


「誰だ」


「来い」


 僕の質問に答えることなく男は僕の腕を素手で掴みあげた。接触! と思いかけて危険ではない接触もあるのだと地上に降りてから判明した事実を思い出した。そうだ地上だ。地上だけれども、


「ここはどこだ」


 見慣れない通路。


「君は誰だ」


「お前は夜汽車だな」


 男は僕を引きずりながら呟いた。


「君は誰だ」もう一度尋ねた。「ここはどこだ。皆は何故いない。僕の脚はどこだ。何があった」


 ナナを探し出して合流してそれからどうなった。この男は何だ。皆はどこだ。ジュウシが耳元で叫んでいた気がする。サンもジュウイチも。そしてジュウゴが、


―彼は砂の下だ―


「砂の下?」


 彼って誰だ。何故砂の下……


 思考がまとまらないうちに男が立ち止まり、僕はふらついて砂の上に膝と手をついた。息が切れる。一本の脚で移動するのはかなり辛い。


「直せるか」


 言って男が振り返る。不明瞭な視界に目を凝らす。そう言えば眼鏡も無い。両手で這うように近づくと砂の上に大型の機械が横たわっていた。乗った覚えがある。ネズミの。


「四輪駆動車」


 男は僕を見下ろして眉根を顰めた。


「機械が得意なんだろう?」


 僕は男を見上げた。



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